リバースエニアグラム

おおきな木 by シルヴァスタイン

おおきな木 by シルヴァスタイン

さて、今回は前回に引き続き、
シェル・シルヴァスタイン氏の絵本「おおきな木 / The giving tree」とエニアグラムの関係を考えてみたいと思います。

今回もネタバレご容赦を。
 

何故もう一回絵本?

前回の絵本『ぼく探しに』のレビュー
味をしめた・・・
のではありません。
 

純粋に『ぼくを探しに』なんて、
数あるビジネス書や自己啓発書を凌ぐモノを
描く作者にとても興味を持ったからです。
 

恐らく、コイツは真実にムチャクチャ近い場所に
いるなと直感しました。
 

Amazonで本を購入した方なら
ご存だと思いますが、
販売ページにはレビューの他に、
同じ作者の本が何冊か表示されますよね?
 

だから『ぼくを探しに』を購入する際、
この『おおきな木』も表示されていて
ちょっと気になっていたのです。
 

(じゃあなんでビックオーじゃないんだというツッコミはなし)
 

それが今回この絵本を取り上げた理由です。
 

おい、嘘やろ

それでAmazonで早速購入しようとしたのですが、
残念なことに新品は売り切れ。
 

普通の書籍では程度のいいものが多いので
マーケットプレイスで中古本を買うことが多いのですが、
さすがに絵本の中古は・・・ねぇ?
 

しかも中古の癖に1800円以上なんですよ。
 

う~ん。ちょっと買えない。
 

じゃあ、簡単な英語だというので、
英語の原版ページ(バイリンガルエディション?)へ
飛んだらこちらも5000円と思いっきりプレミア価格。
 

とりあえず、絵本の購入自体は日本語版の
入荷を待つことにしました。
 

著作権って一体・・・。

人間というのは前回の話ではないですが、
手に入らないことが分かると
無性に欲しくなるんですよね。
 

これがよく言われる「稀少性」って奴です。
 

で、ひょっとしてユーザー投稿型動画サイトの
「Youtube」にあるんじゃないかと検索してみましたら・・・
あった、アッタ、有りました。
 

YouTube – シェル・シルヴァスタイン朗読による
Giving Tree
 

2010.9.5追記:ブログに埋め込めることを知りましたのでやってみました。
 

 

こんなもの載せられたら出版社はたまらんですね。
 

でも、誘惑に負けて動画を見てみることにしました。
 

(Amazonで後日新品が入荷されたらちゃんと買いますよ~)

どんな絵本(動画)?

中身は「ぼくを探しに」と同じく
背景が白で黒いペンだけでかかれているようですね。
 

そして登場人物はりんごの木と少年の二人。
 

(足だけ女の子?が出てきますが)
 

