リバースエニアグラム

短所を直すことの意味

短所を直すことの意味

破壊者の母、篠田工治です。

つい先日「とある読者さん」からご質問のメールをいただきました。

エニアグラムを学ぶ上で、とても大事な論点が含まれたご質問だったので、皆さんにもシェアしたいと思います。(ご本人からは快くシェアのご了承をいただきました。有難うございます)

とある読者さんからのご質問

件名:タイプ7の苦難に向き合う方法の質問について

メッセージ本文:

突然のメールをすみません。エニアグラムの考察をいつも楽しく拝見させていただいてます。

本日は、タイプ7の苦難に向き合う方法について質問が湧いてメールをさせていただきました!

私は、おそらくタイプ7だと思います。

今まで1つのところに留まることなく、あちこち飛び回っていました。全部いいところだけとってきたような気がします。

人からもよく天真爛漫だといわれ、私自身もどうして人が落ち込むのかよくわかってなかったような所があります。

最近あることがあって、自分が責任感や計画性がないということに気づきました。

私はいろんなアイディアをあれやこれやと言い出すくせに、面倒くさい計画は全部人に押し付けてきたことを知り、大変反省しました。

それからこの欠点を直すため、物事を慎重に、責任感をもつようにと心がけやってきました。

しかし、その結果、今まで恐くなかった”失敗”ばかり気になるようになり、行動が制限されるようになりました。持ち前のアイディア力も半減したように思います。

タイプ7の苦難から逃げる性質はもう重々承知しています。

苦難にも逃げずに向きあおう!と思ったものの、今まで味わってこなかった自分の苦しいという感情に浸って、なかなか妄想の花畑から抜けだせません。

自分にも自信がなくなり、閉じこもるのが大好きなまるでタイプ4のような生活になってしまっています。

気分的に落ち込んでしまったタイプ7が、苦難に向き合い、苦しいという感情に客観的になるにはどうしたらいいでしょうか?

どのエニアグラムの本もタイプ7は快活前提で、タイプ7の落ち込んでしまった時の対処法が書いてないのが残念です。

このブログを立ち上げておられる管理者様なら、わかりやすく指導してくださるのでは?と考え、今回、メールさせていただきました。

返事はいつになっても構いませんので、ご回答いただけるなら幸いです。よろしくお願い致します。

篠田の回答

coin

リバースエニアの篠田です。ブログをご覧頂き有難うございます。

早速、本題ですが、正直に言えばあなたのタイプが分からない以上、タイプを元にしたアドバイスをすることはできません。

なので、どんなタイプにも言えることを少しだけお伝えしたいと思います。

・・・

結論から言えば、まずは思いっきり我欲を満たしてください。もちろん人の迷惑を省みずに、です。

そして「ああ、自分はこの瞬間の為に生きているのだな」と実感してください。あなたのタイプが7であるのなら、7が喜ぶようなことを沢山やってみる。

恐らくどのタイプであれ、良くない状況から抜け出すにはこれしか無いハズです。

今後の矢印考察で触れることですが、目指すべきは「矢印逆方向の統合のタイプ」ではなく、「自分本来のタイプ特性を取り戻す」です。別の言い方をすれば「餅は餅屋の生き方を目指す」です。

確かに自分の短所を知ることは大事ですが、何事も表裏一体で「短所=長所」です。だから短所をなくそうと努力することは、自分の長所を削いでしまうことと同じなのです。

真の調和とは、個々の人間がそれぞれ完璧を目指す(全タイプを身に付ける)のではなく、それぞれが自分の才能や特性を活かして助け合うことにあると私は信じています。

私たちは完璧でないからこそ支え合えるし、成長の余地があるとも。だから自分の「短所=長所」を無くしたり、我慢したりしたらイカンのです。

もし「短所」が気になるなら、タマに「自分にはこういう短所が有るんだなぁ」とだけ意識すればOK。そうすれば、無意識って奴が働いて、いい塩梅でなんとかしてくれますから。

