リバースエニアグラム

エニアグラム矢印考察第19回「型崩れに対する『調律(修復)』機能(後編)_弁証法の螺旋的発展の法則=原点回帰と未来進化は同時に起こる」

エニアグラム矢印考察第19回「型崩れに対する『調律(修復)』機能(後編)_弁証法の螺旋的発展の法則=原点回帰と未来進化は同時に起こる」

リバエニの篠田工治です。

今回はエニアグラムの矢印考察第19回目です。

矢印考察一覧

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前回は、

  • 適応機能は弁証法の基本原理そのまんま
  • エニアグラム=弁証法
  • 矢印=性格タイプが進化してきた順番
    • 進化前のタイプと進化後のタイプとの間に優劣の差は無い
    • 俯瞰視点ではなく一人称視点で矢印を考えるべき
    • 一人称視点を使えば次のように定義できる
      • 基本タイプ=今現在のタイプ
      • 矢印正方向のタイプ=進化前のタイプ=過去のタイプ
      • 矢印逆方向のタイプ=進化後のタイプ=未来のタイプ

ということをお伝えしました。

エニアグラム矢印考察第18回「型崩れに対する『調律(修復)』機能(中編)_根拠はエニア=弁証法」エニアグラム矢印考察第18回「型崩れに対する『調律(修復)』機能(中編)_根拠はエニア=弁証法」

エニアグラムと弁証法が同じモノであるなら、矢印は性格タイプの成り立ち、進化を意味します。

そして進化は必ず「時間の経過」を伴う為、矢印を語る上で過去現在未来という時間の概念を切り離すことはできないのです。

矢印考察の予定

  1. シンボル図全体を眺めて感じたこと・・・
  2. 矢印の本質と「型」を持つことの意味・・・
  3. 篠田が考える矢印解釈
    1. 大前提「性格タイプは基本タイプを中心にして矢印双方向のタイプに頻繁に行き来する」・・・
    2. 矢印が生まれた理由=「環境変化」と「型崩れ」・・・
    3. 機能その1_環境変化(外的変化)に対する「適応」(前編)・・・
      型と柔軟性のいいとこ取り(中編)・・・
      なんでも1人でする必要はない(後編)・・・
    4. 機能その2_型崩れ(内的変化)に対する「調律」(前編)2つの矢印タイプは基本タイプの土台・・・
      根拠はエニア=弁証法(中編)・・・
      弁証法の螺旋的発展の法則=原点回帰と未来進化は同時に起こる(後編)・・・今回はココ
  4. 他の矢印解釈に対する意見
  5. 独自解釈に至った理由
  6. リバエニは何を目指すのか?誰の為のエニアなのか?

さて、今回は

  • 弁証法において一番重要な法則が矢印の調律(修復)機能の根拠となっている
  • なぜ矢印タイプの特性は弱まってしまうのか
  • なぜ基本タイプの修復を調律と呼ぶのか

についてのお話です。

前回予告した「なぜ矢印正方向に移行しやすいのか」という論点については、次回以降にまわします。

今回もボリュームがありますが、ここがリバエニ的矢印解釈のヤマ場です。頑張ってついてきてください。

矢印=時間旅行=遺産の取り戻しと萌芽の先取り

Time, Travel

矢印の調律(修復)機能とは、基本タイプを下から支えている両矢印のタイプに移行し、その特性を補充することで、基本タイプの型崩れを修復することでしたよね。

そして前回の終わりには、過去現在未来という時間軸を持ち出し、

  • 基本タイプ=今現在のタイプ
  • 矢印正方向のタイプ=進化前のタイプ=過去のタイプ
  • 矢印逆方向のタイプ=進化後のタイプ=未来のタイプ

のように当てはめました。

つまり矢印タイプへの移行とは

  • 今現在から過去への移行
  • 今現在から未来への移行

を意味するのです。

もうお分かりだと思いますが、これって要するに時間旅行とかタイムワープなんですよね。

(実はこのあたり、随分前の記事「エニアグラム矢印考察序章」で軽く触れていたりします)

