リバースエニアグラム

エニアグラム矢印考察第24回「リバエニは何を目指すのか?誰の為のエニアなのか?」

エニアグラム矢印考察第24回「リバエニは何を目指すのか?誰の為のエニアなのか?」

リバエニの篠田工治です。

今回はエニアグラムの矢印考察第24回目です。

矢印考察一覧

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前回は

  • 本来のタイプへの帰還が精神力の回復になる以上、精神力と性格分類は抜き差しならない関係である
  • エニアに強い興味を持つ人は精神力が弱っている人が多いと感じる
  • 4人の先生の検証によってタイプ移行は精神力を消耗すること、生き生きとした生活には基本タイプらしさが必要なことが判明した
  • 矢印の独自解釈のキッカケは精神力を枯渇した人への手助けが、自らの精神力回復にも繋がると感じたこと

という点についてお伝えしました。

エニアグラム矢印考察第23回「独自解釈のキッカケと公開の理由」エニアグラム矢印考察第23回「独自解釈のキッカケと公開の理由」

これで篠田的矢印解釈の解説は実質的に終わったことになります。

まぁ、かなり紆余曲折があったものの、なんとかここまで漕ぎ着けることができました。

ホッとすると同時にアタマ使いすぎてグッタリしています(苦笑)。

矢印考察の予定

  1. シンボル図全体を眺めて感じたこと・・・
  2. 矢印の本質と「型」を持つことの意味・・・
  3. 篠田が考える矢印解釈
    1. 大前提「性格タイプは基本タイプを中心にして矢印双方向のタイプに頻繁に行き来する」・・・
    2. 矢印が生まれた理由=「環境変化」と「型崩れ」・・・
    3. 機能その1_環境変化(外的変化)に対する「適応」(前編)・・・
      型と柔軟性のいいとこ取り(中編)・・・
      なんでも1人でする必要はない(後編)・・・
    4. 機能その2_型崩れ(内的変化)に対する「調律」(前編)2つの矢印タイプは基本タイプの土台・・・
      根拠はエニア=弁証法(中編)・・・
      弁証法の螺旋的発展の法則=原点回帰と未来進化は同時に起こる(後編)・・・
    5. なぜ正方向に進みやすいのか・意識的な移行は可能なのか・移行先になりきれるか・・・
  4. 独自解釈の理由_基本タイプ第一主義とRPGから学ぶ4つの精神力理論・・・
  5. 基本タイプが精神力回復になる理由、積極的近接タイプ移行主義、全タイプに進む意味・・・
  6. 独自解釈のキッカケと公開の理由・・・
  7. リバエニは何を目指すのか?誰の為のエニアなのか?・・・今回はココ
  8. 他の矢印解釈に対する意見(仮)

さて今回は予告していた「エニアグラムの他会派、指導者の矢印解釈に対する意見」ではなく、最後に予定していた「リバエニは何を目指すのか?誰の為のエニアなのか?」という論点を先にやります。

その方が話しの流れがよいというか、リバエニと他会派との違いがハッキリしやすくなると思うからです。

矢印考察を始めたキッカケ

Color

元はと言えば、この矢印考察を始めたキッカケは、既存のエニア会派や指導者の矢印解釈が、もっと言えば彼らが抱える価値感に対し、違和感や不満が抑えきれなくなったことにありました。

(そのあたりはこちらの記事「足りないのは勇気。」にも書いています)

エニアグラムの論点の内、各性格タイプの解説は色を着けにくい部分なので、会派による違いは実はそれほど見られません。(ここが会派によってバラバラだと、もはや性格分類としての体をなさなくなるので)

しかし、基本タイプとは何か?とか矢印とは何か?という論点は、クドイようですが結局はシンボル図に何を見出すのか、という個々の感性に任されたアートの世界なのです。

そしてアートの本質は、表現者の価値感をどう見せていくか?ということに尽きます。

だから各会派や指導者が抱える価値感、そして彼らが属する業界やジャンルの価値感がモロに表れてくるのが「基本タイプとは何か?矢印とは何か?」という論点なんですね。

ここでいうジャンルや業界とは

  • 精神修養系
    • 宗教(主にキリスト教)
    • 神秘・秘教
    • スピリチュアル・癒し
  • 研究・分析系
    • 精神医学
    • 心理学
    • 性格学
  • 実利・現場系
    • マネジメント
    • リーダー研修
    • コーチング
    • コミュニケーション向上(男女・親子・上司部下)
    • 適職・天職
  • 占い・娯楽系
    • 運命
    • 相性

などを指します。

実際これまでのエニアは、上記ジャンルや業界が抱える価値感を肯定し、補完補強する為に採り入れられてきたのです。

それはエニアグラムを世に出したグルジェフ氏であっても、性格分類としての道筋をつけたオスカーイチャーゾ氏であっても同じこと。

ベースとなる価値感が先にあって、エニアはその上に乗っかっているモチーフに過ぎないんです。

ennnea_simbol

これは、エニアグラムが抽象的な図形だからこそ出来る芸当です。

だからエニアの解釈は、発信者の価値感に沿った内容になるのは当たり前で、発信者によって基本タイプや矢印の解釈が違う、というのがアートとしては正しい姿なのでしょう。

そして、私が既存のエニアに感じる違和感や不満というのは、上記既存のジャンルや業界が抱える価値感が、全てではないものの所々自分の価値感とは反りが合わない、ということなのです。