・・・

以上がご質問に対する回答になります。いろいろ考えてみてください。何か思うことがあれば、遠慮せずメールしてくださいね。

あと可能であれば、今回のやり取りは結構大事なことなので、他の読者さんにシェアしたいのですがよろしいでしょうか?もちろん個人情報は出しません。

ご検討いただけると幸いです。

それではまた。

読者さんからのご返信

件名:早速のご回答、ありがとうございました。

メッセージ本文:

早速のご回答、ありがとうございます。

おっしゃる通りだと思いました・・・。

確かに「弱点」を直そうとこだわりすぎると、今度は長所が活かされなくなりますね。自分の長所と短所をなんとなく知っておくのがベストなんですね!

気持ちが楽になりました。ありがとうございます。

タイプ7は、初めての苦難に対してびっくりするくらい弱いですね。本当に豆腐メンタルでした。(笑)

今まで苦難に対して「華麗な逃げ足」で逃げて来ました・・・。こんな私の場合、苦難から回避せずに、向き合うことが自分を強くする鍵だとわかりました。

今後もエニアグラムを活用して自己分析していきたいと思います。ブログも今後も読ませてください!

また、質問させていただくこともあるかもしれませんが、その際はよろしくお願い致します。

後、シェアの件ですが、他の読者の方にも是非シェアしてください!かつての私と同じように勘違いしている方も多いと思います。

こんな私の意見が役に立つのか大変恐縮ですが、役立つようであれば今後もどんどん使ってください!

最後になりますが、長文のご回答をしていただいてありがとうございました。m(--)m またこれからも、よろしくお願い致します。

それでは失礼致します。

篠田の所感

うーん。確かにタイプ7さんを見ていると、真剣に苦難と向きあうのは辛そうというか、見ていてこちらが辛くなりますねー。

私も昔タイプ7の親友がそういう状態に陥って、ここぞとばかりに力になろうとして善意の押し売りをした記憶があります(苦笑)。

他のタイプと比べるとそういう機会は少ないのでしょうが、ある意味「通過儀礼」みたいなモノなので、どのタイプ7さんであっても1度くらいは必要なんだろうなと思っています。

でも、上記回答でも書きましたが、そういう状況が続くのはイカンのです。アイデアマンがアイデアを出せない状況が良い状態なワケないです。

「飛べない豚は・・・」って奴ですわ(笑)。(映画見たことないから使い方間違ってたらゴメン)

いつも思うのだけど、やはり人それぞれ得手不得手があるのだから、得手を伸ばすべきなの。

人が生きていくには何か「軸」が必要で、得手が有るってのはその「軸」を強く太くしてくれるから。

先天か後天かはさておき、備わった特性を使わないのは本人の為に良くないばかりか、社会(お天道様?)に対して失礼なことですよ。

持っている物を余さず使い、それが自ずと持たざる者の為なる。それが真の調和だと思うから。

「自分が出来ない部分は誰かがちゃんとケツを持ってくれる」そう思えばこそ、安心して自分の役回りに没頭できるのだし、それでこの世は回るのだとも。

短所も「なんとかする」のではなく「ただ知ればいい」です。

私はエニアグラムのダイナミクスは人に備わった「自己調律機能」と解釈していますが、「知れば無意識がナントカしてくれる」というのも同様に人に備わった機能だと信じています。

時にはこんな楽観さも必要ですよん。


今回はここまで。それではまた。

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  1. 角刈り王子

    僕はいつも、人見知りな短所を直したいと思ってます。

    どうしてこんな短所が存在するんでしょうね?
    僕は本当にいつもいつも、この人見知りな短所のせいで損をしてきました。

    人見知りしやすいタイプというのはあるのでしょうか?