常に木を中心とした視点で
木や少年の移りゆくさまを
表わしています。
 

ストーリー

最初は木と少年の楽しい触れ合いが描かれます。
 

木も少年もとても楽しそうです。
 

しかし少年が大きくなるにつれて、
木の元には遊びに来なくなり、
木は寂しい想いをしています。
 

そこへ大きくなった少年は木の元へ
ひょっこりやってきます。
 

木はとても喜んで昔のように遊んでいけと
いうのですが、少年はそんなことには興味がない、
金が欲しいというのです。
 

そこで木は自分の実、つまり、りんごを
持っていって売ればいいと持ちかけ、
少年はそのとおりにします。
 

木は幸せを感じますが、
少年は再び長い間、戻っては来ませんでした。
 

木は悲しみました。
 

しばらくしてから、青年になった少年が
戻ってきました。
 

木は喜んで昔のように遊んでいけといいますが、
少年は今度は家が欲しいというのです。
 

木は自分の枝を使って家を作れと持ちかけます。
 

少年は今度も言われたとおりに
全ての枝葉を刈って、持ち去りました。
 

木は再び幸せを感じましたが、
やはり少年は長い間戻って来ませんでした。
 

木は再び悲しみました。
 

そして又年月が流れ、
中年になった少年が戻ってきました。
 

手に旅行かばんをぶら下げて。
 

幹だけになった木は再び喜び、
昔のように遊んでいけといいます。
 

でも少年は、
人生は面白くないから何処か遠くに行ける
船が欲しいというのです。
 

そこで木は自分の幹を切り倒し、
それで船をつくったらどうかと持ちかけます。
 

少年は又もや、言われたとおりに
幹を切り倒し、持ち去ってしまいます。
 

それでも木は幸せでした。
 

再び長い年月が流れ、
老人になった少年は木の元に戻ってきました。
 

切り株だけになった木は、もう何も与えるものがない
といいます。
 

少年は疲れたから休む場所が欲しいと望むのです。
 

木は「それなら切り株は休むのにはちょうど良い」と
持ちかけ少年はそのとおりにします。
 

木はやはり幸せでした・・・。
 

感想

もうね。
 

Amazonのレビューを眺めたとき
イヤ~~な予感はしてたんですよ。
 

原題が「The giving tree」で「与える木」ですし、
レビューも「無償の愛」だの「奉仕」だの「利他」だのって、
エニアグラムのどこぞのタイプ(笑)のキーワード
パラパラ並んでる訳ですから。
 