これがもし科学の世界であれば、既存の価値感が気に入らなかったとしても、結局はそれを受け入れるしかありません。

でもアートの世界であれば、自分がもともと持っている価値感をベースに、新たな価値感、世界観を作りあげれば良いのです。

それが一連の矢印考察の目的であり、キッカケだったのです。

自分らしく生きておらず、精神力が消耗している人の為に

Bud

では矢印考察を通して明確になった篠田の価値感とは一体何か?

それを書く前に、大事なことを先にお伝えします。

それは、そもそも価値感を伝えるという行為は、自分1人では完結できないということです。

例え無意識ではあっても、聞き手という存在を前提にするか、未来の聞き手に向かって為されるのが価値感の発信なんです。

よくビジネスやマーケティングの世界では、「一番大事なのは誰に何を提供するか決めることだ」なんて言われます。

重要なのはその順番で、「何」を提供するか決める前に、まずは「誰」を対象にすべきかを決めなくてはなりません。

これはアートの世界も同じでして、作品を誰にも見せないなら「誰に」を考える必要はないでしょう。

でもアートを成業にしようとしたり、ムーブメントを起こそうとするなら、「それは一体誰のための価値感なのか?」という点を明確にする必要があるんです。

ただ、このあたりについて、実は前回殆どお伝えしています。

篠田エニアを伝えたい人、それは「自分らしく生きておらず、精神力が消耗している人」です。

数年のエニア活動だけでなく、普段の生活においても、私の気はそういう人ばかりに向いていました。

自分の性格タイプの影響でしょうか、「自分らしく生きておらず、精神力が消耗している人」を何とか助けたいという身勝手でお節介な想い。

そういう人を救えなかった口惜しさ。

その為に、無理を承知で無いアタマを使い、屁理屈こね回して独自解釈を組み立てたのです。

だから私が価値感を伝えたい人は、「自分らしく生きておらず、精神力が消耗している人」であり、別の言葉で言えば、「未だ開花できず輝いていない人」なのです。

生の充実の為に餅は餅屋な生き方を目指そう!

omochi

「誰に伝えたいのか?」が決まれば、実は伝えたい価値感は殆ど決まってしまいます。

それは一文で表すなら「生の充実の為に餅は餅屋な生き方を目指そう!」ってことです。

繋げると

自分らしく生きておらず、精神力が消耗している人へ、生の充実の為に餅は餅屋な生き方を目指そう!

というメッセージになり、これが篠田エニアの根本的な価値感なんです。

復習がてら、矢印考察に出てきた論点をざっと眺めます。

  • エニア=アート、自由な解釈OK、ハブ図(人型)、オールスター
  • エニアグラム=弁証法=3と7の法則による段階的進化=温故知新
  • エニアグラム=人が生き抜く為に生まれた3つのシステムが組み合わさって初めて機能する統合的生存システム=9つのハブ構造(人型)の円状結合
    • 1.基本タイプ=メインシステム、基本タイプ第一主義=一つの型を持つことの大きなメリット、中心点、中継点
    • 2.タイプ移行=基本タイプを補完するサブシステム=積極的近接タイプ移行主義=矢印タイプへの移行は双方向とも必要不可欠
      • 1.適応機能=外的変化に対する制限付き柔軟性(型を持つことと完全自由な柔軟性とのいいとこ取り)
      • 2.調律(修復)機能=矢印タイプは基本タイプの土台=矢印正方向のタイプ(過去)と逆方向(未来)への時間旅行により、現在である基本タイプの型崩れ(内的変化)を修復する(過去である矢印正方向に先に進むのが正しい=温故知新)
    • 3.他者との協力関係=2つのシステムを補完するサブシステム=矢印によって行けなくなった疎遠タイプの穴埋め、相互扶助、役割担当、帰属集団の強化発展、種としての進化
  • 精神力にまつわる論点
    • RPGの魔法で例える4つの精神力理論
      • 1.タイプ移行=あるべき姿をねじ曲げる魔法なので精神力(MP)を消費する
      • 2.近接タイプは低コスト高効果、疎遠タイプは高コスト低効果
      • 3.精神力の枯渇は肉体的生命力を削る
      • 4.基本タイプに帰還すれば精神力は回復する
    • エニアグラムに深く興味を持つ人には精神力が弱っている人が多い(そういう人が目につく)
    • 観察から分かったこと=どちらの方向でも矢印タイプに留まり続ければ心身を病む、基本タイプの発揮が生き生きとした人生に繋がる
    • 基本タイプへの帰還は根源的な欲求の充足だから精神力が回復する
    • 精神力を回復すればこそ頻繁なタイプ移行も可能になる
    • 疎遠タイプに進むのは精神力の回復が確保できれば可能だがオススメしない

