リバースエニアグラム

心にブレーキがかかる理由_エニアタイプ7考察で気付いたこと

心にブレーキがかかる理由_エニアタイプ7考察で気付いたこと

破壊者の母、篠田工治です。

つい先日、エニアグラム初級講座「シンプルエニアグラム」にて
タイプ7考察の第8回目を投稿しました。

第8回目「駄々っ子なアナーキストタイプ7の負の側面その2」

このタイプ7考察、自分でも随分ダラダラやってるなぁと思って、
第1回目の投稿日付を確認したところ、2011年10月27日となっておりました。

・・・え?1年前なの?

自分でもビックリです。そりゃ読者さんから催促されるワケだ(汗)。

やっとこさ9回目の構成が固まったので、早ければ2、3日中には投稿できると思います。

さて、今回はなぜそんなに時間がかかってしまったのか、
何が考察のブレーキになっていたのかについてシェアします。

愛と怒りと悲しみのトラウマ

distress

つい最近のことですが、
タイプ7さんに対する私の執着は他のタイプと比べて
とてつもなく大きいことに気付きました。

愛と怒りと悲しみ。

愛憎といってもいいかもしれません。

これは遠い過去だけではなく、
エニアグラムの活動を始めてから今現在に至るまで
私の心の中にずっと存在していたのです。

いや、存在していることは知っていたのですが、
その執着の大きさまではタイプ7考察を始めるまで、
始めてからでさえ理解していなかったのです。

シンプルエニアグラムの一応の方針としては、
本に書いてあることをそのままコピペするのでなく、
なるべく自分が普段使う言葉に置き換えて伝えるようにしています。

学ぶとはそういうものだと思うので。

なので常に、
「タイプの特徴を別の表現、違う捉え方ができないか?」
「使えそうなエピソードってなかったっけ?」
と無い知恵絞ってアレコレ考えたり、過去を思い出そうとするワケです。

でもそれって過去タイプ7さんとの間で味わった、強烈な感情を数多く追体験することに他ならないんですね。

最近の言葉ならフラッシュバックとでもいいましょうか。

そして文章化する際にも何度も何度も同じ感情を味わう・・・。

もともと面倒くさがりではあるのですが、
過去の強烈な感情を追体験するのが怖くなってたのでしょうね。

そんなトラウマが心のブレーキになっているものだから、
アタマでは早く書こう書こうと思っていてもなかなか書けない。

これが筆の遅くなった一番の理由だと考えられます。

タイプ考察とは光と闇を知ること

もう少し深掘りしてみましょう。

性格タイプの考察とは、言わば各タイプの眩しい光と暗い闇の双方を見つめる行為に他なりません。

まぁ、正直に言えば、光と闇のどちらか一方だけを見る方が楽なんですけどね。

でも、真剣に何かを知ろうと覚悟したならば、当初はいずれか一方だけを見ているつもりでも、そのうち反対側が嫌でも見えてくる。

よく言いますよね。

白い紙に明るい光を描くには実際には黒い影を描かなくてはならない。

逆もまた然りで、黒い闇を際立たせるには真っ白な光を当てなければならない。

light-dark

photo:Reckless Dream Photography

光と闇は本質的に一体であり、違いはせいぜいどの方向から物事を見るかという視点の違いでしかないからです。

長所は同時に短所でもあり、逆もまた真なりです。

各タイプの所感とか感想だけを綴るのであれば、
「このタイプここが好きだ!ここが嫌いだ!」
という書き方でも問題はありません。

でも考察・講座と謳う以上、
やっぱりそこに一定の冷静さや公平さは必要だと思うんです。

ただ、今回のような愛憎の執着があると、

  • 「愛」に振れた場合
    1. 光の側面を描くのにやたら肩入れし美化しすぎる
    2. 負の側面を描くのが辛くて筆が進まない
  • 「憎」に振れた場合
    1. 光の側面を描くのが辛くて筆が進まない
    2. 負の側面を描くのに必要以上に貶めてしまう

どうしてもこんなふうになっちゃうんですよね(苦笑)。

そういうアンバランスをなんとか解消しようとするのが「冷静さ、公平さ」なのですが、結局は愛憎とせめぎ合う結果、考察に時間もかかり精神的にも疲れてたワケです。

解決法は「もういいや、どっちでもいいんじゃない?」

では、どう心のなかで折り合いをつけたのか?

それは「もういいや、どっちでもいいんじゃない?」です(笑)。

難しい言葉で言えば中庸ということなのでしょうが、
つまりはこういうことです。

私のタイプ7さんに対する愛情や怒りや悲しみは、
自分の根源から湧き出てくる、とても自然な感情です。

世にはピーターパン症候群と呼ばれるものがあり、
永遠の少年であるタイプ7さんの多くはそれに該当します。

そして反対に母親役を演じてしまうウェンディ症候群なるものも
あるようでして、もちろんこれはタイプ2の私に該当します。

だから私の愛憎という感情は性格タイプの役回り上、
ある意味自然なものなんです。

だから認めちゃいました。しょうがないって(笑)。

そしてエニアグラムを解説するという立場上、
冷静でなくてはならない、公平でなくてはならないという気持ちも
やっぱり自然なものです。

で、これも認めちゃいました。しょうがないと(苦笑)。

このあたり、ウィングのタイプ1的な発想だったのかもしれませんが、
「自分の感情や自制心に対して100%でなければならない」
という考え方、いわゆる「気負い」の方を捨てたのです。

多分どっちも正しいのだから、その時々で感じたり思った方を選択すればいいよね

こんな感じです。

そう思えるようになってから、
ようやく考察を再開することができました。

それでも他のブロガーさんのように、
文章を量産することは能力や時間的に厳しいのですが、
ペース自体もこっちの自由だと思うことで随分気が楽になりました。

オープンマインド!

