リバースエニアグラム

性格タイプと性別

性格タイプと性別

エニアグラムの案内人、篠田工治です。
 

ここ3ヶ月ほどの間。
 

本を買うことをなるべく避けています。
 

その理由は入手後に一度もページがめくられない
「積読(つんどく)」状態の本が
たくさんあったから(苦笑)。
 

それまでは平均して月7~8冊くらい本を購入していたのですが、
そのうち、2冊くらいはパラパラめくっただけで
机の上に平積みされてそのままになってしまう。
 

積読の山(ビル?)が5本くらいになると、
流石にマズイわけで、
物欲を満たせぬまま数ヶ月を過ごしています。
 

でも「これは!!」という本をAmazonで見つけると、
やっぱり我慢できずに購入ボタンをクリックするハメに。
 

で、最近購入した本はこれ。

物語の命題 6つのテーマでつくるストーリー講座 (アスキー新書)

大塚英志さんという方の本です。

同氏は
「ヒットした物語の構造やそのキャラクターは殆どパターン化されている」
ということを著書で何度も主張してきた御方です。
 

そしてこの本では
「物語のテーマにおいてさえも普遍的なパターンがある」ということを
分かりやすく主張しています。
 

読んでみて感心したのは
紹介されている6つのテーマは、
全て「人の成長」に関する内容だということです。
 

簡単にまとめると

  • 「人造人間は成長することを望むが、人造ゆえ成長することができない」
  • 「外側から来た来訪者が内側の世界の問題を解決し、来訪者自身も成長する」
  • 「落ち延びた不完全な主人公は出生の秘密を求めて旅立ち不完全さを取りもどす」
  • 「成長の速度が違う相手との恋愛は悲劇に終わる」
  • 「主人公は葛藤の後、女性になるか男性になるかを自分で決める」
  • 「成長することを選択した主人公には庇護者との別れが待っている」

こんなかんじです。

その中で私が一番注目したのは5.の
「主人公は葛藤の後、女性になるか男性になるかを自分で決める」
というテーマです。
 

なぜ注目したのかというと、
私は常々肉体的な性別と性格的な性別は一致しないと
考えているからです。
 

これはエニアグラムの各性格タイプで言えば、
「男性的なタイプ」
「女性的なタイプ」
の二つに分けることができるということです。
 

具体的には次のとおり。

  • 男性的:8、3、7、5
  • 女性的:2、9、4、6、1

タイプ1がどちらか結構悩むのですが、
大いなるモノに付き従うという意味において女性としました。
 

 

確か「究極のエニアグラム性格学」の竜頭さんも
同じことを言っていたと思います。
 

同じグループの中でも強弱の差があるのですが、
まぁ、ざっくり分類するとこんな感じです。
 

で、先ほどの
「主人公は葛藤の後、女性になるか男性になるかを自分で決める」
という物語のテーマは、
肉体の性別と性格的な性別が異なる人にとっては、
とても身近なテーマだと思うのです。
 

普遍的な物語のテーマであるなら、
それを抱える人は少なくないと言えるワケでして。
 

例えば、私の場合、タイプ2の男ですから、
 肉体的=男 性格的=女
という状態なので、このテーマに該当します。
 

だからこそ男としての特徴を強めれば強めるほど、
なんかこう上手くいかなかったことが多かったように思います(苦笑)。
 

特徴というより役割といった方がいいですね。
 

結局、人は外見的(肉体的)な性別しか通常は考えないので、
「男性の役割」「女性の役割」といったものに
とらわれがちです。
 

プレッシャーと言ってもいいかもしれません。
 

実際、私もエニアグラムを学ぶまでは
「男性の役割」に執着していましたし、
それがプレッシャーでもありましたから。
 

かといって、これは肉体的な性別を軽視したほうがいい、
という話でもありません。
 

肉体としての性別から発せられる声に耳を傾けないと、
それはそれでとてもストレスになるからです。
 

(じゃないと人口の何割かが性同一性症候群になってしまう_笑)
それでもやっぱり、性格的な性別を無視しても、
上手くいかないことが多いし、それはそれでストレス。
 

ぶっちゃけ不安定な存在なんですよ(苦笑)。
 

多分、そういった人の存在も
「性格の力学」という観点からすれば
何らかの意義はあるんでしょうね。
 

その意義について私には分からないのですが、
時間があればじっくり考えると面白そうではあります。
 

ただ現時点で一つだけ言えることは、
性格的な性別をどこかで発揮(発散?)できる場所が、
あった方がいいということ。
 

特に女性のタイプ8、3、7、
そして男性のタイプ2は(9と4もかなぁ)
その辺りを意識したほうが心が楽になれるのでは?
それが「性別を自由に決める」という、
一つの成長の形なのかもしれません。
 

