リバースエニアグラム

ぼくを探しに by シルヴァスタイン

パックマン。
 

そう。
 

TVゲームのパックマン。
 

アラフォー世代にはなじみがありすぎるその姿。
 

いや~、当時ゲームセンターに
いくら貢いだことでしょうか。
 

さて、今回は
シェル・シルヴァスタイン氏 作、倉橋由美子氏 訳
ぼくを探しに / THE MISSING PIECE
という絵本のレビューをしたいと思います。
 

以下ネタバレありなので読んでない方はご容赦を。
 

なぜ絵本?

今回絵本をとりあげる理由は次のとおりです。
 

1.物語構造に忠実な本だから
2.Amazonのレビューを見て、これは子供向きではなく、
 悩める大人たちの本だなと直感したから
3.邦題、原題を見て、エニアグラムに関係ありそうだなと
 直感したから

 

1の物語構造というのは要するに、物語の型のことです。
 

テンプレートと行ったほうが分かりやすいかも知れません。
 

実はエニアグラムを学ぶ際に物語構造が利用できないかと
考えているのでとりあげた次第です。
 

どんな絵本?

Amazonページを見ていただくと分かるのですが、
白い背景に黒いペンだけで描かれた
モノトーンの世界です。
 

そして画面構成は地平線と
パックマンの顔に点で表した目が付いてるだけの
主人公の「ぼく」。
 

そしていろいろ出会う生き物たち。
 

最低限の線しかないので
いやがうえにも想像がかきたてられます。
 

なのに帯の主人公「ぼく」は何故か黄色。
 

まさにパックマン。
 

完全にアラフォー世代の心をワシヅカミですよ。
 

私は書籍はほとんどAmazonでしか買わないので
意味がないと言えばそれまですが。
(私は本の帯は捨てる派です)
 

ページ数は105ページと、絵本というには
かなりのページ数だと思うのですが、
文字が少なくシンプルな絵なので、
あっという間に読めてしまいます。
(サラ~と眺めるならね)
 

初版は1977年。入手した版は69刷。
 

すごいですね。とても期待できます。
 

ストーリー

パックマンみたいな主人公の「ぼく」が
口の部分のスキマ=自分の「かけら」を
探しに旅に出るお話です。
 

口のスキマがあるので
「ぼく」は速く転がることができません。
 

でも、そのおかげで
他の生き物たちと触れ合い、
歌を歌いながらの楽しい道中。
 

いろんな困難にも立ち向かい、
苦労のすえ、
ようやく自分にぴったり合う
「かけら」と出会います。
 

ぴったりハマった「かけら」のおかげで、
「ぼく」は速く転がることができるようになりました。
 

でも「ぼく」は、この「かけら」を
自ら手放してしまうのです。
 

それはあまりにも転がるのが早すぎて
他の生き物たちと触れ合うことができないから。
 

口にハマった「かけら」のおかげで
楽しく歌うことさえ、できなくなったから。
 

そして、元の形に戻った「ぼく」が
再び「かけら」を探す旅に出るところで
話しは終ります。
 

感想

う~ん。う~~ん。
 

深い。深すぎる。
 

ツボにハマリました。
 

もうね。
 

作者は絶対子供に向けて描いてないでしょ。
 

対象は大人。
 

しかもある程度いろんな体験をしてきて、
自分の在り方について悩んでいる大人たちに向けて
描いてるとしか思えない。
 

だって出だしが

何かが足りない。だからぼくは楽しくない

ですよ?そして、

足りないかけらを探しに行く

わけですよ。
 

いきなり、自分の満たされない欲求の答えを求めて
旅に出るのですよ。このふざけたパックマンは。

 

もう、この時点で悩めるオトナ達のハートをワシヅカミですよ。
 

そして苦労の末、
「ぼく」は自分にぴったり合った「かけら」を見つける。
 

子供向けのお話であれば、
ここでメデタシめでたしで終わるところが、

「なるほど つまりそういうわけだったのか」と
一人納得して「かけら」を手放し、再び一人でころがっていく

ときたもんだ。
 

他の生き物たちとの触れ合いや歌などの楽しいひと時。
 

目標を達成する為の山あり谷ありの困難なみちのり。
 

得られた結果、そのものには価値がない。
 

なぜなら得られた瞬間に物足りなくなるから。
 

何を得たか、ではなく
人生をどう過ごしたか?
誰と過ごしたのか?

得られた結果や過去を手放し、
常に成長し続ける。
 

そうすれば命ある限り、
人は充実した人生を過ごすことができる。
 

これが私がこの絵本から見出したテーマです。
 

それがシンプルな描画と相まって、
とても心に響きました。
 

物語構造

さて、気分を取り直して
物語構造を見てみましょう。
 

大塚英志氏著『ストーリーメーカー 創作のための物語論
によれば、古今東西で伝わる物語構造には

1.何かが欠落、欠如する
2.日常から離れ、非日常に旅立つ
3.欠落、欠如を回復する
4.日常に戻るがそれは以前と同じ世界ではあり得ない

という要素が入っているそうです。
 

そしてこれは人間が成長するプロセスだということです。
 

上記ストーリーもこの構造に
当てはまっていると言えます。
 

1.欠如=「かけら」
2.旅に出る
3.「かけら」をみつける
4.望んだものが「かけら」ではない事に気づく
 =以前とは別の世界に帰ってくる

ようするに旅に出ることで主人公の「ぼく」は
気づきを得て、成長したのです。
 

そして、その成長が人の心を打つんですね。
 

もっともこの4つは一番シンプルな構造です。
 

この構造を少し発展させると、
旅出った後に賢者(メンター)に出会い、
主人公を助ける魔法の道具を手に入れる、
という場面が登場します。
 

そしてその魔法の道具というのが
エニアグラムだと私は考えています。
 

それについては別の機会にお伝えしますね。
 

エニアグラム的考察

邦題が『ぼくを探しに』で、
原題が『THE MISSING PIECE』で
足りないかけら。
 

足りないかけらを求めて、手に入れ、
結局は手放すことで主人公は成長する。
 

これはエニアグラムでいう、
「統合」への取り組みの
「お手本
」と考えればいいでしょう。
 

ドン・リチャード リソ氏、ラス・ハドソン氏 著
エニアグラム―あなたを知る9つのタイプ 基礎編
によれば、

・統合の方向への動きには「意識的な選択」が必要
・意識的な選択とは新しいものを付け加えたり、
 何か特別なことをすることではない
・むしろ自己の成長を阻んでいる、
 防衛、自我、恐れを意識し手放す
・そうすれば自然と統合への道が開けてくる

