リバースエニアグラム

行動分析とエニアグラムの出会い

行動分析とエニアグラムの出会い

破壊者の母、篠田工治です。

主夫として家にいる時間が長いと、どうしても本屋に足を運ぶ機会が減ります。

玉に本屋に行ったとしても、子供連れではゆっくり本を物色することもままなりません。

みんな大好き(?)Amazonさんは読みたいジャンルや著者、タイトルなどがハッキリしている時は心強いのですが、偶然的でドラマティックな出会いの場としては少々役不足。

必然的に本との新たな出会いは書評サイトやメルマガに頼ることになるワケです。

実際、書評メルマガをいくつか購読しているのですが、その中でも選書の良さで一番気に入っているのが土井英司氏のメルマガです。

毎日3分読書革命!土井英司のビジネスブックマラソン

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今回はそのメルマガでつい先日紹介されていた、奥田健次氏の著書「メリットの法則-行動分析学・実践編-」を読んだ感想をシェアしたいと思います。

行動分析とはなんぞや?

scholar

当方、別に心理学を専門にしているワケではなかったりします。

でもエニアグラムが心理学や精神医学的な見地で取り扱われてきた経緯があるため、エニアを学ぼうとするとそういう単語がチラホラ出てきます。

ぶっちゃけそういう単語を知らなくてもエニアは使えるのですが、エニアの普及や活用法を模索する身としてはそうも言っていられず、大雑把ではあるものの理解しようと務めることになります。

そこで分かってきたのは一言で心理学といっても、その内容は多岐に渡るということ。そして今回紹介する本のテーマである行動分析(学)はそのうちの1つになります。

では行動分析とは一体何なのでしょうか?

例によってウィキペディアさんから。

行動分析学とは、バラス・スキナーが新たに起こした心理学の一体系である。歴史的には、フロイトやユングらの精神分析学に対抗する形で発展してきた。 行動分析学とは人間または動物などの行動を分析する学問である。行動は、生物ができるすべての行動を対象とする。具体的には、環境を操作することで行動がどの程度変化したかを記述することによって、行動の「原理」や「法則」を導き出す。これにより、行動の「予測」と「制御」が可能になる。その成果は、人間や動物のさまざまな問題行動の解決に応用されている。

分かりやすくする為にところどころ省略しています。

まずそもそも論として、「精神分析」と「行動分析」って違うシロモノなんですね(汗)。素人的には精神と行動は密接な関係にあると思うので、ワザワザ分けて分析する必要を感じられないのですが、「対抗」する形で発展してきたというくらいですから、区別しないといけないのでしょう。

そして基本的には人間と動物を分けて考えないとのこと。

いいですねぇ。それ。確かに人間ならではの優位性や特異性も数多くあるのでしょうが、人間も所詮動物です。

人と動物を一緒くたにして分析するのは、人間が持つ動物性の賛歌や他の種族への共感や尊敬に繋がるので、私は好きです。

次に「環境を操作することによって行動の予測と制御を可能とする」とあります。

おお、これこれ。行動に変化を起こそうとする場合、意識の持ち方やマインドセットは大事なのですが、実際には環境を変えることが一番効果的なんですよね。

要するに「猫を追うより皿を引け」ってこと。自己啓発やビジネス系の書籍ではおなじみだったりします。

エニアグラムの重要概念であるダイナミクス、すなわちウィングと矢印は環境の変化に対応しようとする人の力です。だから置かれた環境によって人の行動が左右されるという行動分析の考え方はエニアグラムと馴染みやすいと感じました。

そして行動の制御とは、自分や他者に対して特定の行動をさせたりしないように仕向けること、すなわち行動の操作や誘導を意味します。

厳密には区別すべきかもしれませんが、一般的な表現を使うなら「環境の変化に重きを置いた心理操作、心理誘導」と言ってもいいでしょう。

実は前回の記事に少々関連するのですが、私は本人が真に変化を望んだり、状況的にそうしたほうが本人及び周囲の為になると判断できるなら、心理操作や誘導はすべきだと思っています。