    僕は、タイプ4や6の人は人見知りしやすそうだと考えています。

    タイプ2の人は全然人見知りしなさそうなので、羨ましいですね(笑)

    • まず、人見知りしやすいタイプと聞かれて思い浮かぶのは、タイプ4,5,6あたりでしょうか。
      ただ、どのタイプも状況次第でしたりしなかったりはすると思います。
      人見知りすることのマイナス面が気になっているようですが、この日本で角を立てずに生きていく場合はとても重要な特性ではないでしょうか。
      オープンに人に接するのは、ある意味恐れを知らないというか怖いもの知らずだからこそできる芸当です。
      でもそういう人は周囲から好かれると同時に叩かれやすいのが現実。
      傷つきやすさとの同居だったりするんですよ、オープンというのは(苦笑)。
      だから人見知りを短所と解釈して直す場合は「バッシング上等!」的な図太さが必要になるワケでして、それがあなたにとって可能なことなのか、本当に必要なことなのかを考えた方がいいかも知れません。
      隣の芝生はいつも青いのですから。

  2. 人見知りは内向的な人に多いですが、
    外向的な人は、人に逢うほうが気分転換になる人が多く、
    反対に、内向タイプは外的刺激に弱いので(人疲れしやすい)
    一人であれこれ考えている方が気が休まる傾向です。
    それも人見知りの原因でしょうね。

    性格そのものは変わりませんが、
    表面的な印象を変えることはできます。
    合宿形式の特訓などでは、
    大声で「生まれ変わるぞ!」「やれば出来る!」
    なんて叫びます。声が小さいと、
    「ガッツがない!」「やる気がない!」「情熱だぁあ」
    なんて内面を問題にします。
    参加者がやけになって、最後に大声を出したら、
    「乗り越えたな」「やれば出来るじゃないか」
    「生まれ変わったな」とかいって祝福したり。
    そして、今まで小さな声で話していた人が
    明らかに大きな声で話すようになります。
    でも、これは「自分の声の最大値を変えた」のであって、
    それは技術の問題で、内面の問題ではないそうです。

    役者の指導者が、
    一般の見知りな人をコーチするときは、
    「恥ずかしさを捨てよう」みたいな精神論は
    一切抜きで、技術的に声の最大値を変えます。
    それでも、声が大きくなるだけで、
    周囲の人からは積極的で自信ありげな性格に見えたりします。
    >声がやたらと大きい人が消極的だとは思えません。
    http://commu-labo.info/2011/01/1267.html
    それに、大きな声を出すことは気持ちがいいので、
    心もほぐれ、気持ちも明るくなってきて、
    性格も自然に変わっていくことがあります。
    (といっても、外向型に変わる訳ではありません)
    ですから、人前で大きな声を出すような趣味
    (例えば、朗読・語りなど)がいいかも知れませんね。

    • 物凄く嫌な言い方なんですが、
      騙されてくれる人や鈍い人が多ければ
      大きな声を出すことだけで、なんとかやり過ごせるかもしれません。
      でも「無理してる」感とか「ホントは向き合っていない」感って伝わる人には伝わるので、
      そのあたり良し悪しというか、相手を見てやった方がいい気はします。
      いずれにせよ「人見知りや内向的なのはよくない」というのは他人の価値観なワケですから、
      鵜呑みにするのは良くないことかと。

      • >「人見知りや内向的なのはよくない」というのは他人の価値観なワケ
        >ワケですから、鵜呑みにするのは良くないことかと。

        これはもちろんそうです。
        性格に善悪なんてあるわけないです。

        それでも外向性格の方が良しとする
        流れは米国ほどではなくても日本にもあり、
        改善したいと願っている人はいたりします。

        ですが、近年では、
        内向型は脳のタイプが外向型と
        かなり違っているというデータが複数出てきていますから、
        根本的な性格を変えることは難しいと思っています。
        それに、個人的には、外向型よりも
        内向型の方がずっと優れた性格なんだから
        変える(性能を低下させる)必要なんてないと思っています。
        客観的な事実ではなくて純然たる主観ですけど^^;

        ですが、、
        内向型という性格そのものは変わらなくても、
        その人の苦手な状況(例えば対人的な状況)
        に慣れることで、その状況が以前よりは苦にならなく
        なるという心理技法はあります。

