リバースエニアグラム

エニアにおける「自由」と「解放」の意味

エニアにおける「自由」と「解放」の意味

リバエニの篠田です。

今回は珍しく短いネタを備忘録的に。

つい先日、久しぶりにネットでエニアの他会派調査をしていたのですが、 安村明史氏が率いるエニアグラムコーチングさんのサイトにこんなことが書いてありました。

エニアグラムコーチングとは|株式会社エニアグラムコーチングエニアグラムコーチングとは|株式会社エニアグラムコーチング

エニアグラムコーチング学習の目的は、唯一つです。それは自我からの自由、自我から離れていくことにより、人間が本来持つ本質の豊かさを解き放つことです。自我から自由になるということは、怖れや苦悩、執着することが減じていくことです。また自我からの自由こそが、人間の本質的人格の成長(人間の器が大きくなること)です。

同氏の書籍を読み、同社のワークを受講した方のコメントを少しだけ聞いた限りでは、上記抜粋文は意外だったというか、完全に調査不足でした。

単に私の先入観ですが、コーチングというと、もっと合理的で具体的な目的、いわゆる「成功」を目指すツールだと思っていたからです。

だから同会派のエニアは矢印考察最終回でお伝えした「実利現場系=学問と知恵の神的な価値感」に属すると考えていました。

しかし上記ページを拝見する限りでは、エニアグラムコーチングさんは国際コミュニオンさんやC+F(シープラスエフ)研究所さんと同じように「精神修養系=天父神的な価値感」に属すると言った方が良いかもしれません。

で、ここで注目して欲しいのは

自我からの自由、自我から離れていくことにより、人間が本来持つ本質の豊かさを解き放つ

のくだりです。

この考え方は古今東西を問わず、多くの宗教やスピリチュアルといった精神修養分野においては普遍かつ金字塔的な価値感だったりします。

だからこれをエニアグラム的な言葉に落とし込めば、

「基本タイプという困った自我から自由になることで、矢印逆方向タイプという素晴らしい本質が解放される」

ということになり、既存のエニア会派の主流的な矢印解釈になるワケです。

例の「存在するものは全て合理的」という言葉に従えば、これはこれで必要な考え方ではあります。

しかし地母神的なリバエニとは価値感が異なるというか、「自由」と「解放」の意味するモノが違うんです。

具体的には「自由」とは「他者の価値感からの自由」を意味し、「解放」とは「本来の自分、あるがままの自分である基本タイプを解き放つこと」を意味するのです。

このあたりについては、同じく矢印考察最終回でマーカス・バッキンガム氏の「最高のリーダー、マネージャーがいつも考えているたったひとつのこと」という書籍を引用しながら次のようにお伝えしました。

個々の特性や才能を活かすことは、自由であり、解放であり、貢献である。
そのためには特性ではなく、環境の方を変えていく。

「基本タイプ第一主義」を採るリバエニとしては当たり前な考え方になります。

精神的に弱っていたり、自分の生き方そのものにブレが生じているのであれば、「器の成長」という高みを目指す以前に、自己肯定感や自己重要感を高める必要があります。

そんな時は、他者の価値感に染まった、いわゆる洗脳状態から自由になることが先決なのです。

短いですが今回はここまで。

それではまた。

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