それは愛が無ければできないことだからです。

marionette

人間関係の持続と周囲に迷惑をかけることについて

前回の記事において「心理操作だよそれは」と若干否定的なコメントしましたが、それは「相手を尊重しない誘導は長続きしない」ということを暗に言いたかったりします。(強い恋心は得てして一方的になりがちですが_汗)

最後に「さまざまな問題行動の解決にも応用されている」とあります。

実際に効果があるということですね。そりゃまた素晴らしいです。いくら理論が素晴らしくても、実際に役立たなければ意味がないというのが私の考えだからです。

こういうことを書くのは気恥ずかしいのですが、

  • 「餅は餅屋の生き方を目指す人」をサポートする
  • 「これまでの人生をなんとか逆転したいと現状に抗い再生を願う人」をサポートする

というのが私が自らに課した使命であり、エニアグラムを使った活動の真のテーマだったりします。

その場合、最終的には「本人の行動の変化」が必要なのですが、エニアグラムの知識は生き方の指針は示しても行動の変化の仕方までは教えてくれないんですよね。書籍の多くは「瞑想しろ」とか「自我を捨てろ」って書いてあるだけですし。

そんなワケで、行動の変化に特化したツールとエニアを組み合わせる必要性を長いこと感じてきました。

これまで戦略論やらチップ・ハース、ダン・ハース兄弟の著書などを参考にしてきたのですが、今回久しぶりに使えそうな行動変化ツールに巡り会えた、そんな気がしてなりません。

「メリットの法則」を読んだまとめ

というわけで無駄に(?)期待値を上げつつ、実際に読んでみました。

奥田健次氏著『メリットの法則――行動分析学・実践編』(集英社新書)

奥田健次氏著『メリットの法則――行動分析学・実践編』(集英社新書)

無理を承知で一文で要約するなら、

「行動には必ず損得勘定という動機が伴うから、その動機を活用して『当人が進んで行動したり止めざるを得ない環境』を強制的に作り出すことで、間接的に変化を促しましょう」