日本には「清濁併せ呑む」という言葉があります。

これは「人の器」の大きさを表現する時に使うのですが、
多分同じことだと思うんですよね。

「気負いの無さ」というのはある意味諦めなのかもしれないけど、
「どっちでもいいかぁ、100%でなくてもいいかぁ」と思えるのは
逆に腹がすわった余裕のある態度でもあります。

自由な心持ちというのかな。

逆に「ああしなければ、こうしなければ」と力で抑えつけたり、
気負いすぎると大抵の場合、上手くいかない(苦笑)。

映画「マトリックス」を見た人なら分かると思うけど、
途中に出てくるジャンププログラムってこれと同じなんですよね。

「ただ飛べることを知る」だけでいいのに
変に気負っちゃって失敗しちゃうアレね。

「心を解放しろ!無心になるんだ!」ってあんなに強く意識して自分に言い聞かせていれば、そりゃぁ飛べない自分をイメージしてしまってもしょうがないですよね。

もちろん、そういう心持ちになるまでの間、ちゃんと真剣に考える必要はあります。

ただしっかり考えた上で土壇場で「どっちでもいいかぁ」と開き直ると、
私の場合、何故か上手く判断や選択できることが多いんです。

あなたも一度はそんな経験ありませんか?

大事なのは知ることと選択できること

多分、これって他者の性格タイプだけでなく、
自分の性格タイプでも同じことが言えると思うんですよ。

もっと言えば、両矢印のタイプの解釈も同じです。

光と闇、健全と不健全、統合と分裂。

  • 光、健全、統合=善
  • 闇、不健全、分裂=悪

このように安直に解釈して、
ましてや「私は○○します!」「私は○○をしません!」なんて
唱えちゃったりした場合、
私は変に気負い過ぎて上手くいかない気がします。

繰り返しで恐縮ですが、自分の特性を光と闇の二面性でアタマにインプットしておくのは大事なんです。

でもむやみにどちらかに近づこうとしたり、避けようとするのが、気負いだと思うのです。

大事なのは選択が必要になったその時点で、
「自分はどちらかを自由に選択することができる」って考えが
アタマに思い浮かぶことなんです。
 
Liberty Leading the People

自分の二面性を知った上で、開き直りという無心で成したその選択の結果は、
例え闇、不健全、分裂とされる側あったとしても、
私は間違っていないと思います。

多分それは人間のアタマや心の中に備わっているバランス感覚、
中庸を発揮した結果だからです。

理想論かもしれませんが、
そういう人の生き抜く力の強さ、不思議さを私は信じています。


今回はここまで。

なんか抽象的なことばっかりでしたね(汗)。

これからボチボチ展開していく予定の「矢印論」の結論半分くらいを書いた気もしますが
気にしないでください(笑)。

あと、もしあなたも、とあるタイプの光と闇を冷静に捉えることができないなら。

多分私と同じように、これまで出会ってきた人との間で
正負問わず何らかの確執や執着があったのだと思います。

その場合は無理に飲み込まず、
そういう負の感情を素直に認めてそんな自分にOKを出してあげることで、
何か気付きや変化が生まれるかもしれませんね。

それではまた。

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  1. タイプ5w6

    篠田様

    私が今のところもっとも関心が無いのはタイプ7です。
    あまり好意を持っていません。5の落ちた姿だから?いえいえ、7からはしばしば拒否的な反応を経験しているからです。きっと。7が怖いといっても過言ではありません。

    とはいえ

    エニアグラムの講師が、なんとなく偉そうだなー。と感じたのは、ユーチューブの動画のエニアグラムの講座を見たときでした。

    自分の内面をえぐられ、裸にされる場面なのに、デリカシーの無い態度で暴かれるのは不快だろうなー。と思いながら見ておりました。

    もし、ワークショップに行って、傷ついたらいやだなーと思ってしまいました。

    • タイプ5w6さん
      ぶっちゃけた話、人の好き嫌いというのは仕方ないことだと思っています。
      ただ、「そのタイプ=その人の全人格」というわけではないんですよね。
      このあたり、タイプの好き嫌いとというよりはその人の精神状態や充実度次第だと思ってます。
      そして、もし本当にあなたがタイプ5ならば、成長や回復の鍵はタイプ7にこそあります。
      「矢印正方向=落ちた姿」という一方的な見方はそのチャンスを奪うのでもったいないかと。
      あとワークショップについては、根本的には人と人とのやりとりだからこそ、感動や学びもある反面、
      傷ついたり悲しむこともあります。
      私は後者の方が多かったりします(苦笑)。

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