リバースエニアグラム

一番嫌われ者のエニアグラムタイプ

一番嫌われ者のエニアグラムタイプ

破壊者の母、篠田工治です。

夏という季節は地域や子供の行事・催事などが何かと多いもの。

人から頼まれると断りにくい人にとっては何かと抱え込んでしまって難儀な季節ですが、秋になってようやくそれも落ち着いてきました。

例によってタイプ5考察が遅れまくっているのですが、1つ気になったことがあるので今回はそれを書こうと思います。

嫌われ者は救われない?

web_analystic

Webサイトやブログを運営していると「読者さんがどのようなキーワードを検索して自分のサイトに辿り着くのか?」がとても気になります。

そんな時はいわゆるアクセス解析ツールなるものを使ってキーワードを調べるワケです。

そうやって当サイトを調べていると、検索数としては多くないものの、次のようなキーワードが定期的に見受けられることに気付きました。

  • エニアグラム 一番性格が悪いタイプ
  • エニアグラム 一番嫌われ者のタイプ

そういうキーワードから当サイトに辿り着いたとしても目当ての情報が見つかると思えないのですが・・・まぁ、ホンネの部分ではそういうことを考えてしまうのが人のサガって奴かもしれません。

実際の所、エニアグラム関連で人とお話をすると、決まって「○○タイプが好きだ、嫌いだ」という話しが出てきます。

人は感情の生き物でもあり、感情とはザックリ言えば「好きか嫌いか」ですから、そういう話になるのは仕方ないというか、その方がむしろ自然とも。

ただ、この点に少し興味が湧いたので、ネットで少し探してみたところ次のようなページを見つけました。

気質は遺伝子で決まっていて、変えられないものだけど、すべて淘汰された結果のも... - Yahoo!知恵袋気質は遺伝子で決まっていて、変えられないものだけど、すべて淘汰された結果のも... - Yahoo!知恵袋

Yahoo!知恵袋とは有名なQ&Aサイトでして、以下はエニアグラムに関する質問の1つです。

【質問者】
気質は遺伝子で決まっていて、変えられないものだけど、すべて淘汰された結果のもので全体としてみたら必要なものだ、とは言うけれど、例えばエニアグラムのタイプ8のような人物が多くの人から嫌われるように自分も嫌われ者気質に生まれてしまったらどんな頑張っても救われないじゃないか

遺伝子云々はともかくとして。

「気質=性格タイプ=変えられない=(人類)全体として各タイプは全て必要な存在」という考え方・価値観がありまして、私は全くそのとおりだと思います。

でもこの質問者さんは、タイプ8は一番嫌われ者のタイプであり、どうやっても救われないと認識したうえで、その考え方に異を唱えようとしています。

ただ言葉足らずというか、この方の本意がハッキリしないので想像するしかないのですが、

  • 「タイプ8は物凄く可哀想だ」
  • 「タイプ8は不要な型なのでは?」
  • 「私は絶対にタイプ8になりたくない」

まぁ、こんなところでしょう。

いずれにせよ「なんだかなぁ」という質問内容ですが、先ほどの検索キーワードが定期的に見られることと併せて考えるなら、

9つの性格タイプには一般的に一番嫌われる(嫌われやすい)タイプが存在する

と考える人は少なくないと言えます。

所詮は文脈と主観の問題

sungrass

では、一般的に一番嫌われるタイプが存在するのかといえば、もちろんそんなものはありません。

なぜなら、各性格タイプの特性が好かれるか嫌われるかは、所詮その人が置かれた文脈次第でどちらにも転ぶものだからです。

例えばタイプ8さんが「触らぬ神に祟り無し」とか「寝た子を起こすな」という文脈に置かれていれば、周囲の目からは嫌われ者のタイプに映るかもしれません。

でも雌雄を決したり、統率力が必要とされたり、近しい人を守るべき文脈においては、タイプ8ほど好まれ、頼れるタイプもありません。

その人自身の言動が何も変わらなくても、活動の場所を変えるだけで評価が正反対になったりするんです。

とある部署で活躍し好かれていた人が、部署が変わったとたんに問題ばかり起こして嫌われてしまうなんてのはよくある話です。

そして好きか嫌いかについても、所詮は主観的な物の見方でしかなく、同じ物を見てもどう感じるかは人それぞれです。

例えば、週刊誌などで好きな芸能人としてランキングされる人が、嫌いな芸能人としてもランキングされることってありますよね。それと同じコトです。

だから「その人にとって一番嫌いなタイプ」はあっても「一般的に一番嫌われるタイプ」は存在するはずがないんです。

所詮は文脈と主観の問題なのだから。

エニアグラムの各性格タイプは図で言えば、円周上に等間隔で配置されています。

bunkatsu

この状態は要するに平等な円卓会議ですから、どのタイプが一番嫌われるとかタイプ間に優劣があると考えるのは、そもそも無理があるんです。

伝えたいこと

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で、こういう話の流れになると「全てのタイプを受け入れよう、とにかく好きになろう」という言葉で普通は結ぶのでしょうが、そこは私の本意ではありません。