という本でした。

行動分析書籍としては初歩中の初歩という位置付けらしいのですが、心理学を知らない人でも分かるよう、本質を優しく丁寧に書いてある良書だと感じました。

以下、私自身の活動に関連する論点を4つだけ抜き出し、自分なりの解釈を加えてまとめてみます。

行動における4つの機能

そもそも行動とは次の4つの結果を求めて為されるものなんだそうです。

  1. 物や活動を得られる
  2. 注目が得られる
  3. 逃避・回避できる
  4. 感覚が得られる

注目すべきは「得られる」と「逃避」。

ざっくり言ってしまえば、これまでの記事で何度も出てきた

「快を得て不快を避ける」

という人間の二大欲求に忠実な考え方ですよね。

そしてエニアグラム的には、2.の「注目を得られる」が独立している点に興味を覚えました。

誰かの注目を得たいというのは、自己イメージにこだわる感情センター(タイプ234)の欲求を指していると考えられるからです。

そして3.の「逃避・回避できる」とは、内面に強い恐れを抱く思考センター(タイプ567)を彷彿とさせます。

「得られる=強い獲得欲求」ということであれば、ホーナイの3つ組の1つ、タイプ378の「獲得、主」グループがイメージできます。

いずれにせよ行動には獲得か回避という2つの欲求が必ず潜んでいるのは間違いないようです。

人は損得勘定によって行動の有無を決める

soroban

快の獲得とは「メリット=得を手に入れたい欲求」であり、不快の回避とは「デメリット=損失を回避したい欲求」と言い換えることができます。

行動は必ずこのどちらか(若しくは両方)の欲求を満たそうとして為されるのですから、言わば損得勘定だけで行動するかしないかが決められていることになります。

そしてこの考え方は、人間だけでなく動物においても同じことが言えるので、行動に伴う損得勘定は意識無意識を問わず為されていることになります。

極端なことを言えば、どれだけ高潔な理想を伴う道徳的な行動であっても、それは当人の損得勘定によって為される、ということになるんですね。

このあたりの考え方が、いわゆる人間が持つ動物性であり、行動分析のキモだと私は感じました。全く賛成です。

ただ実際のところ、そういう主張を受け入れられない人はかなり多いのでしょう。

本書中でも行動分析に対して「人間性を無視している」という批判が多いことを著者が嘆いています。

損得の成否を利用すれば行動を促したり止めさせることができる

candy

行動の変化とは「しなかったことをするようになる」か「やっていたことを止めるようになる」のどちらかを指します。

いずれにしても一回だけの変化ではなく、以後継続して続けられるようにならないと意味がありません。

変化を継続させるには学習が必要になるんですね。

そこで学習に使える考え方が次の4つになります。

  1. 行動のおかげでメリットが得られた=その行動を繰り返すようになる(強化)
  2. 行動したのにメリットが得られなかった=次第にその行動を止めるようになる(弱化)
  3. 行動のおかげでデメリットが避けられた=その行動を繰り返すようになる(強化)
  4. 行動したのにデメリットが避けられなかった=次第にその行動を止めるようになる(弱化)

この4つの状況を意図的に発生させれば、根性論や当人への強制に頼ることなく行動を変化させることが可能になる、とのことです。

具体的には、

  1. 行動を促す場合は行動の直後に
    1. これまで得られていなかったメリットが確実に得られるよう手配する
    2. これまでに受けていたデメリットを確実に排除するよう手配する
  2. 行動を止めさせたい場合は行動の直後に
    1. これまで得られていたメリットを確実に排除するよう手配する
    2. これまでに受けていなかったデメリットを確実に受けるよう手配する

こんな感じですね。

上記4つの状況を組み合わせればいわゆる「飴と鞭」による学習が可能になります。

でも著者によれば「鞭」に頼るといろいろ問題が発生しがちなので、できるだけ「飴のある・なし」による動機付けが好ましいとのことです。

以上が本書の主旨というか一番大事な論点になります。

行動の変化における4つの鍵

以下は細かい論点なのですが、実はここからがエニアグラムと絡む部分でもあるので、もう少し続けたいと思います。

実際のところ、本書で書かれているような行動の変化を引き起こせるかどうかは、次の4つにかかっています。

  1. どれだけ環境を手配し維持できるか
  2. 当人において一体何がメリットやデメリットと感じるのか
  3. 損得勘定はメリットとデメリットの合算で判断される
  4. 変化を起こし、変化を持続させる為にどれだけ繰り返せるか

以下簡単にまとめます。

どれだけ環境を手配し維持できるか

dennys

最初に書きましたが、本書のやり方を一言で言うなら、当人がそうせざるを得ない環境を強制的に作るということ。例えるなら「猫を追うより皿を引け」であり、物語としては「北風と太陽」がそれに近いです。

変化を起こすべき当人の自発性を尊重しており、ある意味良心的な手法だと思うのですが、環境を整えることについてはかなりの強制力が必要だと感じました。

実際本書には、不登校の子供に対する働きかけとして、「あえて他の兄弟と差をつける」という手法が紹介されています。

具体的には、学校に週1回でも行けば大好きなファミレスに週末連れて行ってもらえるが、一回も学校に行かなければ自分一人で留守番だけど他の兄弟は連れて行ってもらえる、という差のつけ方です。

これは「行動のおかげでメリットが得られた=行動しないとメリットが絶対得られない」という環境作りなのですが、多くの親御さんにとっては「心を鬼にする」覚悟、すなわち環境をつくりそれを維持しようとする強い意志が必要になります。

ようするに「一度決めたルールをちゃんと守らないと効果は出ないよ」ってことですわ。

エニア的には、親御さんの性格タイプによって「そんな不公平は絶対にあってはならない!」という反発心を抑えられない場合があると思います。

そんな場合、無理に続けると親御さんの方が参ってしまいますので、手配する側の価値観と上手く擦り合わせられるような環境づくりが必要でしょうね。

又、他者ではなく自分自身の行動を変えようとする際、ルールを強く維持するのが難しい場合があります。(私のことか_苦笑)