それではまた。
 

追伸

えっと、今回の話は私がゲイだとかホモだとか
そういう意味ではないことをお断りしておきます。
 

念のため。
 

まぁ、この性格なんで
それならそれで最初からカミングアウトするだろうしねぇ。
 

でも何故か昔から、
そっち系の人からお声がかかることが多かったのは
事実だったりして。

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  1. どんどん読み進んで今ここにいます。
     
    タイプ1は微妙ですが、少なくともタイプ5よりは押しが強そうですし、図式的には男性的にいれるのがすっきりすると思います。というのはタイプ3をベースに
    偶数回動くタイプ:3・1・5・8・7
    奇数回動くタイプ:2・4・6・9
    となるからです。なお、0も偶数です。同様にタイプ9から出発すると
    偶数回動くタイプ:9・7・2・5・4
    奇数回動くタイプ:8・1・6・3
    という組み分けができますが、これは後者は生地のままで「仕事ができる」タイプ、前者はそうなるのに努力を要するタイプに思えます。タイプ6の場合、
    偶数回動くタイプ:6・4・8・2・1
    奇数回動くタイプ:5・7・3・9
    となります。これは良く分からないのですが、物事に対し一家言・好き嫌いのありそうなタイプと比較的、淡白なタイプではないでしょうか。
     

  2. 篠田工治@破壊者の母

    こちらにもコメントいただき有難うございます。
     
    タイプ1をどちらにするのかは本当に悩みますし、
    ぶっちゃけどちらの解釈でもいいと思っています。
     
    以下私の解釈を少し。
     
    実際にタイプ1の方を観察していると、
    男性で押しが強い系の方でも、
    「誰かに付き従う」という特性が前面にでると、
    かなり女性的に見えてきます。
     
    古き良き(?)時代の
    「女のしおらしさ」とか
    「女のつつしみ」みたいな感覚。
     
    女性のタイプ1だと、
    「導く」という特性が強くて、
    逆に男性的な特性が前面に出やすい気もします。
     
    何故だかしりませんが、
    「女性の中に男性
     男性の中に女性
     大人の中に子供
     子供の中に大人」
    を見出すのが好きなのです。
     
    見た目との落差を楽しむ感覚とでもいいましょうか。
     
    あと、何をもって男性女性を分けるのかという
    基準の違いも大きいのかな。
     
    やっぱりエニアは「9」だから
    どうしても「3」という数字で考えるのが
    自然だと思っていて。
     
    だから本当は
    「男性・女性・中性」
    の3つで考えたいんですよね。
     
    話がややこしくなりそうなので
    人に伝えるときは男性女性の二分になりますが。
     
    このあたり、ウィングを外向内向で二分したくない、
    という考えと同じです。
     
    でも綾紫さんの考えた上記分類は面白いです。
     
    よくよく見ると、
    「2と4、5と7、8と1」が常に同じ属性なんですね。
     
    特に2と4は、
    女性的で、好き嫌いが激しく、
    仕事の着手に手間がかかる・・・。
     
    うーん。
     
    9タイプ中、一二を争う「感情派」の
    面目躍如ってところでしょうか(苦笑)。
     

  3. 初めまして。こちらのブログでエニアグラムを知り興味を持ち始めた者です。知識が浅い人間がコメントしていいものかどうか迷いましたが気になる事があるので、やはりコメントさせて頂きたく思います。