よくもまぁ、これだけの論点を書いたなぁと自分でもビックリです(苦笑)。

が、私が特に強調したいのは次の3点です。

  1. 生き抜く力、精神力回復ポイントとしての基本タイプへの帰還と活用、欲の充足
  2. 他者との協力関係という相互扶助、役割担当
  3. エニアグラムとは3つのシステムが組み合わさって初めて機能する統合的生存システム

1の個人的な欲の充足と2の共同体の一員として役割を担うことは、一見関係がなく、向いている方向も真逆だと言っていいでしょう。

しかし、その2つはタイプ移行と合わせて一つのシステムに統合されているため、それぞれがバラバラではなく密接かつ同時に機能するのです。

だからこそこれまでの考察でお伝えしたとおり、

  • 矢印タイプへの移行が基本タイプの発揮に力を貸してくれる
  • 基本タイプの発揮がタイプ移行にかかる精神エネルギーを回復してくれる
  • 他者との協力関係が、移行先の制限によって生まれた疎遠タイプという穴を埋めてくれる

という相互補完的な関係が見られるんですね。

それと同じく、基本タイプ特性の活用という我欲を満たすことは、他者との協力関係という役割を担うことに繋がるのです。

これは何もエニアグラムに限定した話ではありません。

例えば物凄い物欲があるとして、それは確かに自分本位なものかもしれません。

でも、その物欲の結果、為された売買は、作り手や売り手といった他者の収入を生むという役割も担っているのです。

逆に言えば、作り手や売り手は収入が欲しいという欲を満たす為、買い手の物欲を満たしてあげるという役割を担っているのです。

Apple products

当サイトはmacやiPhone、iPadで見ている人が多いことが分かっていますが、Apple社には、そんなあなた方の物欲を満たすという大事な役割があるのです(笑)

つまりもともと「欲の追求」と「誰かの役を担うこと」は表裏一体、言わば「欲役一体」の関係にあるんです。

だから集団の利益である役を担う為には、我欲という執着は放棄するのではなく逆に満たさなくてはならないってことになります。

欲と役は一体なのだから、共に充足した状態、言わば「欲役充足」が理想なのです。

確かに欲とか我欲という言葉には、自分勝手でネガティブなイメージが漂います。

だから、欲の充足や追求というと、なんとなく引け目を感じたり、何か悪いことをしているような気分になるのも事実です。(特に日本の社会においては)

でも、「好きこそものの上手なれ」のことわざが示すとおり、結局自分が本心からやりたいこと、好きなことをやらなければ、本来持っているパワーを発揮できないのです。

そして、そこまでのパワーを発揮出来なければ、自分らしく生きることも、他者に対して貢献することも難しくなるのです。

多かれ少なかれ、人が生きていくのにポジション争いは避けて通ることができません。

そして社会性を持つ群れなす動物である人間は、共同体において何らかの役割を果たすことを義務付けられた存在です。

だからこそ、人はもっと自分の基本タイプの欲に忠実に従って使命や天命という名のポジションを見出し、その力で共同体を助け、足りない部分は存分に他者から助けてもらえばいいのです。

それが「餅は餅屋」ということわざの本当の意味であり、生の充実、幸せのカタチだと思っています。

そしてこの言葉は、自分の居場所を確保して輝かせるだけでなく、他者の居場所と輝きを尊重する言葉でもあるのです。

矢印考察第12回のエニアグラムのシンボル図の解釈として「オールスターズ」、すなわち

人が力強く、独自性を発揮し、役割を担って精一杯生きていくその様(さま)は1つの「輝き」に例えてもいい

とお伝えしました。

エニアシンボル図オールスターズ

まさに全てのタイプが輝いた状態こそが「餅は餅屋」という真の調和を意味しているのです。

まぁ、人にとって生の充実、幸せのカタチはいろいろあると思いますし、「餅は餅屋」なんて理想論に過ぎないとか、それこそ「絵に描いた餅」だと思うかもしれません。

でも、古今東西の叡智のカタマリであるエニアグラムを使えば、そんな理想的な生き方を目指せると私は信じているのです。

「自分らしく生きておらず、精神力が消耗している人へ、生の充実の為に餅は餅屋な生き方を目指そう!」

これがリバースエニアグラムが目指すモノです。


今回はここまで。

さて、次回ですが、長々と続いてきた矢印考察の最終回です。

ホントはやらないほうが角が立たなくていいのでしょうが、批判を覚悟でエニアの他会派・指導者の矢印解釈について、幾つか意見を述べようと思います。

それではまた。

追伸

冒頭で書いたように、アタマを酷使しすぎて最終回を待たずに息切れ状態です(苦笑)。

なので、中々考えがまとまらず、早く終わらせたいのに2週間ほど時間がかかってしまいました。

いつも以上に論理的な考え方ができなくなっていると思いますので(汗)、話の流れがおかしかったら下のコメントもしくは問い合わせにてご指摘いただけると幸いです。

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