そんな場合は素直に他者の力添えをお願いするのも手だと思います。

当人において一体何がメリットやデメリットと感じるのか

glasses

結局のところ、何に対してどこまでメリットやデメリットを感じるのかは人それぞれです。

そして本書のやり方は当人に対し、あくまで自発的な行動の変化を促します。

だから変化を望む当人が心底メリットやデメリットに感じることをネタにしないと、動機付けが弱すぎて継続的な変化に繋がらないのです。

この点につき、著者は「当人をしっかり観察することの重要性」を説いており、別の言い方をすれば、それなりの観察眼が必要になるのです。

もうお分かりだと思いますが、ここでエニアグラムの知識は使えると思います。

そもそもエニアグラムにおける性格タイプとは、人の言動の動機を示しているからです。

ベタではありますが、例えばタイプ2であれば、人との絡みが無いと死んじゃうタイプなので、人と密接に絡むようなメリットを考えると行動の変化に繋がりやすいと思います。

逆にタイプ5であれば、どちらかと言えばそれはデメリットに繋がりやすいでしょう。

もちろん、エニアグラムの性格タイプを考慮しなくても、当人が何をメリット・デメリットとするか見つけることは可能です。

本書中の事例では、先ほどの「ファミレスでの食事」や「ひとかけのチョコ」という、ある意味単純なメリットによって行動が変化しているからです。

でも、そういったメリット・デメリットの奥に、例えば単純な食欲ではなく「家族や集団との良好なやりとり」などの真の欲求が隠されている場合があります。

エニアグラムはそういう真の欲求を知るのに最適なので、メリット・デメリットの足掛かりを見つける際に役立つと思います。

損得勘定はメリットとデメリットの合算で判断される

一つの行動をするにせよ止めるにせよ、それに伴うメリットやデメリットは複数発生するものです。

そしてそれぞれのメリットやデメリットの度合いも通常バラバラだったりします。

なので行動するかしないかという損得勘定は、メリットとデメリットを合算した値の比較によって為されます。

これは図で見たほうが早いですね。

meritdemerit

図のように行動しないことのメリットが上回っている場合は、行動することが難しいのです。

だから環境を整えているのに中々行動の変化が起こらない場合は、新たにメリットやデメリットの追加削除をする必要があります。

meritdemerit2

こんな感じですね。

変化を起こし、持続させる為にどれだけ繰り返せるか

dolphin

今回お伝えしてきた行動の変化を促す行為は、快や不快に対する気持ち(情動)を利用した無意識領域への学習だと言えます。

平たく言えば「つべこべ言わず体で覚えろ!」ってことになるのですが、この手の学習に必要なのは「習慣になるまで何度も繰り返す」ことです。

頭の中にその回路が出来上がるまでは、メリットやデメリットを実際に何度も体感する必要があります。

流石にここまでくると「イルカやアシカの調教?」という気もしますが、人生には藁をも掴みたいとか、変わらなければならない時って何度もやってきますからねぇ。

そういう時にこそ使うべき手法なのだと思います。

そして意図的にメリットやデメリットを受ける環境を整えても、世の中は常に変化しているので、こちらの意に反してメリットやデメリットが急に消えたり新たに出現したりします。

先ほどもお伝えしたとおり、損得勘定はメリットとデメリットの合算で判断される為、行動が習慣化するまでは調整を繰り返す必要があるのでしょう。

好きこそ物の上手なれ

最後にもう一点だけ。

著者は本書の結びで「ねばならない」ではなく「したいからやる」にフォーカスした方がいいと主張しています。

これはデメリットではなくメリットという飴を使えということですが、その方が「成長の伸びしろ」が大きいからなんだそうです。

言わば「好きこそ物の上手なれ」ですね。この点についても私は強く賛成します。

先ほど「餅は餅屋の生き方を目指す」と書きましたが、やっぱりその人が持つ特性を生かして使いきる、そんな人生の方が光り輝いて見えるからです。

mochi

「メリットを獲得したい」「デメリットを回避したい」というのは言い方を換えればすなわちエゴです。

強すぎるエゴは多くの問題をはらむのですが、それでも最終的に人が生きる拠り所になるのはエゴしかありません。

これまた前回の記事にも書きましたが、エゴの放棄はその人の良さも捨ててしまうのでオススメしません。

その意味で今回ご紹介した行動分析とは、エゴの受け入れを前提にした自己変革方法と言ってもよいでしょう。

今後の私の活動において大いに役に立ってくれそうです。


以上が「メリットの法則-行動分析学・実践編-」の備忘録的まとめになります。

本当はもう2つか3つ他の論点もお伝えしたいのですが、例によって長くなりすぎるので今回は採り上げません。

興味の有る方は是非読んでみてください。面白いよ。

奥田健次氏著『メリットの法則――行動分析学・実践編』(集英社新書)

