リバースエニアグラム

エニアグラム矢印考察第14回「矢印の大前提と『環境変化に対する適応』機能(前編)」

エニアグラム矢印考察第14回「矢印の大前提と『環境変化に対する適応』機能(前編)」

リバエニの篠田工治です。

今回はエニアグラムの矢印考察第14回目です。

矢印考察一覧

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前回は、

  • 矢印の本質は柔軟性であり、それは人が生き抜くために必要な機能である
  • 人は物心付く前に、置かれた環境に最適な性格の型を一つだけ選ぶ
  • 型を持てば次のメリットが得られる
    • 認知を省くことで素早く行動できる
    • 一つの技に特化することで効率と効果が増す
    • 脳で消費されるエネルギーを節約することでスタミナを温存し、判断ミスを避けられる
  • 人は性格という言動の型を持つことで、はじめて厳しい生存競争に立ち向かうことができる
  • その意味で性格タイプを持つことは、矢印と同じく生き抜くために必要なことであり、人が最初に選んだ生存戦略の型と言える

ということをお伝えしました。

エニアグラム矢印考察第13回「矢印の本質と『型』を持つことの意味」エニアグラム矢印考察第13回「矢印の本質と『型』を持つことの意味」

矢印考察なのに性格の「型」を持つことの意味を書いたのは、柔軟性とは「型」を持つことを前提にして成り立っている言葉だからです。

前提がハッキリすれば矢印が持つ柔軟性の意味も、より明確になるというワケです。

矢印考察の予定

  1. シンボル図全体を眺めて感じたこと・・・
  2. 矢印の本質と「型」を持つことの意味・・・
  3. 篠田が考える矢印解釈 ・・・今回はココ
  4. 他の矢印解釈に対する意見
  5. 独自解釈に至った理由
  6. リバエニは何を目指すのか?誰の為のエニアなのか?

予定どおり、今回から私篠田が考える具体的な矢印解釈をお伝えします。

矢印解釈の出発点「性格タイプは基本タイプを中心にして矢印双方向のタイプに頻繁に行き来する」

まず、矢印における大前提から。

それは

性格タイプは基本タイプを中心にして矢印双方向のタイプに頻繁に行き来する

です。

これは前回お伝えした「シンボル図の線=頂点が移動した軌跡」「1つのタイプに注目=ハブ空港に似ている」という図の解釈を元にしています。

シンボル図頂点ハブ図 文字なし

人や物のスムーズな移動を目的としてハブ空港が生まれ、その形状がエニアグラム図にも見いだせるのなら。

ハブ空港と同じように「線で結ばれた性格タイプ(拠点)間の頻繁な往来」が想定できるハズです。

例えば、コンピュータネットワークにはハブやルーターと呼ばれる機器が必要なのですが、データの流れを図にするとハブ空港と同じ形をしています。

Generic Network Diagram - Network general

これらの機器は、大量のデータを双方向に素早くスムーズに届けるといった中継点の役割を果たしています。

そして機器間に引かれる線は、物理的にはケーブルを意味しますが、流れるデータに注目すれば、頻繁なデータの行き来を示す「軌跡」と言えます。

コンピューターネットワークの機能もハブ空港と同じなんですね。やっぱり形が似ていれば機能も似るんです。

よってリバースエニアグラムでは、

「性格タイプは基本タイプを中心にして矢印双方向のタイプに頻繁に行き来する」

これが矢印解釈の出発点になります。(大事なことなので2度書きました_笑)