もしくは、オカルトチックになるのでホントは使いたくないのですが、輪廻とか生まれ変わりを信じるのであれば

  • 現世から前世(過去世)へ
  • 現世から来世(後世)へ

と解釈する方がいいかもしれません。

これに先ほどの「矢印タイプへ移行してその特性を補充する」ことを加えると、調律(修復)機能は

  • 今となっては殆ど失われた遺産を、過去(前世)にさかのぼって取り戻す
  • 今現在でも見え隠れしている新たなきざし(萌芽)を、未来(来世)に進んで先取りする

という英雄神話的な物語表現に置き換えることができます。

前々回、矢印考察第17回で「矢印両方向のタイプ特性は基本タイプの土台になっている」とお伝えしました。

だから過去の遺産と未来の萌芽が土台となり融合したジンテーゼが現在という時間、基本タイプなのです。

弁証法の螺旋的発展の法則

Spiral2

矢印の調律(修復)機能の肝は、土台となる矢印双方向のタイプ特性を補充することが、かえって基本タイプの修復に繋がることにありました。

このことを裏付ける最後の論点が「弁証法の螺旋的発展の法則」です。

これは前回ご紹介した田坂広志先生の「使える弁証法」によれば、

「弁証法」の中にはいくつもの「法則」が語られていますが、その中に、最も役に立つ、一つの「法則」があります。そのただ一つの「法則」を学ぶだけで、充分なのです。
(略)
世の中のすべての物事の本質であり、姿である

と言わしめるくらい重要な法則になります。

それは、

世の中の全ての物事の進歩や発展は、右肩上がりに一直線に進歩・発展していくのではない。
あたかも螺旋階段を登るようにして進歩・発展していく。

という法則です。

前回、「エニア=弁証法」ということをお伝えしましたが、双方に共通するテーマは「進化・発展」でしたね。

そしてその進化とは常に段階的にプロセス的に進むこともクドイくらいお伝えしました。

この引用文で大事なのは、進化のプロセスは「右肩上がりに一直線」にはならない、というところです。

アルファベットで例えると「A→B→C」という並びがあった場合、素直にその並びが進化の順にはならないのです。

「螺旋階段を登るようにして」進化、発展していくんですね。

「?」だと思いますので引用を続けます。

螺旋階段を、遠く、横からみていると、この人は螺旋階段を上に登っていきます。
すなわち、この人は、より高い位置へと、「進歩・発展」していくように見えます。
しかし、この螺旋階段を、高く、上から見ていると、どう見えるか。
この人は螺旋階段を登るにしたがって、柱の周りをぐるっと回って、元の場所に戻ってくるように見えます。
先ほどのまで居た場所に戻ってくるように見えます。
すなわち、この人は昔の場所に、「復活・復古」していくように見えるのです。
しかし、よく見れば、ただ元の場所に戻ってくるのではない。
螺旋階段を登ることに寄って、必ず、一段、高い場所に登ってきています。

これは図で説明した方が分かりやすいですね。

弁証法の螺旋的発展図解

螺旋階段を真横から見れば、階段を登っていく人は横方向ではジグザグしながらも、縦方向では確実に上に進んでいくように見えます。

これが進歩・発展です。

しかし階段を真上から見れば、その人は同じ円周上をぐるぐる回っているように見えるのです。

起点から始まって、ぐるっと回って起点に帰ってくるのが円周ですから、その道筋は文字通り「回帰」であり、別の言葉で言えば復活・復古を繰り返していると言えます。

これが「弁証法の螺旋的発展の法則」の基本的な考え方です。

原点回帰と未来進化は同時に起こる

Letter, Phone

この「弁証法の螺旋的発展の法則」で、一番大事なこと。

それは本当の進化の際には

「未来進化」と「原点回帰」は、同時に起こる。(引用)

ってことです。

言うまでもありませんが、「未来進化」とは「進歩・発展」を意味し、「原点回帰」とは「復活・復古」を意味します。

ただこれでは少々分かりにくいのでいつもの計算式(?)で補足すると、

  • 原点回帰+進取=未来進化

こんな感じになります。

すんげー久しぶりですが、三省堂大辞林さんから引用。

しん しゅ【進取】
従来の慣習にこだわらず,進んで新しいことをしようとすること。 「 -の気性に富む」

つまり進化とは、原点という過去への回帰と次世代の新しいことの取り組みが同時に起こり、融合することで生まれるのです。

そして原点回帰と未来進化という正反対なことの同時発生を説明しようとするなら、螺旋図で表現するしかないんですね。

 

原点 進取 未来進化
手紙 IT技術 Eメール
せり IT技術 ネットオークション

同著の事例ですが、Eメールは電話の登場によって一端は下火になった「手紙」という古い文章コミュニケーションがIT技術によって復活し、便利で低コストに進化したモノです。