で、読み続ける(動画が進む)につれて、
心臓がバクバクし、
脂汗と冷や汗が全身に流れる
のです。
 

見終わって少しの間、何も考えられず
動くことが出来ませんでした。
 

「・・・すんげぇ胸くそ悪い」
 

これがこの絵本の正直な感想です。
 

関心、感謝、見返りが欲しくて少年に奉仕する。
 

奉仕ならまだしも自らを犠牲にして与え続けてしまう。
 

そんな自分に酔ってるというか、
ハマってしまった罠に気付けない。
 

で、与えるモノが無くなって、
相手が自分の元に来なくなっても
まだ少年に執着してしまう。
 

折角少年が自分から木の元を離れていって、
成長する機会があったのにもかかわらず、
木は少年の成長するキッカケを奪ってしまう。
 

木は一体少年に対して何をしてしまったのかに気付けない。
 

ようするにこれって心中物ですよ。
 

Amazonレビューを見てると正直腹がたってくる。
 

無償の愛、母性、地球。
 

少年はアメリカ型の収奪文化の象徴だとかね。
 

違う違う違う。そんなもんじゃない。
 

要するにこの絵本って「依存」がテーマなんですよ。
 

最初は本当にちょっとした手助けだったかも知れない。
 

自分で動くことができる少年に対する憧れだったかもしれない。
 

でもそのうち、
自分に対して無邪気に甘えてくる少年に対して
盲目的に愛してしまうのですよ。
 

そして最後まで気がつきたくなかったんですよ。
 

少年に依存しているのは自分だったってことをね。
 

そして、少年を少年のまま老人にしてしまったのは
自分だってことも。
 

このりんごの木の役目は、決して
少年に対する奉仕だけでは無かったはず。
 

他にも小鳥やら猿やら虫やらの餌や住処を
提供する役目もあったはず。
 

自分の種族を繁栄させる役目もあったはず。
 

でも、木が最初に少年の無邪気な笑顔を
見てしまった時点で自ら罠にハマってしまったのです。
 

他の生き物達の感謝の声や同族達の声なき声は
聞こえなくなってしまったのです。
 

原版ですと木は最後まで少年のことを
「boy」と呼んでいたそうですから、
結局木は最後まで少年を自分に依存させたままに
してしまうのです。
 

つまり、少年の人生を間接的に奪ってしまったのです。
 

少年は大好きな木に従順なだけだったと思うのです。
 

木は少年に自分を依存させようとしているのですから、
その声に答えていただけなのです。
 

エニアグラム的考察

登場人物のエニアグラムタイプを考えてみます。
 

このりんごの木は原題にあるとおり
「与える木」ですから、
セロトニンが多い共感タイプで
タイプ279の内どれか、と考えていいでしょう。
 

次に、木は当然自分で動くことはできず、
一つのこと=少年に執着しているわけですから
ドーパミンが多いタイプ7とは考えにくい。
 

タイプ7だったら、地面から抜け出して
ピョンピョンどこかに行ってしまうイメージですね。
 

残るはタイプ2と9。
 

他者との関わりで考えると
タイプ9は調和を求めますので、
同族の声、他の生き物の声を聴くチャンネルは
開いていると考えられます。
 

よって少年や他の生き物、同族の要求が
エスカレートした場合、
タイプ9であれば、何もしない、もしくは
少年に対しても口を聞かない態度を
取る可能性があります。
 

又、本能センターの求めるものは
「自立」ですから自身を犠牲にしてまで、
少年に対して依存することもなかなか考えにくい。
 

この場合、素直に他者からの関心を努力して獲得する
感情センターと解釈した方が自然です。
 

マンツーマンのつながりを重視しますしね。
 

あ、そうそう。原版では木のことを「She」と
いっているらしいので、木は女性。
 

家族理論の観点からも母親らしいといえるので、
タイプ2でいいと思います。
 

ただ、この木を見て、私自身が、
自分の成れの果てと思える反面、
自分だったら少年をヒステリックに攻撃するなぁ
とも思いました。
 

ウィング1の方が、より献身的、殉教的とあるので、
恐らく2W1なんだと思います。
 

さて、少年についてはどうでしょうか?
こちらについてはちょっと自信がありませんが
同じように考えてみましょう。
 

積極的、意欲的で、欲しいものを
相手に要求して獲得するという意味では、
ドーパミンが多いタイプ378の内どれかだと思います。
 

もしタイプ7なら共感脳のセロトニンが多いので、
自分だけではなく、相手も楽しませようとします。
 

枝葉を刈ったり、幹を切り倒すことで
木が楽しむのなら別ですが、
まぁ、タイプ7ではないと思います。
 

残るは3と8。
 

枝葉を刈ってしまうとか、
幹を切り倒してしまうことについては
攻撃的とか少々短絡的という意味でタイプ8を
想定しがちですが、挑戦者であるタイプ8が
攻撃するのは自分よりも強い相手。
 

ですからタイプ8であれば、
動けない木、それも枝葉を刈られて
見るからに弱々しくなった木を
自分の身勝手な目的の為に
切り倒すことはできないと思うのです。
 

となると残ったタイプは3ということになります。
 

タイプ3は健全度が下がってくると
目的の為には手段を選ばないことがあるそうです。
 

そして悪循環の罠にハマり、更に健全度が下がると
不健全なタイプ9の特徴、怠惰になることもあるそうです。
 

りんごの実や枝葉や幹を全部持っていってしまうことは
まさしく手段を選ばないということですし、
船でどこかに行きたいというのは、
恐らく仕事で失敗し、嫁子にも見捨てられて
もう、何もしたくなくなった=怠惰になったのでしょう。
 

家族理論で行くと、タイプ3は次男で子供側ですし、
親との関わりでもタイプ3は母親の期待に応えるということですから
総合的に少年はタイプ3と考えて差し支えないと思います。
 

シェルシルヴァスタイン氏ってどんな人?

前回に続き、とても強烈な絵本だったのですが、
こんな絵本が描ける作者って
どんな人だったんでしょうね。
 

いつもお世話になるWikiPediaさんには
ページが無かったので、幾つかサイトを周りましたが、
あまり詳しいサイトは無かったです。
 

1930年アメリカ・シカゴ生まれで1999年没。
 

漫画を書いたり、作曲したり、演奏したり、
詩を作ったり、脚本を書いたり、
放浪癖もあったようです。
 

う~ん。自由人。
 

それこそスナフキンみたいな人かな~って思って、
Amazon購入ページの表紙画像をクリックすると
中身検索に居ましたよ。
 

ひげ。ヒゲ。髭。そしてハゲ。
 

なんでこんなに辛そうなお顔?
苦悩がにじみ出とります。
 

経歴的にはタイプ4という感じがしますが、
よくよく見ると顔の基本パーツはどことなく
私と似ていなくもない。
 

タイプ2だったかもしれないですね。
 

まとめ

ズバリ断言します。
 

この絵本はエニアグラムタイプ2の為の教則本です。
 

他者からの感謝を得ることに依存しない為のね。
 

ほら、よくあるじゃないですか。
 

免許書き換えの時に見る、
飲酒運転による交通事故が
どれだけ悲惨なことになるかの教則ビデオ。
 

もしくは、薬物中毒患者の悲惨な姿のビデオとか。
 

大抵は家族を巻き込んで一家離散みたいな。
 

あ~ゆうビデオって、
結構リアルに作ってあって、
見終わった時に手に汗握ったりしません?
私にとってこの絵本(動画)を見たときの気持ちは
そんな教則ビデオを見せられている感じでした。
 

恐怖に怯えながら、
「うん。わかった。わかったよ。私も気を付けるよ」ってね。
 

おかげで動画を見た日は
丸一日家事が一切手につかず、
翌朝も悪夢で目が覚めたので、
散々な後味となってしまいましたとさ。
 

タイプ3についてはどうでしょうか?
一番いいのはタイプ3の方のご感想を
伺うことですが、タイプ2と同じように教訓めいたものを
感じるのでしょうか?
基本的には木の立場で描かれているので
そこまで感じることはないかもしれませんね。
 