奥田健次氏著『メリットの法則――行動分析学・実践編』(集英社新書) 

今後こんな感じで、エニアグラムとは直接絡まないのですが「行動の変化」という論点も取り扱っていきたいと思っています。

それではまた。

追伸

この本って2013.2.28現在、Amazon書籍総合ランキングで16位なんですねぇ。しかも入荷待ち状態になってるし。

たぶん土井氏の書評メルマガの効果だと思うのですが、もちろん書籍の素晴らしさがあってのことです。

いやはやすごいです。

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  1. エニアグラム初心者

    初めて書き込みます。
    素人目ですけど、篠田さんはタイプ5ではないですか?物の理解の仕方、ブログのデザインなどから、ご自身での診断を読むまでタイプ5に違いないと僕は確信していました。はっきり言って、僕からするとこのブログを読み進むとき感覚的にやりづらく、やきもきさせられます。とりあえず頭で整理をつけていきたいという感じが表れているよう、感じます。(これは、自分からすると合わないというただそれだけの話なので、傷つかないでください。ちなみに僕は自分を4w5だと思っています。)タイプ2としての特徴も、裏にタイプ5の動機があるからではないですか?献身的な愛だとしても、そのような「行動」なのではないか、と。
    まあ、初心者の通りすがりの意見でありますので、ある意味で僕のこの発言は信憑性に乏しいかもしれません。
    この発言を不快・失礼と感じましたら、申し訳ありません。

  2. エニアグラム初心者

    あと、篠田さんのタイプ4に関する考察は、間違ってるような・・・。「ブルースな独り芝居~」を読んだのですが、疎外感とは、自分が他人と違う世界を生きているような感じであって、他人と自分が同一線上にあるということではないでしょう。だから、ふと他人を見ると~うらやましい~というストーリーは、よく分かりません。タイプ4は、「自分が見えている」のでは、ないでしたっけ。彼らの嫉妬心とは、有能な者に張り合おうとするものではないですか?個人的には、他人と同一の尺度を持とうとは、考えません。それにおける優位性を、最初から信頼しようという感触を捕まえきれることがありません。喪失感→羨望感という流れは理解不能でした。自分の喪失感は、自分の喪失感でしょう。無意識のレベルで、喪失してるのだから、ほとんど最初っからなのだから、それが羨望感というものにはならないでしょう。よく人を理解できなければ、羨望には結びつきません。羨望は、行動的、現実的な考え方のような。それに、理解されないのは、普通でしょう。皆それにも気付かないくらい。
    ただこれは、自分をタイプ4だと思っていて、そこから考案を得ている人間の独立的な意見にすぎないので、信頼を確信することはできなそうです。
    正直、あなたの考察は、かなり変だと思いました。なぜ、「庇護」にこだわるのか、そこから話を進めるのか、分かりませんでした。まあ僕は、芸術的な感動を得ることの出来る相手と話すのは、大好きです。おざなりな言葉じゃなく、その人が感じられるような会話。「これが俺だ」と思えます。ポジティブで豊かな気持ちになります。そしてそういう年上の人には、愛嬌を振りまきます。認められるのが嬉しい。そして自分の考察が入っていない、意味のない会話をする人は嫌います。その点は当たってますが、まず自分ありきです。自分の独創性に頼り、これで世界を切り開いていきたい。自分が自分の言葉を使いたい。神秘的なものに対する憧れを、「親の代償」として捉えるのはちょっと不可解です。もしかして俺、間違ってるのかな?タイプ。
    と、ここまで書いて、篠田さんが指摘してるようなところもあるかな?と思いましたが、やっぱり別にそれが本質ではないでしょう。指摘しておられるような動機だけで、タイプ4の特質ができるというのは、あまりにもバランスが悪く感じます。じゃあ、「失う」というのがなんなのか、という話になりますが。自分の場合、この世界が全部嘘かもと思えます。嘘なのか?と疑う気持ちはあるとかじゃなく(その場合本当という前提がありますから)、ただどっちか分からないだけです。そういう根本的な確信を、皆がどう手に入れてるのか不思議です。これは、生まれたときからそうだったよーな。親の影響で、こうなるのかなあ。猜疑心を、もともと強く志向する人間なのかも。篠田さんの「親」の喪失感の考察もすっぱりとは行ってないし、これだ!というのはなかなか難しい。他人と関わりたいし、認められたいけど、「庇護」かー。自分はそれから目を逸らしているのかー?なんだかタイプ4の肯定的な面を、主張しておられる動機というか根源から、説明できないような。
    まあとにかく、いきなり長文、しかも否定的な意見、失礼しました。