        心理療法には大きく分けて二つの考え方があります。
        ・内面を変えることで問題を解決しよう⇒分析療法
        ・内面はそのままで、表面上の行動を変えよう⇒行動療法
        内面はそのままで、声(態度・行動)を変えるという技法は、
        行動療法(行動⇒精神)と同じです。
        行動療法(外面からのアプローチ)は、
        分析療法(精神⇒行動)側から、
        篠田さんの意見と似たような批判があったりします。
        でも、これはこれで効果はあるんです。

        >声の最大値を変えます。
        これは無理して声を大きくしているという状況ではなくて、
        本人はごく自然に話しているつもりでも、
        声が以前よりも大きくなっているという状態です。

        内向的な人は声が小さめなことも少なくありません。
        そんな人がリーダーになった場合、
        どんなに良い提案をしても、声が小さいというだけで、
        受け入れらなかったり、集団をまとめられなかったりで、
        苦労することがあります。
        その場合、外的な状況(声⇒態度)を変えることで、
        精神的な問題がかなりの程度改善されもします。
        行動療法と考え方は同じなので、
        (心理療法で、これと同じ発想の治療が行われているのを知っています。
        ⇒「恥ずかしさを捨てよう」みたいな精神論は
        一切抜きで、技術的に声の最大値を変えます」)
        これに効果があるのはわかるのです。

        >「無理してる」感とか
        >「ホントは向き合っていない」感って伝わる人には伝わるので、
        そうですね。
        感情は双方に伝わりますから、
        「無理してる」「ホントは向き合っていない」
        と相手から思われていることも、
        しっかりその相手に伝わっていたりします。
        ですから、あまり無理はしないで、
        自然体で生きるのが自然なのかもしれませんね^^

  3. エニアタイプ7さんなど、
    外向型は外的刺激(冒険・集団・社交)を好む人が多く、
    一方タイプ5さんをはじめ、内向型は刺激を苦手とする傾向。
    >外向的な人と内向的な人は脳の働きが違う:米大学実験
    >内向的な人の脳は過度な刺激を苦痛に感じている。
    ttp://irorio.jp/sousuke/20130617/64145/

    外向型の思考は回転が速く結論も早い(即断即決系)
    内向型は慎重熟慮型で結論も遅め。
    外向型は外的な刺激を好む。
    内向型の神経(脳)は音や騒音、人間関係など外的刺激に対して
    疲労しやすく、読書や思索・空想など内的な刺激を好む。
    外向型は直接対人的なインフルエンサー
    内向型は文書駆使型のインフルエンサー(ネット向きとも)
    外向型は、いったん目的に向かって突き進めたら、
    危険を軽視したり見逃す傾向があり、
    (報酬や成功、楽しさなど快の要素に目がくらみやすい)
    反対に内向型は、異変や危険に非常に敏感なタイプ。
    (損害や失敗、恐怖など不快な要因に強く反応する。
    ⇒タイプ6さんなどはその典型かも)
    この両者は、アクセルとブレーキの関係ともいえます。

  4. 以前こめんとしたことある者

    元々グルジェフ氏は宇宙に司られたシンボルとしてのエニアグラムの上に立つ、物の見方であり自己想起としてのエニアグラムというのが本来の意義だったのだと思います。(グルジェフ氏の論については詳しくないのでネット上でつまみ読みした感想です。ですから、以上解釈は意訳のようなものになってるかもしれませんし、間違ってるかもしれません。そうでしたら失礼致します)
    多くのエニアグラム書物では自分はタイプ○なのだから統合タイプのようにならなければならない」とありますが本式のエニアグラムはタイプ○はいい状態のときタイプ○、悪い状態のときタイプ○になるとしか言っていないと思います。ですから、ある意味、人為のみによっては、事は改善できやしないということにも思えます。少なくともタイプ○の統合の状態になれば全てうまく行くというのは読み違えているのではないかと。よって、この際における篠田氏の見解は正しいと思いますし、同意します。