同じくヤフオクやイーベイなどで有名なネットオークションも、昔は頻繁におこなわれていた「せり(競り)」という取引形態がIT技術によって復活し、遠くの人でも参加できるよう便利に進化したモノです。

殆どの場合、進化とはこんな感じで過去への回帰を伴うのであって、単純な一直線、右肩上がりに進まないとは、こういう意味なのです。

まぁ、よく言いますよね。イノベーションや発明は全くの「無」からは生まれないって。それと同じことです。

調律(修復)機能=螺旋的発展の法則

Up

そろそろ矢印と繋げます。

エニアグラムのシンボル図の解釈と弁証法を比較した場合、両者は殆ど同じことを意味していました。

その観点からすれば、図の頂点を結ぶ直線、いわゆる矢印は性格タイプの成り立ちの順番と解釈するのが自然です。

自分の基本タイプを起点で現在とした場合、矢印正方向は進化前のタイプで過去を、矢印逆方向は進化後のタイプで未来を意味していました。

矢印の調律(修復)機能とは、土台となる矢印双方向のタイプに進んで、その特性を補充し、型崩れした基本タイプを修復することでしたね。

だから「現在」である基本タイプを修復するには、過去と未来への時間旅行、すなわち過去の遺産を取り戻し、未来の萌芽を先取りすることが必要なんです。

そして前段でお伝えしたのが、最高峰の智慧と称される弁証法の中で、最も大事な法則である「螺旋的発展の法則」でした。

その肝は、進化や発展の際は「未来進化」と「原点(過去)回帰」が同時に起こることにあります。

これは「過去と未来の双方に進むことが進化や発展に繋がる」と言い換えることができます。

  • 矢印の調律機能=基本タイプの修復=過去タイプへの移行+未来タイプへの移行
  • 螺旋的発展の法則=進化・発展=原点(過去)回帰+進取(未来)

もうお分かりですよね。

矢印の調律(修復)機能は「弁証法の螺旋的発展の法則」を土台にした機能だということです。

まぁ、細かいことを言えば、「進化・発展」という言葉と「調律、修復」という言葉の意味は違うかもしれません。

でも、これらの言葉には「下にあるものが上にあがる」という本質が有り、「過去と未来の双方に進むことによって現状が上向く」という意味において、両者は同一なのです。

前回お伝えした弁証法の「止揚」についても「揚がる」という言葉が使われていますしね。

大変長くなりましたが以上が矢印の調律(修復)機能が正しいと言える根拠になります。

なぜ矢印タイプの特性は弱まってしまうのか

Balance

ようやく矢印考察のヤマを超えました。

以下2つの論点は、軽んじて欲しくはないのですが補足的な内容です。力を抜いて行きましょう。

矢印の調律(修復)機能とは型崩れをおこした基本タイプを修復する機能ですが、土台となる両矢印タイプ特性の出力低下が型崩れの原因だったりします。

もしくは両矢印特性が枯渇していると、基本タイプをフル出力で使おうとしても、土台が弱っているからパワーが出ないんでしたね。

だからこそ矢印タイプに移行して、その特性を補充する必要があるのでした。

そのことを先ほどは

  • 今となっては殆ど失われた遺産を、過去(前世)にさかのぼって取り戻す
  • 今現在でも見え隠れしている新たなきざし(萌芽)を、未来(来世)に進んで先取りする

のように表現しました。

でもこれって、矢印タイプの特性は放っておくと弱まったり消耗してしまうことを意味するんですよね。

で、その理由ですが、たとえ矢印タイプは基本タイプの土台だとしても、矢印タイプは基本タイプとは別物だからです。

これは前回お伝えした、シンボル図における「正三角形=3の法則」の「能動・受動・融合」「肯定・否定・中和」や弁証法の基本原理「正反合」の3要素を思い出していただくのがいいでしょう。