であれば、やはりこの絵本は
タイプ2への警告の書なのです。
 

読む順番が逆になってしまったのですが、
このおおきな木」と「ぼくを探しに」は連作なんだと思います。
 

「おおきな木」で悲劇の最後を迎えたりんごの木と少年の魂は
「ぼくを探しに」の世界で救われる。
 

そんな気がしました。
 

最後に、もう一言。
 

やっぱりこの絵本(動画)は見るのが辛すぎる。
 

もうすぐ3歳になる息子と自分が絵本に重なる。
 

絵本のように、いつか自分にも子供が離れて行く時が来る。
 

その時に、木と同じ間違いをしないでいられるのか?
その事を思うと、胸が痛んで息が詰まるのです。
 

今回はここまで。
 

ご意見ご感想がございましたら、
コメント欄か画面右上のメールフォームから
投稿してくださいね。
 

それではまた。
 

追伸

じゃらららららじゃららら~~ん。(ギターイントロ)
この~木 なんの木 きになるきになる・・・

言わずと知れた日立グループのCMソング「日立の樹」ですね。

恐らく日本人は「おおきな木」というタイトルを聞いたら、十中八九、あのCMの木を思い浮かべるのではないでしょうか?

「日立の樹」を歌っていたのはヒデ夕樹さん。  
若くしてお亡くなりになりましたが、男の哀愁を漂わす、ちょっと枯れた声が素敵な方でした。

他にも「海のトリトン」「快傑ライオン丸」「人造人間キカイダー」「スパイダーマン(東映)」などの主題歌を歌っていて、私も子供の頃(現在も)よく歌ったものです。

【2010/6/17追記】

twitterID @nocolorsnolife 様から
ご感想をいただいて気づいたのですが、
私はこの絵本を見て、木と少年の両方を救いたかったんだと
思います。
 

どんどん深みにハマっていく両者を止められない口惜しさ。
 

絵本に感情移入しすぎてしまうのです。
 

だから悲劇的な物語は昔から嫌いなのです。
 

【2010/6/18追記】
 

親の立場としては、
子供を受け入れて、理解するのは当然です。
 

でも、子供に道を示して自立を手助けすることも
大事なことだと思うのです。
 

ですからりんごの実をあげるまではいいのですが、
少年が家を要求した時点で、少年を諭すか、
口をきかないといった態度が必要だったかと。
 

少年に幸せになってもらう為に、
少年への愛を手放す。
 

そうすれば、少年も木も幸せになれたのかもしれません。
 

いつか気付きを得た少年は感謝の気持ちをもって、
木の元に現れるかもしれませんね。
 

【2010/6/24追記】
 

追記多いですね。
 

それだけ、この本のテーマがタイプ2にとって
根源的だからかも知れません。
 

ふと思ったのですが、この手の話って、
日本だと木がオバケになり、少年に復讐する、
て話が多い気がします。
 

私の場合、そこまではさすがにないですが、
嫌味をタラタラ言うくらいはしますね。絶対(笑)。
 

2012.5.24追記

2年ぶりに見直すと、
随分解釈が違ってきました。
木はタイプ2的ではあるのですが、
9も混じっているような。
ドラえもんもそんな感じ。
思うにみんなタイプ2と9の混合が好きなのかなって。
でも2と9の闇の部分には目を向けたくない、みたいな。
少年についても6や7にも見えてきます。
どちらにしてもこの絵本は心温まるお話ではなくて、
著者は両者のやりとりを揶揄したり悲劇を見出そうとする、
そんな意図があったのかもしれません。
こんなこと書くと私ってスンゲー嫌なヤツに見えますが(苦笑)。

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コメント&トラックバック

  • コメント ( 7 )
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  1. さすが自分のタイプ②の診断らしく完ぺきですねえ。
     
    非常に分かりやすい分析力、これも2の篠さんらしい、いや2の人しか気付けない判断でしょう。 さらに新たなお話を静岡県民にも聴かせてシルブープレ! こまじい@8男[太字]太字の文[/太字]

