リバースエニアグラム

足りないのは勇気。

足りないのは勇気。

えっと、お久しぶりです。篠田工治です。

気付けば最後のブログ更新からおよそ半年ほど経っていました(汗)。

その間、何をやっていたのかというと、

  • 家事育児
  • 地域活動
  • PTAやら子供会活動
  • 子供の習い事のお手伝い

などに明け暮れておりました。

嫁の仕事のボリュームと就業時間が年々増えており、必然的に家事育児にかかる私の負担も増加中。

この春、上の子の小学校卒業と中学校入学、下の子の保育園卒園と小学校入学が重なったり、「子供会≒町内会の下部組織」ってことで町内会の行事に追われたりしてバタバタしていたのですが、最近ようやく一息ついたところです。

あとストレスによる暴飲暴食が続いたせいか、痛風が慢性化したので、食事制限と薬で治療に専念していたりします。

カロリー&糖質制限で2ヶ月で10kgほど痩せましたが、目標ではあと20kg痩せないといけないので、先が思いやられます(苦笑)。

で、そろそろエニアの活動を再開しようと思うのですが、今回のお休みは

もともとエニア活動に対して気後れを感じていたところ、都合よくやることが色々舞い込んでくれたので、これ幸いと活動を放置していた

というのが真相です。

そして何かに気後れを感じるというのは、「自分のやりたいことをやっていない」若しくは「やりたくないことをやっている」証拠でございまして。

欲を満たせ」が信条(?)のリバエニなのに、自分に嘘を付いていたということです。

相手の顔が見えないと頭が回らない

では、その気後れの原因は一体何かというと、まずは「無い頭を使って物事を論理的に考えようとしたり、PCに向かって1人でチマチマ文章を書くことがそもそも向いていない」ことが挙げられます。ブログやってて身も蓋もないですが。

恐らくタイプ2の人は全員そうだと思うのですが、面と向かって人と喋ったり、誰かの世話焼いてるのが一番向いてるんです。

そういうリアルな他者とのやりとりが刺激となり初めて頭が回るんであって、自分一人だと頭回んないんですよ(苦笑)。

ときおりメールやコメントなどでいただく感謝の言葉はもちろん嬉しいのですが、ネットのやりとりは文章が中心。

相手の顔と反応が見えないと、不安だし淋しいし物足りないんです。客席に誰もいないのに一人芝居をやっているみたいで、イメージもモチベーションも湧かないんです。

じゃあ、それならそれでオフライン主体で活動してればよかったのですが、

  • 参加や協力したワークショップ
  • 主催した勉強会やセミナー
  • SNSで知り合ったコミュニティ

など、ことごとく上手くいかなかった事がトラウマになって、なかなか再開できずにいます。

おそらくタイプ診断もそうでして、離脱率の高さやいくつかのトラブルが重なり、それが心理的ブレーキになっているのでしょう。

まぁ「どんだけグラスハートやねん」って話しなのですが、それはそれで「誰かを支えたい・助けたい」というタイプ2の根源的な欲求を満たすことは出来ません。

それで手っ取り早いところで、家事や地域活動に精を出していたワケです。

この点について、今後は極力顔が見えるようなやりとりをしていこうと思います。

「支えたい・助けたい」という欲求には人と密接に関わりたいという真の欲求が眠っていますから、そこは素直に自分の欲を満たす方向で。

地方在住なので基本は電話とかビデオチャットになると思いますが、年内には勇気を出して、もう一度地元名古屋でオフライン活動を再開しようと思ってます。

属性が違うと噛み合わない

エニア活動が気後れするもう一つの理由は、これはオフライン活動が上手く行かなかった理由でもあるのですが、「自分とは違う属性の人を相手にしていた」ことも挙げられます。

ここでいう属性とはエニアにおける性格タイプではなく、住む世界が違うとか属しているジャンルが違うと言えばよいでしょうか。

例えばとあるエニア会派の土台がキリスト教ということであれば、そこに集まる人や交わされる言葉使いが自ずとそういう色に染まってくる。

スピリチュアル・ニューサイエンスといったジャンルを土台にしている会派とかエニアをリーダー研修や組織のマネジメント手法として捉える会派も同様で、遅かれ早かれその土台となるジャンルに沿うような方向性が出来上がります。

エニアをライトな占いやお絵かき会のような娯楽感覚として捉えるところもあれば、逆に研究や分析と称してやたらと細かく性格を分けることに主眼を置くところもあるでしょう。