    タイプ9ですが、タイプ2・タイプ5と誤認する事も多いと聞きます。タイプ2が女性的でタイプ5が男性的であればタイプ9はどちらとも言えないので中性と見なすのが適切で、やはりタイプ9を完全に女性的なタイプとするのはタイプ1同様無理があるように思います。そのあたり、女性的といえそうなタイプ4との誤認も多いとのことなので2・4と5の多数決で女性的なタイプということにされたのかもしれないと考えていたところです。男性・女性で二分類するのも面白いですが中性の項目を加えた三分類も見てみたいですね。

    また、何かの形で実証する事が出来ず私の主観でしか話すことが出来ないのですが、タイプ9の共感は単に他者への理解と寛容による寄り添いであって他者の気持ちをそのまま自分の事のように感じ共に涙するというものではない気がします。個人の感覚だと無条件に、機械的に相手を許容するものでありそこに私的な感情は挟まれない(多少無理・違和感があったとしても自らがどんな他者に対しても寛容でいることを優先するということです)。また、仮に自らの平穏が侵される状況であれば容赦なく沈黙し相手を自分のスペースから遮断する物です(そこがタイプ5と雰囲気が似ている点)。ある意味冷淡とも言えます。容赦のない沈黙というのも8のウイングが強いタイプ9特有であって、8らしさが見られないタイプ9だとまた違うのかもしれません。

    おっとり・癒し系などのイメージで語られがちなタイプ9ですが、タイプ5に誤認するような高い論理性を持ち内側の平穏を守るため他人とあまり関わりを持たない人が一定数いるのではないかと思います。なぜタイプ9が論理的になるかというと、自分自身の感情・感覚に鈍くなることを防衛戦略としたのでどんな事を話す場合でも主観で物を語りにくいということが理由と言えそうです。もし自分自身が物事に批判的になれば世界の全員に対して寛容でいられなくなるので意地でも公平に物事を見ようとした結果、自分の趣味・嗜好・物の好き嫌いが分からなくなってしまい、客観的事実や世間の一般的意見に頼ろうという訳です。

    客観的事実や誰かの意見を引用しながら四苦八苦して自分の意見や嗜好を表す言葉を探り当てようとしているという感じです。鈍くなることを防衛戦略として選んだのは自分自身なのですからよく分からなくなった自分自身を再度紐解こうとするのは滑稽なのかもしれません。タイプ5はおそらく知識や理論を蓄えること自体が目的ですが、タイプ9が膨大な知識を得ようとする場合唯一解を求めての事だと思います。

    私は元々どういう人間だったのか?何が好きで何が嫌いだったのか?結局はそういう唯一解を求めているに過ぎないのだと思います(しかし感覚を閉じているので容易には辿り着けない)。タイプ9はユングの内向的感覚型と関連付けられることもあるそうですが、だとすると自分の感覚をそのまま他者に表現したものの、それが変なことだといって拒絶されたという経験がタイプ9の根底にあるのかもしれません。他者を受け入れ全てに寛容になれば、あまりにも変な自分もまたなんとかして世界に受け入れられるかもしれない、できれば受け入れられたいという願いです。

    故に、たとえタイプ9が表面上は穏やかに見えたとしても決してエネルギーが少ないとは言えないと思うのです。むしろ押し込めている分強いかもしれない。アイデンティティーを抑圧し(欠如というよりも抑圧の方が適切)自分自身が何者か自分ですら理解しないように、全てを社会的に正しい物に合わせるようにしているのだと思います(唯一解を求める・自分自身を規範に嵌めようとする辺りがタイプ1に近い要素とも言える)。

    ひょっとすると、タイプ9は生まれつきの変人である可能性すらあるのかもしれない。または全く素の状態でいると変人扱いされがちなのかもしれない。それを悟られまい・自分でも悟るまいとしているのかもしれない。

    (私自身の暫定タイプ自体間違えているのであってタイプ9としての主観を述べることは適切ではなかったかもしれません。根源には心当たりがあっても、おっとり・癒し系とはとても言えないような性格をしていることでもあるし。勉強不足なので当たり前のことをわざわざ自分で考えたかのように話してしまっているのかもしれません。初心者の戯言として笑って軽く流していただければと思います)

    男性的・女性的なタイプを分けようとする試みを面白く感じコメントしようとしたのですが、結局現時点での自分のタイプ9についての解釈をぶちまける結果になってしまいました。もし、ここは違う・これはタイプ9の解釈として適当ではない、やはり論理的なタイプではなく一般的に言われるおっとり・癒し系イメージを重視すべきだ、大体この解釈でOK…などのご意見がありましたら有難いです。