    • エニアグラム初心者さんコメント有難うございます。

      >このブログを読み進むとき感覚的にやりづらく、やきもきさせられます。

      あはは。確かに。無駄に長いし回りくどさもあるので読みにくいかもしれません。

      私は大学に行っていないので論文というものを書いたことがなく、30後半になるまでは長い文章を書く機会もありませんでした。

      なので、読みにくさや論立ての弱さについてはご容赦いただきたく、又、書けば書くほど難しさを感じる今日このごろです。

      で、いろいろ感想を書いていただいてますが、気になった点についてのみ4つほどコメントしたいと思います。

      まず「篠田はタイプ5ではないか?」について。正直こう言われて悪い気はしないです。つか嬉しい(笑)。

      非言語的にモノゴトを伝えることができるなら、別に「頭で整理」する必要はないと思います。

      でもいくら「考えるんじゃない感じるんだ!感性だ!感覚だ!芸術だ!」と声高に叫んだところで、結局殆どの人には伝わっていないんですよね。

      ならばムリクリにでも、無いアタマを使い、

      「どうしたら分かりやすくなるだろうか?」

      「どうしたら伝わりやすくなるだろうか?」

      「意味不明な言葉を使っていないだろうか?」

      「この言葉は詳しく調べてお伝えしたほうがいいかな?」

      って悩みながら言葉を捻り出すしかないんです。もし本当に何かを伝えようとするならば。

      なので私の文章を読んでタイプ5だと思ってくれたなら、これまでの自分の努力が認められたと思うので、それはそれで有難いです。

      でも多分5じゃないんだよねー。なれるものならなりたいっすわ。

      直接お会いすればすぐに分かると思いますが、もし機会があればってことで。

      もしくは私と面識のある方から何かコメントいただけると有難いのですが・・・。

      次に「タイプ4は自分が見えている」について。

      この「見えている」というのが「注意や意識が向かいがち=フォーカスする」という意味であれば、確かにそうでしょう。

      でも「理解している」という意味であれば、大いに疑問です。つか、それってタイプに関係無いですよね。

      もし最初から自分をちゃんと理解しているなら、エニアのことを知る必要すらないし(爆)。

      次にタイプ4における「喪失」と「羨望」について。

      ここでいう喪失とは「大いなるモノとの繋がりが一方的に奪われること、遠ざかってしまうこと」を意味します。

      タイプ4を語る上で「神秘主義」は切っても切れないのですが、神秘主義とは要するに絶対的な存在との合一、すなわち唯一神や宇宙などに近づき一体化したいという欲求を意味します。

      その根底には「かつては絶対的な存在と一体化していた」という感覚があり、それが奪われてしまったからこそ一体化を強く望むんですね。

      性格タイプに関係なく、人は手に入れたモノの価値より失ったモノに価値を置きがちなので。(確かそういう心理実験があったハズ)すなわち喪失は渇望を生むのです。

      アダムとイブの失楽園がまさしくそうですし、激しい郷愁(ホームシック)と言ってもいいかもしれません。

      で、大いなるモノとの合一を強く渇望すればするほど、他者が大いなるモノに近づくことが羨ましくなってくる。それが羨望の意味するところです。「喪失・渇望・羨望」という順番ですね。

