リバースエニアグラム

エニアグラム矢印考察第23回「独自解釈のキッカケと公開の理由」

エニアグラム矢印考察第23回「独自解釈のキッカケと公開の理由」

リバエニの篠田工治です。

今回はエニアグラムの矢印考察第23回目です。

矢印考察一覧

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前回は、基本タイプへの帰還が精神力を回復させる理由として、基本タイプの特性発揮が根源的な欲求を満たし、心の快感を呼び起こすことをお伝えしました。

そして頻繁なタイプ移行をするためには回復ポイントである基本タイプに頻繁に帰還する必要があること、それゆえ篠田的矢印解釈のもう一つの柱は積極的近接タイプ移行主義であることもお伝えしました。

あと、疎遠タイプへの移行は理論的には可能であることもお伝えしました。

ただ、それは「移行の回数と滞在時間を減らし、基本タイプへの帰還ルートを確保して頻繁に精神力を補充できる」という条件があって初めて安全にできることであり、個人的にはオススメしないことを重ねてお伝えしておきます。

エニアグラム矢印考察第22回「基本タイプが精神力回復になる理由、積極的近接タイプ移行主義、全タイプに進む意味」エニアグラム矢印考察第22回「基本タイプが精神力回復になる理由、積極的近接タイプ移行主義、全タイプに進む意味」

 

矢印考察の予定

  1. シンボル図全体を眺めて感じたこと・・・
  2. 矢印の本質と「型」を持つことの意味・・・
  3. 篠田が考える矢印解釈
    1. 大前提「性格タイプは基本タイプを中心にして矢印双方向のタイプに頻繁に行き来する」・・・
    2. 矢印が生まれた理由=「環境変化」と「型崩れ」・・・
    3. 機能その1_環境変化(外的変化)に対する「適応」(前編)・・・
      型と柔軟性のいいとこ取り(中編)・・・
      なんでも1人でする必要はない(後編)・・・
    4. 機能その2_型崩れ(内的変化)に対する「調律」(前編)2つの矢印タイプは基本タイプの土台・・・
      根拠はエニア=弁証法(中編)・・・
      弁証法の螺旋的発展の法則=原点回帰と未来進化は同時に起こる(後編)・・・
    5. なぜ正方向に進みやすいのか・意識的な移行は可能なのか・移行先になりきれるか・・・
  4. 独自解釈の理由_基本タイプ第一主義とRPGから学ぶ4つの精神力理論・・・
  5. 基本タイプが精神力回復になる理由、積極的近接タイプ移行主義、全タイプに進む意味・・・
  6. 独自解釈のキッカケと公開の理由・・・今回はココ
  7. 他の矢印解釈に対する意見(仮)
  8. リバエニは何を目指すのか?誰の為のエニアなのか?(仮)

さて、今回は私が矢印を含めたエニアグラムに対し、独自解釈をするようになったキッカケと、それを公開する理由についてのお話です。

内容的には軽いというか簡単なのでお気楽にどうぞ。

「精神力」と「性格分類」は抜き差しならない関係

Field, Glasses

前回、前々回は精神力についてのお話でした。

これまでお伝えした独自的な矢印解釈は、この精神力というフィルター越しにエニアグラムを眺めた結果、生まれたモノだと言えます。

ただ一般的には「精神力」と「性格分類」は関係が無いように思えるかもしれません。

でも、前回の

  • その性格が本来持っている特性の発揮=精神力の大幅な回復
  • 精神力の回復があればこそ他の性格の特性を使うことができる

という仕組みの存在を知れば、「精神力」と「性格分類」は抜き差しならない関係にあることが分かるハズです。

しかしどのエニア書籍を読んでも、ネットで情報を探しても、ここまで精神力に言及している会派や指導者は見当たりません。

このあたり、私の解釈が全くの見当違いか、他の方と異なる視点を持っていたかのどちらかなのでしょう(苦笑)。

もちろん私としては後者だと思っていますが、それは私の性格タイプによるものか、それとも後天的に身に付けたものなのかは正直分かりません。

ただ言えるのは、エニアグラムの活動を始めてから、精神力が弱って精神病になっている人、かつて弱って精神病だった人に出会う率が高かった、ということです。

タイプ2は「助ける人」でもあるので、助けを必要とする人が目につきやすいとか、私自身が長いこと弱っていたのも事実でして、同じような人を引き寄せたのかもしれません。

いずれにせよ、そういう人達が多かったのは事実ですから、彼らに対して正面から向き合おうとするなら、自ずと精神力というモノに目を向けざるを得なかったワケです。

エニアに強い興味を持つ人は精神力が弱っている?