    • コメント有難うございます。
      性格を男女に二分する方法は大雑把なのですが、私が他者のタイプを診断する際に大いに役立ってくれる論点ではあります。
      ただ、「男らしさ」「女らしさ」の基準は人それぞれというか、お国柄や地域によっても見方が違う曖昧な尺度なんですよね(苦笑)。
      このあたりは人によって解釈が異なるのがむしろ正しいのだと思います。(エニアグラムは学問ではなく思想やアートだと思うゆえんです)
      まぁ、それでもタイプ8やタイプ3が女性的と思う人は少ないでしょうし、タイプ2やタイプ4を男らしいと思う人も少ないでしょうね。
      それ以外のタイプは全て中性、若しくはどちらにも転がると考えておけばOKだと思ってます。
      記事本文の男女分けは「ホーナイの三つ組み」をベースにしていますが、以前どこかで書いた(?)「篠田式九人家族理論」を元にしています。
      ・タイプ8=お父さん
      ・タイプ2=お母さん
      ・タイプ5=大学院生の長男
      ・タイプ1=会計専門学生の長女
      ・タイプ3=高校生の次男
      ・タイプ4=中学生の次女
      ・タイプ7=小学生の三男
      ・タイプ6=保育園児の三女
      ・タイプ9=赤ちゃんの四女
      ざっとこんな感じです。
      竜頭氏の書籍にある家族理論との一番大きな違いはタイプ5とタイプ9を祖父母としていないところです。
      実際に周囲の方々をこの家族理論に当てはめてみると面白いと思います。

      で、タイプ9に関する解釈をいろいろ書いてもらっているのですが、それぞれにコメントするのは大変ですし、直接的な答えを書いてしまってもしょうがないので大事なことだけ書きます。
      まず、性格タイプの特性は意識して出している場合もあるのですが、その多くは無意識に表れてくるものモノと考えてください。
      それはどの性格タイプも同じで、たとえ論理的とされるタイプであっても、自分の特性を出してしまってから、後からアレコレ意味付けをしているに過ぎません。
      そして自分のタイプを判別するには、その特性が無意識に表れてきてしまう「根本的な動機」を探る必要があります。
      例えば上記コメントに次のような文章があります。
      >ひょっとすると、タイプ9は生まれつきの変人である可能性すらあるのかもしれない。
      >または全く素の状態でいると変人扱いされがちなのかもしれない。
      >それを悟られまい・自分でも悟るまいとしているのかもしれない。
      この文章の根底には「とある動機」が隠されているように思えます。
      「タイプ9は」を「自分は」に替えて、じっくり考えてみてください。

  4. やす(暫定T9)

    こんにちは。丁寧な回答頂きありがとうございます。やはり根源こそが重要であってタイプに付けられたイメージで悩むことはないんですね。それが分かってすっきりしました。(あと、私はウイングに対する理解が足りないのだという事が分かってきたので引き続き勉強する必要がありそう。集団や権威に対する反抗心から怒りや使命感を覚えがちと考えると)

    妙な話になってしまいますが、私は竜頭氏のようにタイプをイメージで分けることに対してやや懐疑的…もっと言えば怒りの気持ちを持ってしまいがちな部分があり、それがなぜなのかと数日考えていました。おそらく私自身がタイプ9の根源を持っていると自覚するものの、自分が属するタイプを癒し系・おっとりしている・赤ちゃんのようだ…などと評されるとまるでタイプ9をスケープゴートにしやすい非力でただ耐えているだけタイプのように言われているように感じてそれが怒りに繋がったのだと思います(でも他タイプの方から見てそう見えてしまうのは致し方ないのかもしれません)。

    いっそそういう表向きの悪いイメージで語られるくらいならイメージなどない方がいい。ただ根源だけを提示する方が誤解が少なくていいのではと思っています(個人的にはリソ氏・ハドソン氏やナランホ氏のような書き方だとないがしろにされないのだという気分になり安心できますし、比較的他者に偏見を持って接することが少なくてすむのかなとも思います)。