これはシンボル図を見て直感的に感じたことを素直に取り込んだ結果です。

「環境変化」と「型崩れ」の為に矢印が生まれた

Broken

この矢印解釈の大前提で一番注目して欲しいのは

頻繁に行き来する」

という部分です。

人は「型」を便りに生存競争に臨む反面、頻繁に起こる「何か」をキッカケにその「型」から離れ、別の「型」へ進もうとします。

これは基本の「型」ではその「何か」に対応できない、だからそうなる・・・と考えた方が自然です。

そしてこの「何か」こそが、矢印という機能が生まれたそもそもの理由だと私は考えます。

では頻繁に起こる「何か」の正体ですが、それは「環境変化」「型崩れ」です。

どちらも「型」を持つことの致命的な弱点といえますが、それをカバーすることが矢印の本来の務めであり機能になります。

人は2つの困難に対処する為なら、固まった基本タイプを一旦緩めて違うタイプの特性を使う、という柔軟性を持ち合わせているんですね。

前回お伝えした矢印の本質「人が生き抜くために必要な柔軟性」とは、まさしくこのことを意味しています。

そして、2つの問題に対して矢印がもたらす効果を私は次の様に考えています。

  • 環境変化(外的変化)に対する「適応
  • 型崩れ(内的変化)に対する「調律

この2つの機能がリバースエニアグラムにおける矢印解釈の柱になります。

今回はボリューム的に「環境変化(外的変化)に対する『適応』」のみ解説します。

あ、そうそう。この「適応」については、矢印論というよりはウィングを含めた「ダイナミクス」論になっているので、そのつもりでご覧ください。

矢印の機能その1_環境変化(外的変化)に対する「適応」(前編)

前回は「型」を持つことの素晴らしさをこれでもかって感じでお伝えしました。

「素早さ・技効果・技効率・スタミナ節約・誤判断回避」

これらのメリットがあればこそ、人は性格タイプという「型」を駆使して、厳しい生存競争を勝ち残ることができるんですね。

但し、一方で「一つの型を持つだけで本当にやっていけるのか?」という疑問も湧きます。

なぜなら我々は、環境が常に移り変わることを知っているからです。

環境の変化という外的な変化によって「型」の強みが弱みに変わる

恐竜

例えば、気候、気温、水面など、自然環境の大変化はこれまで幾度となく起こり、多くの種族が変化に耐え切れず絶滅してきました。

スポーツなどでは、ある日突然ルールが変わり、これまでトップクラスだった選手が勝ちにくくなった、そういう話をタマに聞きます。(オリンピック競技などは特にその傾向があるとかないとか・・・)

商売に目を移せば、人気商品はいつまでも売れ続けるとは限らず、「今、大人気だから」と勢い良く商品を作ったら、在庫の山を抱えてしまった。そんな話は日常茶飯事です。

国や王朝といった権力や体制も、善政であろうがなかろうが、長期的にはドンドン入れ替わって行くのが常です。

昔学校で習った「盛者必衰の理をあらわす」って奴ですね。

平家物語(上) (角川ソフィア文庫)

このように、時間の流れと共に環境や状況は頻繁に変わっていくのが当たり前で、「これまで上手く行っていたやり方が、ある日突然上手くいかなくなる」というのは、決して珍しいことではありません。

では何故環境の変化によって「型」が上手く行かなくなるのでしょうか?

それは、どれだけ「型」を持つことが素晴らしくても、その「型」が最も通用するのは、選択した直後に限定されるからです。

型が「選んだ時点の最適解」である以上、その後状況や前提条件などが変わってしまえば、その効果を最大限に発揮することはできません。

いや、発揮できないだけならまだマシで、実際には大きな環境変化が起こると、その「型」の「強み」は「弱み」に転じることが多いのです。

例えばキリンは背の高い木の葉っぱを食べることに特化した種族ですが、気候の大変化が起こって低い木とか草しか育たなくなったとします。

キリン

その場合、体が小さくてすばしっこい種族の方が先に食べてしまうので、多分生存競争に負けちゃうんですよね。

今まで役に立っていた長い首や足は、低い所の葉っぱを食べることには適さないからです。

つまり一つの「型」に固執し、習熟すればするほど、環境の変化という外的な変化が起これば一気に弱体化するということです。

これが同じ「型」を持ち続けることの最大の弱点です。

人も同じで、時間の経過と共に家族構成や居場所や立場などが、頻繁且つ大きく変化していきます。

「型」のメリットからすれば、一つの性格タイプだけでやりくり出来た方がいいのですが、その持ち味が裏目に出る時は誰にでも訪れるのです。

「適応」とは「変化した環境に最適なタイプへ移行する」という内的変化

Darwin

せっかく築き上げた「型」を無にしてしまう環境の変化。

これに対処するには一体どうしたらいいのでしょうか?