とのこと。
 

まさしく「手放す」ことで安定し、成長できるのですね。
 

・・・と、ここで話を終えたかったのですが、
念のため、他の書籍の「統合」部分について
読んだみたところ、解釈の違いがあることに
気がついてしまいました。(チクショー)
 

ある書籍は精神を安定させれば統合のタイプが
あらわれてくる、としており、
別の書籍では、逆に積極的に統合のタイプの行動を
とることで精神が安定してくる、としています。
 

まぁ、鶏が先か卵が先かという気もしますが、
どの説が正しいのか、
現時点では正直分かりません。
 

ただ、 エニアグラムを離れて考えてみると、
よくビジネス書などで言われるのが
「自然は真空を嫌う」法則です。
 

もともとは古代ギリシアの哲学者アリストテレスの
言葉らしいのですが、
これって自然科学に留まらず、
いろんなものに使えるのです。
 

つまり、いったん古いものを
全て外に吐き出して
空っぽの状態にしてしまえば、
あとは新しいものが中に入ってくるだけ
ですよね。
 

ようするに
息をたくさん吸い込むには
まずは肺の空気を吐き出せと。
 

ですからこの法則にのっとれば、
やはり、「意識的に手放す」ことが
統合、成長の鍵だと思います。
 

今回はここまで。
 

もし、あなたがこの絵本のことをご存知でしたら
コメント欄にあなたのエニアタイプと
この絵本をどのようにお受け取りになったのか、
ご感想をいただけると幸いです。
 

それではまた。
 

追伸

絵本のレビューって面白いですね。
 

絵本の文字数よりもレビューの文字数のほうが
はるかに多いのですから。
 

あ、そうそう。
 

つい先日、2010年5月22日にパックマンは
生誕30周年を迎えたそうですよ。
 

へ~30年ですか。
 

歳とるわけだ。
 

2012.5.24追記

当時はこんな解釈してたんですねー。
今となっては「失われた」というタイトルだけで、
タイプ4がらみだと気付くのですが・・・。
シルヴァスタインって「おおきな木」もそうですが、
素直な成長劇じゃあないんですよね。
揶揄というか毒というか。
こちらの絵本だって、
結局は大事なものに対して自ら距離をとるという、
これまたタイプ4的「押し引き」に見えるんですよね。
英雄神話的には「勇気」が必要なんですが、
この絵本にはそんな勇気は描かれていませんし。
あと矢印の捉え方ですが、現時点では
「手放す」とか「精神安定」とか「まねる」という
解釈はしていません。
さっさと矢印論を進めればいいだけなんですが、
「大事なモノを過去から取り戻し、未来から前借する」
というふうに考えています。
というわけで2年もたてばモノの考え方って本当に変わりますね。

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コメント&トラックバック

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  1. さっそくお邪魔します。
     
    この絵本は深読みしがいがあるだけに、web上にもたくさんのレビューが出回っていますが、エニアグラムの視点から考察したものは初めて読みました!そして、とても腑に落ちました。
     
    エニアグラムを学ぶことって、まさにこのピッタリはまる欠片を探すことから始まりますよね。完全な形を探ることで、自分の本質(タイプ)が見えてくる。でも、生身の人間が12のタイプ通りの完全無欠な人でいられるはずはなく、人生を歩むウチにそこから何かが欠けたりくっついたりして世界にただ一人のその人を形成していくわけですよね。自分のタイプを知って、そこから何を手放したのか、或いは、何を手放せば自分はより楽になれるのかを改めて見つめ直す作業。それはまさしくこの絵本のエンディングのように終わり無き学びの旅ですね。
     
    私自身は診断が難しかったタイプ8(W9)です。私のタイプがなかなか分からなかったのは、もしかすると、これまで歩んだデコボコ道のせいで凹んだり欠けたりが多すぎて、元の形を復元するのが難しかったのかも知れないな、と思います。でも、ごろごろ悪路を転がって角が取れたおかげで、タイプ8にしては当たりの柔らかい人間になれたようだし、そんな自分のデコボコっぷりを今は結構気に入っています。
     
    いや、本当に面白いレビューでした!

  2. 篠田工治@クッキング父ちゃん

    えほんうるふさま。
     
    twitterでもお伝えしましたが、とても素晴らしいコメント
    ありがとうございました。
     
    あらためて記事の本文と、えほんうるふ様のコメントを見比べて
    「プロにはかなわないなぁ」と思った次第です。
     
    でも、情熱とか視点の違いという意味では
    「ひょっとして自分はまんざらでもない?」
    と思い始めた今日この頃でございます。
     
    如何に自我や防衛といった囚われを手放すか?
    主人公の「ぼく」のようにスンナリ手放すことが
    できるといいのですが、それって、実際
    難しいですよね。
     
    それでもこの絵本のテーマのように
    ・まずは旅に出ること
    ・そして旅に出ることを決断すること
    この二つがとても大事なんだって
    思います。
     

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