Session

例えば、私が最初に参加したエニアグラムのワークショップでは、何人かがウツになってワークに来れなくなりました。

どちらかと言えばその方々は、エニア年数が長い人だったので、そのことに物凄く違和感があったのです。

「えっ?エニアとは自らを救うツールではないの?なぜエニアを学んでるのにウツになるの?」という疑問が湧いたんですね。

その後、SNSで知り合った方々とやりとりしたり、お会いしたりして色々話を伺うと、やはり現在も何らかの心の病を抱えていたり、過去に大変だった人が多いのです。

今は休止している性格タイプの個別診断を希望された方々も同様なんですね。

だから、そもそもエニアに対して占い以上の興味や期待を持つ人は、精神力が弱っていたり枯渇している人が多いと私は思ったのです。

そして、ある程度学習年数が多い人の方が精神力が弱っている傾向があって、そのことがずっと不思議だったんです。

で、いろいろ観察したりお話をしているうちに、

  • そもそも自分のタイプを誤認している(意図しないタイプ移行)

もしくは、

  • 自分のタイプを正しく把握していても無理に矢印逆方向のタイプに居続けようとする(意図的なタイプ移行)

という人ほど精神力が弱まっていることに気づきました。

前者の場合、特に自分のタイプを疎遠タイプだと思っている人ほど精神的に参っていて、実際に精神病で通院している率が高めでした。

後者の場合は、学習年数が増えればそれだけ矢印を意識し、通説である「矢印逆方向=善」を信奉する人が多くなるので、それが原因だと思っています。

皮肉なもので、これとは逆に

  • 自分のタイプを正しく把握している
  • 自分はこれでいいんだと思っている
  • しかも矢印のことをあまり気にしない

というエニア学習者ほど心も充実し、生き生きと生活していることにも気付いてきました。

もちろんこれは私という一個人の視点であり、その人が本当に苦しんでいるのか、本当に活き活きとしているのか、実際の所は分かりません。

ただの勝手な思い込みである可能性はあります。

しかし、観察をすればするほど、矢印逆方向を善とする通説に対して、「なんか違うよなぁ」という疑問や違和感が大きくなっていきました。

それらの方々の表情を見て受け取った印象やフィーリングを素直に信じるのであれば、

  • 意識無意識を問わずそもそもタイプ移行は精神に負荷がかかるのではないか?
  • 同じタイプ移行でも疎遠タイプへの移行は精神への負荷が莫大なのではないか?

という仮説を立てざるを得なかったのです。

4人の先生の実例

Teacher

  • 同じタイプ移行でも疎遠タイプへの移行は精神への負荷が莫大なのではないか?

という点については、実際に「タイプ4でありたいタイプ7さん」とか「タイプ4でありたいタイプ6さん」と深いやりとりをしたのですが、言動が破綻していたり、ウツが長引いているという現実がありました。

実際、私自身もタイプ5的なことをしていて、その精神負荷は身をもって知りましたから、「疎遠タイプ=莫大な精神負荷」という解釈は間違いはないでしょう。

次に、

  • 意識無意識を問わずそもそもタイプ移行は精神に負荷がかかるのではないか?

という点については、つい最近までは中々自信が持てませんでしたが、やはり身の回りの知人観察によって、確信に変わりました。

たまたまその人達は全て先生業をやっているのですが、

  • タイプ7の先生2人
  • タイプ4の先生1人
  • タイプ1の先生1人

ってな感じでタイプ147の「個」優位な創造的グループがそろっています。

先生業ですから、生粋の先生(?)であるタイプ1特性の発揮が欠かせませんが、全員基本タイプか矢印タイプにタイプ1を持っていて、「教える立場」という環境に適応することができます。