最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である

ダーウィンが言ったとされる有名なお言葉ですね。

これは言い方を換えれば「環境の変化という大きな外的な変化に対しては、自らを内的に変化させることが生存の秘訣」ということです。

慣れ親しんだ自分の武器である「固い型」を一旦外すことで、初めて生存の可能性が見えてくるのです。

なら、とにかく「型」というモノを外してしまえばそれでいいのか?というとそうではありません。

変化した状況に最適なパターン、すなわち他の「型」を身に付けなければ、パワー不足で変化に対処しきれないからです。

つまり、矢印の本質である柔軟性とは「型」を持つことの否定ではないのです。

基本の「型」から、より適切な他の「型」への移行であることに注意してください。

例えば、タイプ2の男性(オレか_笑)が自分の子供に接する場合。

普段はオカン気質を発揮してアレコレ世話を焼いてればいいのですが、しつけという意味では父親や教師的な厳しさで接しなければならない時の方が多いんですね。

まぁ、実際父親なんで、そういう役目を周囲から期待されるのが当たり前ですが、タイプ2のままではどうも上手く行かない。

そんな時は矢印のタイプ8やウィングのタイプ1といった他のタイプに移行することで、子供に対する役目をそれなりに果たすことができる、という寸法です。

生き残りを賭けた生存競争と散々煽ってきたのに、呑気な例えで申し訳ないです。(普段やってるのが主夫だから勘弁して下さい)

でも子供の養育は扶養の確保や子孫を残すという意味で立派な生存戦略ですし、「母親的立場父親的立場」という環境の変化もあるワケですから、そこにタイプが移行する下地はあるのです。

全てのタイプに移行することは悪手

ここで次のような疑問が湧きます。

  • 矢印の機能が環境変化に対する適応というなら、全てのタイプに移行出来た方がいいんじゃないの?
  • でもそうだとしたら移行先を限定してしまう矢印やウィングって要らないんじゃない?

エニアグラムは9つのタイプで「全体性」を示すワケです。

ということは残り8つのタイプの全てに移行できるようになれば、どんな環境の変化にも適応できることになります。

ennnea_simbol

シンボル図を見ると分かるとおり、円周であれ直線であれ全てのタイプは繋がっているのですから、最終的には全てのタイプを網羅することは可能なように思えます。

実際、C+F研究所さんのように「全てのタイプを網羅する」ことを目標にしているエニア会派もあります。(又聞きなので間違ったらゴメンナサイ)

実は私も、基本タイプから残り8つのタイプに移行すること自体は可能だと考えています。

しかし、それでは矢印やウィングという概念は意味を無くしますし、誰もが全てのタイプを完全に網羅できるのであれば、そもそも性格を分類することの意味も稀薄になってしまいます。

このあたり、私は「全てのタイプへの移行は可能だが生存競争としては悪手」だと解釈しています。

その理由はおおまかには次の4つになります。

  1. 体と心への負担が増大する
  2. 「型」にかける労力が分散するので結局変化に対応しきれない
  3. 素養同士の相性問題が発生してそれぞれの利点を打ち消し合う
  4. 結果的に心身を病む危険性が高まる
体と心への負担が増大する