  2. 篠田工治@クッキング父ちゃん

    いつも長~い記事を読んでいただいて
    ありがとうございます。
     
    恐らく
    「はよ結論を言え!!」
    っておっしゃりたいのを我慢してくださる
    8男さまの優しさ、痛み入ります。
     
    8月20日の静岡エニアセミナー参加しますので
    よろしくお願いします。
     

  3. 千daさん転送メールありがとう。
     
    こまじい@8男さん、的確なコメント、さすが。
     
    タイプ2の私は、遡ること15年以上前にこの本を買って今も持っています。元は、娘に読み聞かせしたものです。今では娘は高校3年生。読み聞かせした親が、なぜかこの本のストーリーに共感を覚え、愛書のひとつになっています。篠田さんの解説で、タイプ2の私が共感を覚えたのに、納得!!。
     
     7月13日(火)13:30~ペガサートでエニア入門半日講習会を行いますので、こちらにも来てください。
     

  4. 篠田工治@クッキング父ちゃん

    コメントありがとうございます!
    静岡でT2の御方ですね!
    「T4日本代表様」からお噂は伺っておりました。
     
    4月5月と静岡エニアに参加しましたが、
    お会いできなくて残念でした。
     
    もし、T2@Mac-Ohgiさまが
    7月13日にご参加されるのが確実なら、
    なんとか私も調整(嫁と?)して
    駆けつけたいと思います。
     
    そして、是非、もうすぐ親離れを迎える心境は
    どういったものか、伺いたいです!

  5. この絵本はそのような解釈だったのですね!(驚)。
    T6が読み終えた感想は、
    「それでも少年を見捨てずにいてくれる木って凄いな!」です。その行為に涙さえしました。
    自分も、このような木みたいに寛大であればな〜的なニュアンスです。
    少年はT6な気がしますね、甘えたい放題なところが^^;。ははは・・

    • T6^^さま

      コメントありがとうございます。(ハンドルネームはNGなんですね_汗)
      随分前の記事なので見直すのも正直痛々しいのですが、
      今でもそんなに感想自体は変わっていません。
      ただ、この「おおきな木」のタイプは2だけでなく9との混合だと思っています。
      結局やってることの本質が漫画「ドラえもん」のドラえもんと同じなんですよね。
      子供の頃、一番人気の漫画がドラえもんでしたが、
      そのストーリー展開に何故だか後味の悪さを感じてました。
      その理由が「与えたい者」と「受取り続けたい者」の立場の違いであることは
      エニアグラムを学ばなければ見えてこない構図かもしれません。
      でも実際には絵本のような場合、2にしろ9にしろ、
      いずれドッカーンと爆発する確立は高いです。
      でも子供向きの絵本という体裁もあり、そこは触れられないまま物語は終わる。
      このあたり、少年にも作者にも「ずるさ」を感じるんですよね。
      現実には「ずるさ」を感じながらも、きっと言いなりになってしまうのが口惜しいですが(苦笑)。
      少年は・・・タイプ7考察をまだやっているせいかタイプ7に見えます。
      タイプ6も「受取り続けたい者」ではあるのですが、実際には受け取らなかったり、
      忠義を見せたりするので、もう少し違う描かれ方をした方がしっくりくるかもです。

  6. このストーリーから真っ先に想い浮かぶのは、
    オスカー・ワイルド著の短編小説「幸福な王子」です。
    幸福な王子さまもタイプ2なのかも知れませんね。
    と、、ここまでコメントの下書きを書き終えて、
    「大きな木再び編」を読んだら、
    篠田さんも対になる物語と紹介していました(笑)

    思うことは似ていますね。
    似ているといえば、、
    私も10代のころ、森の大木と少年が触れ合う物語を
    書いたことがあります。
    (元は人間の木なので、人間としての意識を持っています)
    物語の最後で、木が少年を助けるために死んでしまうところも、
    何となく似ているなぁと思いました。
    少年の危機を招いたのは木の責任です。
    でも、それは木にかけられた呪いによるもので、
    不可抗力的な面が多々ありました。
    何百年もの間、薄暗い森の奥で、
    一人孤独だった木の魂は少年に救われたのです。
    少年を失いたくない一心で、木は命がけの行動に出ます。
    けれども、木の願いも空しく、少年は亡くなり、
    悲しみと失意の中で、
    木も少年の後を追って死んで(枯れて)行きます。

    二人は死んでしまいましたが、
    別の世界で、形を変えて再会するところで終わりますので、
    何とかハッピーエンドみたいな。

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