しかし、タイプ4の先生は、あまりに矢印逆方向のタイプ1特性を出し過ぎて精神力が枯渇したのでしょうか。

ウツになって半年間学校を休むハメになりました。

実際の授業風景を私は何度も拝見したのですが、ウツになりかけの頃の授業はかなり無理をしたタイプ1さんって感じだったのが印象的でした。

今はウツも治り、特別支援学級の先生になって、生き生きと活躍されています。

(あんまりこういうこと書くとクレームが来そうですが)障害児とはいわゆる弱者であり、タイプ4は弱者へ寄り添うことが得意ですから、今の環境は本領発揮と言えるのです。

次にタイプ7の先生ですが、普段は気さくなタイプ7らしくて楽しく付き合えるのですが、二人共先生モードになると矢印正方向のタイプ1に移行します。

ただ、どうしても生粋のタイプ1とは違うので、多少なりとも表情に無理が見え隠れするんですよね。

で、一方のタイプ7先生は、そのあたりを上手に捌いているのでしょう。

ちゃんとタイプ7らしさも出したバランスのとれた授業風景で、かなり生徒から人気が高かったと記憶しています。

今は違う学校に赴任しましたが、うちの娘もいまだに慕っていたりします。

しかしもう一方のタイプ7先生は、とある時期からタイプ1にコダワリ過ぎると同時に矢印逆方向の5に行ったり、ウィングの6や8にも行きまくるという、混乱状態が続きました。

躁ウツを繰り返したり、周囲に食って掛かったりして、だんだん人は離れて行きました。

私はその方を仲の良い友人だと思っていたので、なんとか支えたかったのですが、流石にケンカを吹っかけられてまでは付き合えないと思い、離れることにしました。

最後にタイプ1の先生ですが、この人だけ既存のエニアを知っており、意識的に矢印逆方向のタイプ7に留まろうとすることが多いのです。

素で教えている分にはタイプ1らしくてとても良かったのですが、それ以外は無理をしている感が有り有りで、物凄く違和感を感じてました。

かと思えばタイプ4的に身を引いたりして、精神力が常に消耗している状態で、なかなか生活も上手く行っていないようでした。

原因不明の体の痛みを訴えていたことも特徴的です。

このように、「先生」という特定の立場に限定して4人の方を観察したら、

  • 矢印はどちらの方向に進んだとしても、無理をしてそこに留まれば精神力が消耗し、生活も上手くいかない
  • 自分の性格タイプを発揮している場合は精神力も生活も充実している

という結果になったのです。

そんなことから

  • 意識無意識を問わずそもそもタイプ移行は精神に負荷がかかるのではないか?

という説に自信が持てるようになりました。

精神力を枯渇した人への手助けが、自らの精神力回復にも繋がる

Speech

ただ、自説に自信が持てることと、それを公開し主張することは別物です。

元来、タイプ2というのは自らが前面に立って声高に何かを主張するというのは苦手で怖いのです。

「主従」という関係があれば基本的には「従」のポジションを選びがちで、「主」の人を補佐する「ナンバー2」的ポジションが好きなんです。

それゆえ異説を唱えることに気後れし、論理的な思考や研究が苦手なこともあって、矢印の解釈をまとめるのに2年以上かかりました。

なんとか公開に漕ぎ着けたのは、精神力が枯渇している方々をなんとか助けられないか、という想いが消えなかったからでしょう。

その想いが、自分が前面に立って異説を唱えることへの恐怖と気後れを打ち消してくれたんですね。

とは言うものの、今でも「サポートするから誰か私の代わりに主張してくれないかなぁ」と思いますし、公開できた嬉しさや安堵感よりも「あぁ、とうとう大それたことをやっちまった」というアセリや戸惑いの方が強かったりします(苦笑)。

でも既存のエニアで違和感を感じていたり、通説にコダワルことで精神力を空っぽにしてしまう人がいるなら、性格上知らんぷりはできないし、したくない。

それは周囲から見れば利他的な考えに映るかもしれませんが、私にとっては基本タイプの欲求、我欲を満たせるまたとないチャンス。

そして基本タイプの欲求を満たせば精神力が回復するのですから、精神力を枯渇した人への手助けは、自らの精神力回復にも繋がるのです。

利己心が利他に繋がるのですから、これっていわゆるWin-Winの関係ですよね。

以上が、エニアグラムにおける独自解釈のキッカケであり、それを公開した理由なんです。


今回はここまで。

内容的にまとめは要らないですよね。

さて、次回ですが、これまでの篠田的矢印解釈を踏まえた上で、他会派の解釈に対する意見や所感などを簡単に書こうと思います。

「存在するものは合理的」という例の言葉があるので、あまり批判的にならないように気をつけるつもりです。

ですが批判的になりすぎた場合は、この論点は省いて考察最後の論点に進もうと思っています。

それではまた。

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