    イメージで語る事にもなにかしら利点はあるはず。でも少なくともタイプ9に関しては(私が)受け入れがたいイメージしかなく、また、もし仮に受け入れたとして誰かに自分をタイプ9であると説明することに躊躇ってしまうと思います。あるいは、自分自身でタイプ9の良いイメージを編み出して流布することが必要なのかなとも。うーん…でも、そういう問題ではないのかもしれませんね。言いたい人には言わせておけというか。でもそういう感じで黙ってるからこそ周囲からイメージを押し付けられてしまうのではとか(堂々巡り)。

    タイプごとの合戦ではないのだから怒りを感じる必要もなければ自分のタイプをよく見せようとしたり相手をやり込めようとする必要は全くないのですが、あまりにもなんというか…うーん…タイプ9のいいところを掴みづらいです。自分がこのタイプであるといって堂々としていられない。(実際そうではないということは頭で理解していても)悪い面のほうが圧倒的に多く良いところがないように感じる(これも私の思い込みでしかないので自分で解決すべき問題ですね)。

    とりとめのない文章になってしまいました。結局自分自身の問題かもしれません。

    • ホントはコメントをお返ししないほうがいい気もしたのですが、お節介というか一言余分なことを言いたい性格(苦笑)なので少しだけお付き合いくださいませ。
      まず、タイプの根源をしっかり理解し、具体的な体感や経験で腑に落とすことはとても大事なことです。
      その点については全く賛同します。
      ただ、自分のタイプの「世間で言われているイメージ」が気に入らない場合、次の2つの点で問題があると思っています。
      1つ目はズバリ、自分のタイプを誤認している可能性があるから。
      本来の自分には無い(少ない)要素を自分の主たる特性だと思い込ませようとした場合、思考的にはともかく、無意識的本能的には違和感や嫌悪を感じることがあるからです。
      正直に言えば先のコメントを拝見した際、タイプ9以外のタイプが2つくらい思い浮かびました。
      もちろんこれだけの短い文章で正確な診断をすることはできませんし、しないようにしています。
      でも、とあるタイプの方が書く文章に似てるなと思い、それゆえ1つヒントというか質問をさせていただいた次第です。
      2つ目は自己タイプを正しく認識していたとしても、そのイメージが気に入らないなら、それは自分本来の姿を受け入れていないと言えるからです。
      これは違和感を感じる原因が「外から後学的に刷り込まれた価値観の無批判的な受け入れ」すなわち外部の影響によって洗脳されてしまうことにあると思うんですね。
      もちろん価値観がバラバラな人間同士が集団で生きていく以上、価値観のすり合わせは必要なのですが、必要以上に他者の価値観に引きずられてしまうと「こんな自分(イメージ)はイヤだ」となってしまう。
      これは自分が持っている光の部分を覆い隠してしまうのと同じことになるから、あんまりいい状態だとは言えないのです。
      大事なのは良いとされる特性も悪いとされる特性も所詮それはコインの表裏でしかないと気付くことだと思うのです。
      自分にとって気に入らないイメージ表記であったとしても、その反対側にある素晴らしい利点を見つけ出し、自己承認や自己応援に変えると言えばいいでしょうか。
      まぁ、確かに著者や指導者によっては「とあるタイプ」のイメージに、好き嫌いの感情が色濃く表れていることは有ると思います。間違いなく私もそうでしょう(苦笑)。
      なので、その表現にカチンとくることはしょうがないのですが、たとえ嫌で気に入らない表現であったとしても、どの著者も本質的には外していないと思うんですよね。
      他者視点はなんだかんだ言って自己視点より正しいことが多いですし、それは私自身が殆どのエニア書籍に目を通して感じたことでもあります。
      エニアが一神教の元で形作られた(解釈された)経緯もあって、学ぶ者に「罪」の意識を植え付けるような書籍が多く、自己承認は難しいとは思いますが・・・。
      お伝えしたいのはこんなところです。

  5. やす(暫定T9)