ひよこ

そもそも、認知にかかる時間と労力を省き、無意識レベルで言動を判断することが性格タイプを持つことの目的でした。

それは格闘技で言えば、同じ動作を何度も繰り返す「型稽古による体への刷り込み」によって獲得できるシロモノ。

いくら環境の変化という生命の危機に遭遇したとしても、そうやって体や脳に刷り込まれたモノをアッサリ切り替えられるほど、人間って器用なのかなぁと私は思うんです。

パソコンのように、一旦インストールしたプログラムを綺麗に削除できるなら、他のプログラムを入れ直すことは簡単なんですが、人間は機械じゃないですから。

ひよこが生まれて最初に見たモノを母親だと思い込むのと同じで、一番最初に刷り込まれたコトって中々消せるものではないんです。

消しにくい基本の「型」を何とか他の「型」に切り替えていく、というのがタイプの移行ですから、それに伴う肉体的精神的な負担はかなり大きいハズなんです。

例え一つのタイプしか移行できなかったとしてもです。

それが全てのタイプともなれば、体と心にかける負担はとんでもないことになります。

「型」にかける労力が分散するので結局変化に対応しきれない

グラフ

例えば企業において従来の商品サービスが売れなくなった場合、多くは本業以外のことを手当たり次第始めるようになります。

そしてここが辛いところですが、他のことを手広くやればやるだけ、危機を脱する可能性が低くなるのが世の常です。

なぜなら、取り組む課題(=型)が多ければ多いほど、それぞれかけられる労力は分散し、効果も自ずとパワーダウンするからです。

競争相手も生存を賭けて必死なのですから、その中で生き残ろうとするなら、せめて付け焼き刃にはなれるくらいの労力を移行先の「型」に投入する必要があります。

しかし企業であれば、時間やお金やマンパワーといういわゆるリソース(資源)は無限ではありませんし、人であればかけられる精神力や体力にも同じく限界があります。

なので全ての「型」へ移行するということは、付け焼き刃どころか全く切れないナマクラ刀を量産することに他ならず、結局は変化後の環境に立ち向かうのが厳しくなります。

素養同士の相性問題が発生してそれぞれの利点を打ち消し合う

Ax

なんでもそうなのですが、全方位的なことをやろうとすると、対立する「型」を同時に高めるという矛盾が生じます。

例えばRPGの世界で、どんな敵にも対応できるようにと、フェンシングで使うような細身の剣(レイピア)とデカくて重さのある斧(戦斧)を同時に訓練するとします。

前者は軽さを活かして素早さや手数の多さで勝負し、後者は重さを活かして鎧をも打ち砕く一撃必殺の破壊力で勝負します。

ある意味真逆な戦い方ですから、必要とされる筋肉の使い方とか体のさばき方、間合いも恐らく真逆になります。

同時に鍛えるのは多分ムリなんですね。

やっぱり人間ってそこまで器用にはできていないんです。

性格タイプの例で言えば、再びタイプ2を使いますが、ウィングを含めたダイナミクスは

  • ウィング=1,3
  • 矢印=4,8
  • それ以外のタイプ=5,6,7,9

ということになります。

ここで注目して欲しいのはタイプ5,6,7の思考センターがタイプ2には全く絡まない点です。

思考センターは基本的には論理的な思考をする人が多いのですが、そもそもタイプ2にはそういう素養が少ないのです。

だって、根っこは感情派なんだもん(苦笑)。

その代わり直感や人の表情や感情を察する能力に長けているので、それが活用できれば通常問題はありません。

ところが論理的に立ち回ろうとすると、こころの奥底にある感情の強さがそれを邪魔をしてしまいます。

逆に論理的にならねばと思っている時は、本来の感情的な振る舞いにストップをかけてしまいます。

これだと自分の良さが消されていく、そんな感じがするんですね。(だからこうやってブログ書くことも苦行なワケでして_苦笑)

使える「型」を増やそうとすればするほど、いずれこういった素養同士の相性問題が出てきて、それぞれの利点を打ち消しあうようになります。

もちろんそれでは「型」の効果は望めず、環境の変化に対応できません。

結果的に心身を病む危険性が高まる

精神病

結局全てのタイプに移行するということは、アホみたいに労力がかかる割には効果が薄く、環境の変化にも耐えられないということです。

ただでさえ相性の悪いタイプにも移行しまくって肉体的精神的に疲弊しているところに、環境の変化が容赦なく襲い掛かるワケです。

すると再び「なけなし」のパワーを振り絞り、相性の悪いタイプへ移行しようとする・・・。

まさしく悪循環ですが、こんな状況が続けば体力や精神力が枯渇し、どんなタフな人でも心身を病んでしまいます。

  1. 体と心への負担が増大する
  2. 「型」にかける労力が分散するので結局変化に対応しきれない
  3. 素養同士の相性問題が発生してそれぞれの利点を打ち消し合う
  4. 結果的に心身を病む危険性が高まる