抽象画の解釈が全て受け手に委ねられているように、エニアグラムも抽象的なシンボル図である以上、その解釈や使い道はいろいろあって当然です。

問題は自分と異なる属性の人とエニアのことを話そうとしても、話が噛み合わないところにあります。

つまるところ、ここでいう属性の違いとは「エニアを使って何がしたいのか?」「エニアで何が何処までできると思うのか?」の違いです。

目指すものが大きく異なる人同士では、同じエニアを語ってもそれは全く別物だと言えるし、お互いに違和感しか感じられないのです。

そして以前何処かで書いたと思うのですが、この違和感ってヤツを無視し続けても、結局は上手くいきません。

この違和感こそが心の声であり、心の声に逆らうと不思議と相手が離れていくか、自分から離れるかのどちらかになるからです。

例えば「自分の特性を活かせないことが諸悪の根源、エニアを使ってタイプを取り戻し、餅は餅屋な生き方をしよう」と思っているのに、参加したワークショップの行き着く先が「タイプとは歪められた自我で悪いモノだ、だから自我を放棄せよ、神に頭を垂れよ」では、そりゃ離れるしかないじゃないですか(苦笑)。

「エニアを学ぶとは自己探求の長い旅路だ、精神修練だ」と考えている人に対して「そもそも自分を客観的に見るなんてことは難しいのだから、手っ取り早く他者の視点を借りようよ」と言おうものなら、そりゃやっぱり離れて行くわけです。価値観が違いすぎて。

単に真剣度が違うだけでも、話が噛み合わなかったりしますし。

で、それを無理に相手に合わせようとしたり、逆に従わせようとしても、結局何処かに無理は生じるんですよね。

でも基本的に私は「ええかっこしぃ」ですし「人恋しで嫌われたくない」というキャラなので、思ったことを率直に言えないし、なんだかんだ言って、相手に合わせられるなら合わせようとしてしまう。

これが気後れの最大の理由だと思ってます。

女は弱しされど母は強し

では、この点についてどうするかですが、結局これも勇気を出して、もっと自分の考えを主張するしかないですわ。

ちゃんと主張しなければ、価値観の合わない者同士が出会って、どちらも得をしないから。

そして自分の考えを主張するには、守るべき者の存在が必要です。

性別に関係なく、タイプ2はやっぱり女体質なんですよ(爆)。

だから「女は弱しされど母は強し」を地で行ってしまう。

そして守るべき者の存在を確かに感じる為には、面と向かった密なやりとりを必要とする。

そのためには・・・、とどこかで勇気を出して堂々巡りを止めないと、いつまでたっても欲を満たせないことにようやく気付きました(汗)。


というワケで、久しぶりの記事なのに一人よがりで自慰的な内容になってしまいました。

でも、何か区切をつけておかないと前に進めなかったので、恥を忍んで晒しておきます。

主張したい価値観は突き詰めれば「餅は餅屋の生き方を目指す=自分の基本タイプを取り戻し活用しよう」ということだけなので、今後はちゃんとそれに沿った方向に進みます。

必然的にそれは以前お伝えした4つの矢印解釈とは異なる「どちら向きの矢印タイプよりも基本タイプでいることが大事」というスタンスになり、少なくともその点においては他のエニア会派と相容れない、そう宣言することに他なりません。

Screenshotエニアグラム矢印考察第3回「矢印解釈は4つに分けられる」
参考までに

リバースエニアと名づけた時点で「アンチ」の立場を採ったつもりだったのですが、長いこと踏ん切りが着きませんでした。期待していた人には申し訳ないです。

それではまた。

追記

オフライン活動をしていなかったと言いつつも、エニアを使って親しい人の人生相談を請け負うことは自然にやってました。

自分1人だけで、自身を見つめたり思い返すことは本当に難しいんですね。

悩みを誰かに聞いてもらったり、別の視点で観てもらうことで初めて頭の中が整理できることは多いのでしょう。

プライドが高過ぎると中々人に相談しにくいのですが、大事な時間を浪費しない為にも「人に頼る」ことは大事だと思います。自戒を込めて。

自前主義も既存エニアの問題の1つだと思ってます。

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コメント&トラックバック

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  1. いつも興味深く読ませていただいてます。
    わたしはタイプ5なんですが、
    タイプ5の考察が出るのを、とても楽しみにしています。

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