    • グルジェフ、イチャーゾ両氏のエニアグラム解釈については、本とかネットを見ても正直良く分かりません(汗)。
      精神修養とか神秘、宗教に通じている人にしか理解できないものなのだと開き直っていたりもします。
      ただ、そういうことに触れなくとも性格類型として本来の目的である「自分の軸を知って活用する」は十分に達することができるのですから、別に問題ありません。
      あと、矢印と統合に関するあなたの疑問はもっともだと思います。
      何らかの状態をキッカケとして矢印方向へ自動的に進むのですから、そこは自分の意識でどうこうできる部分じゃないんですね。
      だからこそ既存のエニア会派は自我とか欲を捨てろって結論になるしかないんです。
      でも進んだ先が統合(単純に良い状態)か分裂(単純に悪い状態)であるかは、それを見る人の立場や状況次第で180度違ってくるものです。
      一見良さそうに思えても実質的には悪かったり、その逆もよくあることです。
      その意味で従来の矢印、統合分裂の考え方は安直というか偏った物の見方だと言ってもいいでしょう。

      • 以前こめんとしたことある者

        >元々グルジェフ氏は宇宙に司られたシンボルとしてのエニアグラムの上に立つ、物の見方であり自己想起としてのエニアグラムというのが本来の意義だったのだと思います。
        上記解釈、僕自身の解釈と混ざっていた気がします。おおよそは間違ってないかと思いますけど、自分のものと混ぜて違う形のものにして提示してしまうのは大きな失敗です。反省ですm(_ _)m
        具体的には、「宇宙に司られたシンボルとしてのエニアグラム」というのが自分の解釈くさいです。混乱させてしまっていたら誠に申し訳ありません。

        • いや、その解釈は合っていると思いますよ。
          グルジェフ氏のエニア概念を解説している前田樹子氏の「エニアグラム進化論」の要点は「エニア=宇宙・生命・進化」ですから。
          神秘的なことは私は全く分かりませんが、この「進化」については物凄く納得できるのです。

      • 以前こめんとしたことある者

        >既存のエニア会派は自我とか欲を捨てろって結論になるしかないんです。

        性格の根幹であるエゴ=悪い、だから捨てろっていうことだと思うのですが、根幹なのだから捨てることは無理な筈なんですよね。自分は会派の主張については無知なのですがキリスト教系のところがそういう錯誤に嵌まっているような印象があります。

        >進んだ先が統合(単純に良い状態)か分裂(単純に悪い状態)であるかは、それを見る人の立場や状況次第で180度違ってくるもの

        そういう主観を超える客観性を、エニアグラムは持ってるんじゃないかとエニアグラムを正しいと捉える以上は自分は思います。
        自分はいい状態→タイプ○、悪い状態→タイプ○という因果関係があるだけで、タイプ自体を変えようとしてもいい方向に行かないし、そもそも提唱者からしてのエニアグラムはただ悪い状態に陥っている自分を客観視する(固有のクセに嵌まってしまっている自分を認識し解放する)ためにあるのだから自分をよい方向にしたいならエニアグラムも一つの道具としての使い道しかない、「タイプを統合タイプに持っていけばいいのだ。」というだけでは現実と自分の相関関係を無視した単なる机上の空論でしかないという意味で、統合すればオールOKという論は説得力がないと指摘しました。ですので分裂・統合という概念自体は、否定しておりません。この点において自分と篠田様の立場が異なっているのだなと思いました。しかし僕の認識はもちろん誤りを含むかも知れません。日本語が当方少し不自由ですがご理解頂けることを願います。

        • そうですね。結局私は「自我、エゴ、欲こそが生きる原動力であり、進化や成長のキッカケもそこにしかない」という考えです。
          そして生きるのに必要だからダイナミクスという機能があるのに、その機能の一部分を見て善悪の解釈を付することが、とても傲慢で正直馬鹿馬鹿しいと思ってるんです。
          そして「固有の癖も必要だから持っているし変えられない。どうせ解放できないんだったらいっそのこと活用しようぜ!」ってのが私の一番言いたいことです。
          まぁ、エニア界には殆ど見られない異端な主張ですね(苦笑)。
          でも「いい意味」であなたの発想も結構異端ですよ。

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