    前回投稿では愚痴めいた私事ばかりを書いてしまって申し訳御座いません。お返事頂けたことを嬉しく思っています。

    まず本題から。この記事についての話をしようとして、結局脱線して忘れてしまっていたのですが、ジョン・マニングの指比や男脳・女脳に関心をお持ちでしたら『共感する女脳、システム化する男脳』等サイモン・バロン=コーエンの著作をご覧になると良いのではないかと思います(私自身はネット上の知識のみで未読ですがいつか読みたい)。差し出がましかったかもしれませんが、すみません。

    次にお返事頂いた内容についてです。利点…。そうですね。他のタイプだと素直に良いところ・悪いところを受け取れるのに、いざ自分のタイプだと決めてかかると欠点や弱点ばかり目についてしまっていい面が見えないものです。一旦感情的な反応をしてしまったものの、どの著者のどの表現もそれなりに考え抜いた結果の表現であるはずで、本質的にはどれも間違っていないし、たとえ全員の賛成は得られなくともいろんな視点でいろんな人が語ることこそ大事なのだろうなと思います。タイプ9は声を上げないでまあ、いっかと流してしまう人ばかりでひょっとして悪い評判を書かれても黙ったままでいるんじゃないかと早合点し、前回投稿時は浅はかな考えを起こしてしまいました。それに、読み返してみると失礼な書き方だったかと思います。申し訳御座いません。(そういえば、あんな書き方をしてしまってから何なんですが、自分の思い込みを解くと竜頭氏の解釈はなかなか興味深く読んでいて楽しいです。サイトを訪ね、記事を読み耽ってしまいました。)

    もし可能であれば、タイプ9以外に想定できる私のタイプというのを知りたい気持ちもあります。でも、このままでは本当にタイプ判定にもつれ込んでしまいそうな感じですし、篠田さんのご負担を考えるとここでコメントは一旦打ち切って独力で辿り着くべきと考えていたところです。うーん。タイプ判定なんてスタート地点に過ぎないのにこれがまた難しいものですね。

    ここからは読み飛ばしていただいても構いません。タイプ誤認のことについてとりあえず自分なりの考えを書きたいと思います。根源抜きで挙動だけ考えるとほとんどのタイプが当てはまりそうです。自分で一番最初に疑ったのはタイプ4・タイプ5です。タイプ4とタイプ9は本やサイト等をよく読んでも半々くらいの要素を持ちあわせていてどちらが自分とも言えません。腑に落ち感は圧倒的にタイプ9。タイプ4やタイプ5の記述を本で見たり自己判定された方のブログを見たりしましたが、自分に近いというよりかはなんだか生きるのが大変そうだなという印象です。高尚な感じもするし、どちらかというと私にとっては憧れの対象になりそうな感じです。かといってタイプ9の人達の中にいると自分だけが穏やかではないような感じでどっちつかずだと思います。

    後で自分の投稿を読み返すと焦りが出ていて笑えるというか、マイ・ワールド全開な感じの文章だなと自分でも思いました。長期間何年にも渡って自己分析を試みた結果今やっと自分自身の感情について覚束ないながらも話せる状態になりつつあるのかも。どこかで聞いたような言葉をコピー&ペーストしないと喋れない性質です(だからとても演技的に見えると思います)。家族に聞く限りだと子供時代の態度を家族に聞く限りおとなしくて手の掛からない典型的なタイプ9のようです。ただし頻度は低いが自分は特別だという主張をすることもあったようです。白黒ハッキリした価値観で基本的に卑下しているが(家族等から好意的評価を受けたことに関して)自分は人よりも出来る、天才だという風に舞い上がって極端な主張をし続けてしまうらしいです。黙っていて融和的態度ではあるが休火山のようでごく稀に爆発するとも。やればできるのになかなかやる気に火がつかないとも。タイプ8的挙動は成人してからのものなのでこれが基本タイプになる可能性はなさそうです。

    私の前回言ったような怒りは個人的な恨み・妬みではありません。そういう他人に対して怒りを感じる力は自分にはなさそう。実は恨んでいるのにそう正直に書かないだけかもしれないし、本当にすぐ忘れてしまいがちなのかもしれないし、そこはよくわかりません。強いて言えば(社会的に?)筋が通らない事に対する憤り、自分は適当に解釈するからいいにしても、これで勘違いされる人が他にもいるなら、黙っていてさらに勘違いされていくとしたら今のうちに間違いを正すべき…という感じのものです。ヒーロー気取りかも。また、過去をわざわざ掘り返して自ら無抵抗・無力な自分を他者に説明するというのはあまりに屈辱的で強く反応してしまったとも考えられます。私が継続的で攻撃性のある怒りを感じるとしたら、それはのんべんだらりと生きて何も努力してこなかった自分自身を憎むこと、それと罰を与えたい気持ちです。