別に誰もが聖人君子になれるワケでも、なる必要もないからです。だからこそ冒頭で好き嫌いという感情自体はちゃんと肯定してるワケでして(笑)。

なにより私自身、とても好き嫌いがハッキリした人間ですしね(苦笑)。

私が言いたいのは、性格タイプの好き嫌いは一般論ではなく、あくまで「自分が好きか・嫌いか」だけで語って欲しいということ。

そして特定の性格タイプを嫌うのは構わないけど、可能ならば、どのタイプにも絶対に活躍できる文脈があることを覚えておいて欲しいのです。

性格タイプとは「9つの文脈における最適な振る舞い方=世間に必要とされる役回り」です。

結局とあるタイプが嫌いというのは、そのタイプが得意とする役回りが自分にとっては苦手で、避けたいってことなんですわ。

だからとあるタイプだけを「救われない」などと必要以上に貶めると、自分がその役回りになった時、そのタイプに助けを頼みにくくなるんですよね(苦笑)。

逆にゲンキンというか、いけしゃあしゃあと助けを求めても、そういうのって伝わるから、肝心な時には助けてくれないとかね(汗)。

でもそれってやっぱり勿体無いというか、損なことだと思うんです。なんだかんだ言っても餅は餅屋なので。

「あの人、あのタイプは嫌いなんだけど、その力は物凄く認めている」

実はこれくらいがちょうどいい塩梅なんです(笑)。

今回はここまで。それではまた。

追伸

最近ネットで

お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな

という言い回しをよく見かけます。

なかなか面白い表現ですが、流石に上から目線というか、キツすぎる表現なので本文中では使えませんでした(苦笑)。

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コメント&トラックバック

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  1. 人の好き嫌いと食べ物の好き嫌いは似ていますね。
    誰かが大好きな食べ物でも他の人は大嫌いだし、
    愛煙家と嫌煙者の関係も同じです。

    ジャニーズ系好きと演歌系好きと、
    ロック好きとクラシック好きとポップス好きと、
    みんな違ってみんなダメ!
    でもでも、みんないい!でも悪くはない。
    涙の数だけ、、ではなくて、
    人の数だけ、正解はあるみたいな。

    気持ちはわからなくもないけど、
    でも、性格も味覚も趣味も人それぞれですよね?⇒
    「なんでウチが星2つなんだよ!普段何食ってんの?」
    ttp://rocketnews24.com/2011/09/07/128360/
    石斎「信長は所詮、味の分からぬ田舎者」
    「いかに京洛随一の料理人でも、信長の役に立たねば無能。
    …翌朝、味を変えた。それでこそ石斎はおれのもとで働きうる」
    ttp://ameblo.jp/yorosikurairai/entry-10919420627.html
    「クレーム客をファンに変えた旅館」
    ttp://www.liaison-q.com/kurino/claim1.html

  2. 本文にも書いたとおり、好き嫌いは有って当然なので、それを恥じたりする必要は無いんです。人それぞれなので。
    ただ、その好き嫌いを一般化することに異を唱えたいんです。特に性格分類ツールにおいては。
    どのタイプも役割があり、どの役割であっても人という種族全体からすればそれは必要不可欠なワケです。
    だからあんまり「あのタイプは嫌だ、あのタイプは嫌いだ」なんて堂々と言っていると、その必要不可欠さを理解できない、「視野が狭い奴・しょーもない奴」呼ばわりされてしまいますよというお節介だったりします。記事本文は。

  3. 銀河の雫☆彡

    もちろんそうです。
    人の数だけ好みが違うのですから、
    一般化したくても無理というものでしょう。
    でも、残念ながら、、短期的には、
    時代(戦国時代など)背景とか、地域とか風土、家風などの影響で、
    特定のタイプが好まれ、別の特定のタイプが疎まれる
    というようなことは起こり得るかもしれませんね。
    しかしながら、長いスパンで見ると、
    特定のタイプに好悪の感情が偏るとは思えません。

  4. 私はタイプ8の女性なんですが、ここに書いてあることは全くもってその通りだと思いました。
    結局は好き嫌いはその人の主観なんですよね。
    それを皆に嫌われるタイプはタイプ8だという人も、それはその人の主観でしかないと気付いてほしいと思っていました。
    最近このケースに近いことが身近であり、とても共感したので、コメントを残させて頂きます。

  5. 20年ほど前にTVでエニアグラムが紹介されたときに本を買いました。
    そのときの自己チェックでは3=8>2 という具合で、
    どれも自分では納得がいきませんでしたが、当時の時点で自分の育ってきた生い立ちや
    「どんな思い」で子供時代をすごしてきたかを考えると、
    自分は8なのではないかと腑に落ちた記憶があります。
    その時期にタイプ8にへのアドバイスなどを心の片隅に置きながら、
    自分の他者へのかかわり方や、ついつい威圧的になってしまう態度をコントロールして
    20年がたち、今改めて自己診断をすると、1~9まで、
    どれも自分に当てはまってしまうような錯覚を味わいます。
    それは年齢を重ねるごとに増えていくといった具合で、
    そのときの精神状態で、カメレオンのようにどれでも自分だと思い込めてしまいます。
    そこで最近再び思うのは、エニアグラムという心理世界も全てを把握して
    支配しようとしているのではないかと。
    まさに、全てのタイプの良い所も悪い所も網羅して、
    いざというときの備えにしたいというか、
    誰かと対峙するときにいち早く弱点を見つける手段にしようとしているのではないかと
    自分でも怖くなります。

    • 支配欲や威圧、弱点の発見力は特性であって、悪でも恐れるものでもありません。
      そしてコントロールすべきものなのか?できるものなのか?という疑問も感じます。
      本来、タイプ8の弱点発見力は直感的本能的に働くので、本来ならエニアグラムとか面倒臭い知識なんて要らないと思うんです。
      それを必要としているなら、今は思考に傾きすぎているのかもしれませんね。

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