いくら融合や中和やジンテーゼが、2つの「極」の対話(葛藤)によって生まれたとしても。

既に質的な変化を遂げた状態、3つ目の新たな「極」として生まれ変わり、独立しているのです。

そして3つ目の「極」である「ジンテーゼ(合)」が生まれても、最初の2極である「テーゼ(正)」と「アンチテーゼ(反)」の本質的な価値が低下するワケではありません。

それぞれの「極」にはそれが生まれた理由と存在する意義が有り、流行り廃りはあったとしても、その理由と意義は消えないからです。

だからこそ3つの要素は、均衡のとれたそれぞれが平等な力関係である「正三角形」として表現されるのです。

正三角形は3つの極の均衡を意味する

そして矢印の適応機能で何度もお伝えしたように、性格タイプの特性を強化するのは所詮場数です。

文字通り、人は基本的には基本タイプをメインで使うのですから、その状態では矢印タイプの特性は貯まらないのです。

その意味で言えば、基本タイプを上手く使う為には、むしろ定期的に両矢印タイプへ移行すべきなんですね。

でもそういうことは普段は気にする必要はありません。

なぜなら普通の生活をしていれば環境や立場の変化は目まぐるしく起こるからです。

その都度「適応機能」が働き、勝手にタイプ移行しているから通常は問題とならないのです。

むしろ問題なのはタイプ移行が出来ないとか、移行先のタイプに行ったまま戻ってこないことにあります。

性格タイプはハブ構造という頻繁なタイプ移行を前提にした形で示されるのであって、移行しないのは文字通り停滞を意味するからです。

ただ、そういった停滞は調律(修復)機能の引き金、トリガーだと言えます。

無意識や本能がそれを察知してタイプ移行を促すのですから、そういう時は素直に流れに身を任せればいいのです。

なぜ基本タイプの修復を調律と呼ぶのか

Peg

今回最後の論点です。

矢印が持つ基本タイプの修復機能を何故「調律」と呼ぶのかについてです。

矢印考察第17回では、基本タイプの型崩れの例えとしてアコースティックな楽器の話しをしました。

私は以前ギターを少しだけやっていたのですが、その「調律」の仕方が矢印タイプへの移行とよく似ているなぁと思ったのです。

調律の際は、音叉(おんさ)や調律済みの楽器の正しい音を聞きながら弦を弾き、てっぺんにある糸巻きみたいな「ペグ」を巻いたり緩めたりして音を調整します。

  • 基準より低い場合=ペグを巻いて音を高くする
  • 基準より高い場合=ペグを緩めて音を低くする

という感じになりますが、私のように良い耳を持っていない場合、そもそも現在のギターの音が基準よりも高いか低いか、分からないことがあるのです(汗)。

だからまずは、ペグをわざと多めに巻いたり緩めたりして、基準の音とは明確に違う高い音と低い音を出して耳に焼付けます。

その後はだんだん音の上下の幅を少なくしていき、振れ幅の真ん中にある基準値に近づけていくのです。(このやり方って私だけですかね?)

これを矢印に当てはめると

  • 基本タイプを修復する為に進化前と進化後のタイプ間を揺れ動く=基準の音に合わせる為に何度も音を上下させる
  • 基本タイプ(進化前と進化後のタイプの中間に位置)=基準の音(上下する音の中央値)

こんな感じになります。

ギターの調律と基本タイプの修復機能は同じ

前後と上下の違いはありますが、振れ幅を大きくとってその中央を目指す、という点において両者は似ています。

そういうニュアンスをだしたかったので調律(修復)機能と命名したのです。

ただ、論を進めるうちに、あんまりフィットしない気もしてきました(苦笑)。

あまりに不評なら素直に「基本タイプの修復機能」と呼ぶことにしますので、コメントいただけると幸いです。


今回はここまで。

長くなったのでまとめはやりません。

これでようやく篠田的矢印解釈の柱である、「適応機能」と「調律(修復)機能」の解説が無事(?)終わりました。

でも「なぜ矢印正方向に移行しやすいのか」など、まだ細かい論点がいくつか残っているので、次回はそういうお話になると思います。

(しょっちゅう予定は変更されるので、そろそろ予告は止めたほうがいいのかな・・・)

それではまた。

追伸

田坂広志先生の「使える弁証法」では「弁証法を学べば洞察力が身につき、物事の本質が分かるようになる」と書かれています。

私自身、弁証法という思考法を知ったのは数年前ですが、素直にそれを使ってエニアグラムを眺めたら、両者が同じものであることに気づきました。

これも田坂先生のとても分かりやすい書籍のおかげです。興味の有る方は是非読んでください。

多分エニア本を読むより有意義だと思います(爆)。

使える弁証法

追伸その2

「エニア=弁証法」の表れとして、例えば「センター」という三つ組みも

  • 本能(体)センター(189)=テーゼ
  • 思考(頭)センター(567)=アンチテーゼ
  • 感情(胸)センター(234)=ジンテーゼ

のように解釈することができます。

感情ってのは意識できるけど、衝動的という意味では体感覚に近い存在です。

本能と思考の間にあって、両者の融合と捉えることもできるんですね。

本能センターは本来「体」というよりは「ハラ(ガッツ=内臓)」を意味しており、「アタマ」と「ハラ」の中間に位置するのが「胸=ハート」ですから、位置的にも弁証法を体現していると言えます。