  6. やす(暫定T9)

    (返信不要です)私はあまりブログにコメントした経験がなく、よく文章を考えたつもりでいても推敲しきれず、また、自分を知りたいと思うあまり冷静ではなかったと思います。ごめんなさい。これ以降このコメント欄での発言は控えたいと思います。

    • そうですね。流石に記事本文とはかけ離れた内容になっているので、一旦ここで切りましょう。
      あと、いただいたコメントによって、気分を害したとかそういうのはありません。お気になさらず。
      タイプ判断は「あっけなく・すんなり」確定(正当?)する人もいるのですが、5年10年かかっても腑に落ちない人もいたりして、ホント厄介で難儀な作業だと思います。
      私もしばらく前までは「タイプ判定はスタートに過ぎない」と思っていましたが、最近はそうでもないと感じています。
      慣性の法則ではないですが、一番最初の一転がりが一番大変とも言えるからです。
      そのあたり、エニアを何に使うかにもよるのでしょうが、自己承認や本来の自分の持ち味を取り戻すという使い方であれば、各タイプの光の部分だけみればいいから、判定に比べればこっちの方が簡単だと思います。
      正直に言えば、これ以外のエニアの使い方はすべて現実味が薄いとさえ思っています(苦笑)。
      あと、2つのタイプ候補についてですが、ここでお伝えすることはできません。
      ちゃんとした診断をしていないので、候補に自信が持てないからです。
      数ヶ月後に診断を再開しますので、その気がお有りでしたらその際にお申込みくださいませ。

  7. ならんホさんの分類では、
    タイプ1、2、3、4は女性的(西洋では女性が多い)で、
    タイプ5、6、7、8は男性的(男性が多い)となっていますね。

    そして、前者(♀グループ)は魅力的で、後者(♂)は反抗的だと(笑)
    なんだか、保守系エニア派所属みたいな説かも?
    (「性格と神経症」22~23ページ)

    その反対に先進的過ぎる感じ⇒「米国Facebookが性別多様化、
    50種類の選択肢の中から選んで性別をカスタマイズできる」
    今後のエニアは50種類の性別!への対応を迫られるかも?

    個人的には、
    女性グループでは、3は男性的で、4は中性的。
    男性グループでは、5は中性的で、
    6は男性的な面もありますが、どちらかと言えば、
    女性的なタイプだと思っています。

    タイプ6の特徴は、使命と責任感、理想に忠実、権力組織や
    規則規範に忠実も、権力が理不尽と感じると反抗的
    になり、弱者を守るために戦う反体制の闘志にもなる。
    ここまでは、全然女性的とは思えませんね(笑)
    でも、人の心の奥を読む、弱者に共感、安全安定を望む、
    優しく情け深いなどの特徴は、
    どちらかと言えば女性的なんです。
    女性の方が表情(感情)を読む能力も優れています。

    冷静温厚に見えても、内面では、憤り・怒りの
    マグマが滞留し、それを周囲に悟られないよう気配り
    している。角隠し常備的なタイプ1の象徴は星一徹さん。
    wikipedia掲載の星一徹さんは⇒
    「言葉ではなく体当たりで自らが男の模範になろうとした」
    タイプ1は「根性と忍耐の人」ともいわれますので、
    いったいどこが女性的なの?みたいな(笑)
    でも、私は一見男っぽい一徹おじさんの心の家屋の
    一室に、秘めたる「徹子の部屋」の存在を感じるのです。
    その点では、女装趣味の人に元暴走族が多い、
    という不思議な現象(有名)との共通点を感じてもいます。

    そう言えば、、
    URLの最下部からタイプ1の解説音声がダウンロード出来ます。
    スタイルがいいので、コンドン派でしょうか?
    ttp://www.exceptional.jp/oasis/selfgrowthprogram.html

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