以上4つの理由により、私は「全てのタイプへの移行は可能だが生存競争としては悪手」だと考えます。


 

全てのタイプへの移行が悪手だとして、「どうしたら全ての環境変化に対応できるのか?」が気になると思いますが、長くなったので今回はここまで。

次回も引き続き環境変化(外的変化)に対する「適応」機能について考察を深めていきます。

エニアグラムを理解する上で一番大事な考え方も出て来ますよん。お楽しみに。

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コメント&トラックバック

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  1. 悠久の眠りから目覚め、復活・再生の刻を迎える、
    伝説の不死鳥PHOENIXを想起させるような、
    臨場感に満ちたトップ画像が印象的ですね。

    >基本の「型」を何とか他の「型」に切り替えていく、
    >というのがタイプの移行ですから、
    >それに伴う肉体的精神的な負担はかなり大きい
    そう言えば、利き手の矯正も、
    肉体的精神的な負担はかなり大きいといわれます。
    変わるメリットと変わらないデメリットという
    関係はエニアにも共通する感じがしました。
    もちろんメリット>>>>デメリットが理想です。
    「無理に利き手を矯正すると弊害も!」
    ttp://news.ameba.jp/20140515-589/
    子供の左利きを矯正するメリット&デメリット
    自動車事故は、右利きの人と比べると、3.8倍も多い。
    「左利きの人は右利きの人より9年早死にする」
    ⇒寿命とストレスには密接な関係がある
    ttp://papimami.jp/10195

    大いなるノモは、直球とフォークのコンビネーションで
    メジャーに旋風(トルネード)を巻き起こしましたが、
    肘の故障(外的、、外科的環境の変化)後、
    球種(タイプ)を増やして対応していました。
    (フォーク・スプリットは肘の負担が大きい)
    でも肘の状態が落ち着いてきたら(環境の変化)、
    元の直球とフォーク主体のピッチングに戻しています。
    この変化・対応は、エニアにも通じそうですね。
    ところで、大いなるノモ、で検索すると、
    (スピリチュアルな日々)のブログ記事が表示されます。
    「常に神に対して、、その大いなるノモの恩恵を受けながら」
    きっと、野茂選手のフアンだったのでしょうねぇ…。

    >「型」にかける労力が分散するので結局変化に対応しきれない
    そう言えば投手の場合も、球種が増えるほど、
    従来の持ち球の精度が落ちる傾向にあるといいますね。
    「持ち球(球種)が非常に多彩となっており、
    殆ど満遍なく投球練習を繰り返していたように映り、尚且つ、
    全ての球種の精度が低く感じたからです」
    ttp://www.plus-blog.sportsnavi.com/kojitami/article/65
    K-1(打撃系)のミルコクロコップ選手も、
    総合格闘技に進出後は打撃の技術・精度が大幅に低下した、
    と嘆いていました。

    • トップ画像は「絶滅」とか「恐竜」というキーワードで検索してヒットしたのを使いました。(もちろんフリーで使える奴ね)
      利き腕も2種類しかないのですが、やはり「型」なので変更に伴う負荷は生じると思います。
      次回以降で書くつもりですが、結局「型」のスイッチ(切り替え)は一時的なモノとして扱った方が「吉」なんですよね。
      違う「型」は使えなくはないけど、使わないに越したことはないというか、利き腕を骨折したから仕方なく反対の手でご飯食べるみたいな感じで。
      労力やリソースの分散については、競争や勝負の熾烈さが増せば増すほど効果不足が響いてくるから、ある意味恐ろしい問題かもしれません。
      今回の記事で一番お伝えしたかったことは「人はそこまで器用じゃない」ってことなんです。

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