止揚、進化としては、感情の登場によって「人間味」や「人間臭さ」が加わり、「ヒト」という種族が、より「人間」らしい生き方ができるようになったことだと思っています。

あと、ドンリチャードリソ氏の書籍「性格のタイプ」には、「親との関係」という三つ組は弁証法的に解釈できる、というくだりがあります。

私は同氏が弁証法の価値に気付き、他の論点には適用しつつも何故矢印には適用しなかったのかが不思議でたまりません。

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  1. 銀河の雫☆彡

    >本能(体)センター(189)=テーゼ
    >思考(頭)センター(567)=アンチテーゼ
    >感情(胸)センター(234)=ジンテーゼ

    これを脳に当てはめたら、

    【本能】は、大脳辺縁系(古い皮質)に相当します。
    怒り、悲しみなど動物的な情動反応と、食欲などの本能の場です。
    ちなみに、辺縁系は内臓活動を支配する場ですので、
    内臓脳とも呼ばれています。
    なので、この表現は正しい感じです。

    >本能センターは本来「体」というよりは「ハラ(ガッツ=内臓)」を意味して

    >1・「内臓脳」について
    ttp://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/naizou1.html

    【思考】は理性の場である、
    大脳新皮質、そのなかでも特に言語を司る左脳側が主力でしょうか。

    【感情】は、大脳新皮質の右側、特にその前頭葉。
    ここは本能(情動)と理性との交流ゾーンみたいな場ですね。

    ↓とっても的を得ている表現だと思いました♪

    >本能と思考の間にあって、両者の融合と捉えることもできるんですね。

  2. あけましておめでとうございます。

    ここ最近、更新、急ピッチで何よりです。深い考察、いつも感心しています。

    さて、

    >本能(体)センター(189)=テーゼ
    >思考(頭)センター(567)=アンチテーゼ
    >感情(胸)センター(234)=ジンテーゼ

    という考え方ですが、エニアグラムとシェルドンの性格分類には、

    中胚葉=8∈本能(体)センター
    外胚葉型=5∈思考(頭)センター
    内胚葉型=9∈本能(体)センターだが最も離れている

    の様な相関があるとされています(ナランホ)。タイプ9の解釈は難しい所ですが、「離れている」点を他のセンターが日頃は優位、と受け取るならば、消去法で内胚葉型を感情(心)センター、と解釈できなくもありません。

    無理な解釈ですが。

    としますと、言葉の印象だけからは、感情と思考が両極にあって、本能がその中間、という感じもないではありません。

    素人の素朴な感想でした。

    • コメントありがとうございます。
      更新を急いでいるのは、いいかげん矢印考察に疲れてきたのと、他のことを速く進めたいからなんです(苦笑)。
      で、「感情と思考が両極にあって本能が中間」ですが、そういう考え方もできると思います。
      そもそもシンボル図の正三角形を見れば
      – 上頂点=本能センター
      – 右頂点=感情センター
      – 左頂点=思考センター
      というふうに並んでるので、まぁ普通は本能センター=中間・止揚って思いますよね。
      私の場合は記事本文にあるとおり、あくまで弁証法という視点でセンターを見たらそういう結果になったって感じです。
      「無意識=本能 VS 意識=思考」という対立軸が見えたので、じゃあ感情センターは中間で止揚だなぁと。
      やっぱり自分は感情優位なので、それを暗に推したいから「感情=人間味=止揚」ということを書いたのだと思います。
      下手に心理学や精神医学に精通していない分、好き勝手な発想ができるのでしょうね。
      でも、それでいいんですよ。
      エニアグラムは学問や宗教ではなくアートのモチーフにすぎないと私は思っているので。

    • 銀河の雫☆彡

      個人的に感じたことを記してみます。
      >内胚葉型を感情(心)センター、と解釈できなくもありません。

      内胚葉型というのは躁鬱的な傾向のある性格です。
      躁鬱とは感情の波ですから、(感情表現が豊か)
      シェルドンの3つのタイプで、
      感情(心)センターという形容が最も相応しいのは、
      たぶん内胚葉型でしょう。さらに内胚葉型には、
      躁寄りの「楽天的で明るく活動的でユーモアのある」
      タイプと、鬱寄りで、「動きがスローというか、、
      のんびりしていて物静かで不活発な」タイプがあります。