      そして合一の為には、タイプ4は自分が大いなるモノに選ばれし存在にならなければならない。その選ばれる基準というのが「特別であること・違うこと」になるのです。

      このあたりの流れについては、もっと分かりやすくまとめる必要があると感じますので、いずれどこかでシェアしたいと思います。

      最後、「親の庇護」について。

      これは直前に述べたことが生み出す結果を意味します。ようするにタイプ4の言動は結果的に理解者や支援者すなわちパトロンを呼び寄せるのです。

      性格が2歳から6歳までに形成されるという説を私は採りますが、それが正しければ原体験としてのパトロンは親、若しくは親代わりをした人ですよね。

      ならばそれは親の庇護を受ける為に「特別・違い」が必要、という論法になるハズなんです。

      もちろん、成長するにつれて、そのパトロンはどんどん違う人に変わっていきますし、大いなるモノと「親・パトロン」は結びつかないことの方が多いでしょう。

      でも成功している芸術家(神秘家も?)にはパトロンというかご贔屓さんが傍にいるのが常であり、タイプ4が真に芸術家タイプであるというなら、何らかの「庇護」を何処かで受けているハズです。

      ものすごーく嫌な言い方をすれば、神との合一もその一手段に過ぎないとも。

      取り急ぎ思いついたのはこんなところです。

      できればタイプ4考察の記事の方にコメントして欲しかったです(苦笑)。

  3. エニアグラム初心者

    なんか俺、すっごく失礼なこと言ってますね。勝手に決め付けて。不愉快にさせてたら、申し訳ありません。あと、今思い出したけど生まれたばっかりのとき祖父祖母の家に預けられてたような・・・。あはははは。
    長文返して頂いて、ありがとうございます。
    自分自身のタイプについてですが、自分でそのタイプと納得し、そこから何か得れれば、間違いないわけですよね。それを人に対して分かったようなことを言ってしまってすいません。(勝手に5w6、6重しだと思ってました。)
    しかし、僕は自分をタイプ4だと認識し、発見や安心を得ていたのに、篠田さんの考察を読んで戸惑ってしまいました。それは、「嫉妬」というものによります・・・。僕は自分の無能さを責めてしまうような・・・。責めるというか、自己否定ですね。何もできないように、思ってしまいます。でもそれは嫉妬を隠すためのもののような・・・?
    もう分からないです。また考えてからコメントしても、よろしいですか?
    どうもありがとうございました。

    • エニアグラム初心者さま

      そうお気になさらず。タイプ5に見られると嬉しいのは事実ですし、今の私にとって必要な特性でもあるので。

      あなたがおっしゃるように、自分でそのタイプと納得し、アレコレ考え行動することで、大事な何かが見つかればそれでいいのだと思います。

      基本タイプとは強弱の問題でしかないし、タイプを区別することより大事なことはいくらでもあるからです。

      ただ、本当に自分のやりたいことは何か?自分が真に喜べることは何か?何が本当に嫌なのか?などを知りたいなら、やはり正確にタイプを判定する必要があるでしょう。

      そういう自分が抱えている真の欲求が分かれば、この記事に書いてあることに結びつけ、自分の行動や人生を変えられるからです。

      又、他者に対しても、その人がマズイ状態に進んでいると感じたなら、お仕着せだろうがお節介だろうが「あなたのタイプはこれだよ」と言ってあげることも必要です。(反抗を受けて辛いけど)

      その方の真剣度や緊急度によってタイプ分けの重要性も変わるのだと思っています。

      いずれにせよ私自身考え方が結構変わってきているので、タイプ考察を早く見直したいと思っています。

      また、コメントくださいな。

  4. エニアグラム初心者の名前で投稿した者です。
    この件の「嫉妬」は jealousy じゃなくて envy ですね。「恨み」のような意味なのかなと思います。jealousyの「嫉妬」をよく耳にするので、そこが勘違いだったのかと思います。

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