      陽気で楽天家で活動的(頭の回転・連想も高速)のタイプは、
      エニアのタイプ7(思考センター)と重なる部分が多く、
      もの静かで不活発な方のタイプは、
      エニアのタイプ9(本能センター)と重なる部分が多くなります。

      つまり、全体として眺めれば
      内胚葉型には「感情センター」が相応しいのですが、
      タイプ毎に眺めれば、
      「思考センター」と「本能センター」とに分かれるという、、
      不思議な結論になってしまいます。

      個人的には、躁鬱的な性格と最も親和性が
      高いのはタイプ7だと考えています。
      そのタイプ7が感情センターに含まれないのは、
      不自然だとも感じています。
      その一方で、思考センターという言葉が最も相応しいのも
      タイプ7だと考えています。

      • 私自身、エニアとストレングス・ファインダー以外の性格分類を殆ど知らなかったりします。
        どんな分類法であれ、それが生み出された経緯や背景、文化とか物語性があると思います。
        なので、比較してどうこうというよりは、各世界観にドップリハマるのが吉だと思っとります。
        学問的アプローチは苦手ですし(苦笑)。
        ただ、言葉の使い方、もっといえば翻訳の仕方の問題は、見過ごせないと思うことがままあります。
        この感情センターというのは、その筆頭格ですね。
        そもそも感情って物凄く意味の幅が広い言葉だと思うので。
        「感情=躁鬱的」とすると確かにタイプ7が、あと意外と6もそうかなと思うときがあります。
        情緒的とか気持ちや心となるとタイプ4や2なんですけどね。
        ただ、感情センターに共通する価値感は「自分の見え方にコダワル=イメージ戦略」ってことですから、
        イメージ(印象)センターという言い方をした方がいいのかもしれません。

  3. 銀河の雫☆彡

    躁鬱的な性格とは、
    感情が豊か以外にも、心が温かいとか、
    寛容で共感力があって誰からも好かれるとか、
    ユーモアがあるとか、柔軟でアイデアが豊富とか、
    (創造性が高い理由は、この気質の幼児性が高いからです)
    コミュニケーション能力が高いとか、
    そういう傾向のあるタイプです。
    なので感情的な、、というよりも、
    感性が豊かとか、癒し系とか、ハートフルな、
    という表現の方が適当かもしれませんね。

    >感情センターに共通する価値感は
    >「自分の見え方にコダワル=イメージ戦略」
    自分の見え方にコダワルという心理の裏には、
    「人目を気にかける」という性質が働いているように思います。
    確かにタイプ2、3、4の人は人目を気にかけるところは
    ある感じですね。
    ただ、人目を気にかける傾向はあるにしても、
    その対応はタイプごとに異なる気がします。
    タイプ2、3の人は、人目を気にするし、
    期待(希望)とか権威とか、世間一般の基準に沿おうとする、
    あるいは尊重しようという意思が感じられる人が多いみたい。
    その一方、
    どちらかといえば個人主義的なタイプ4の人は、
    人目や規範が気になったからといって、
    その人目や権威・常識に沿った行動をしょうとはあまり
    考えず、むしろその逆を行きたがるみたいな。
    (和を乱すとか、協調性がないとも言えますが、、)
    その結果、
    イメージ戦略の方向性も各タイプごとに違って来たり。
    その点、型にはまらない自由人のタイプ7の人は、
    あまり人目を気にしない人が多い感じですね。
    そもそも集団の色に染まるタイプでもないし、
    だから人前でもリラックスしている人が多いのかな。

    • >なので感情的な、、というよりも、
      >感性が豊かとか、癒し系とか、ハートフルな、
      >という表現の方が適当かもしれませんね。

      そうですね。このあたり、いわゆるハーモニックの3つ組でいう、タイプ279の楽観型が該当するかもしれません。

      タイプ234における自己イメージ戦略は、その内容は3つともバラバラですが、常に誰かが自分のことを見ているという感覚があるんですよね。悪く言えば「ええかっこしー」というか。
      タイプ4でありたいタイプ7さんは結構いると思うのですが、人目の気にしなさにおいて明らかに感情センターではないことがわかります。
      集団との付き合い方は上手いのですが、基本的に優先するのは「個」であり、その意味で集団ありきのタイプ6とは違いますしね。
      羨ましい性格です(笑)。

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