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リバエニが抱える価値感とサービス方針_その3

リバエニが抱える価値感とサービス方針_その3

リバエニの篠田です。

前回は前々回に引き続き、リバエニが抱える価値感、サービスの方針をお伝えしました。

  1. 精神力回復(欲役充足)
  2. 自分指向
  3. 他者依存
  4. 個別支援サービス
リバエニが抱える価値感とサービス方針_その2リバエニが抱える価値感とサービス方針_その2

今回は残り3つの

  • オンライン主体
  • 親身
  • 叱咤激励

という価値感、方針についてお伝えします。

NOオフライン主体 YESオンライン主体

It

リバエニ5つ目の方針ですが、それはオンラインサービスに特化するってことです。

前回、個別支援サービスという方針を採る理由の一つとして、集団学習は場所・日程・拘束時間のハードルが高いとお伝えしました。

たしかに個別対応であれば日程については融通が利くのですが、毎回何処かで直接会うのであれば、地方在住者や忙しい人にとって参加が難しいことに変わりありません。

私自身、フルタイム勤務(帰宅はいつも21時過ぎ)の嫁と小中学生の子供の面倒を見る地方在住の主夫ですから、そもそも長時間家を空けて遠くに出向くことが難しいのです。

そして個別対応とは、受け手にとっては効率がいいのですが、提供側にとっては恐ろしく手間暇のかかるサービス形態です。(だからみんな避けたがる)

タダでさえ使える時間が限られているのに、これから時間のかかるサービスをやろうとするのですから、私としても移動という無駄な時間は極力使いたくないのです。

この問題を解決しようとすれば、自ずと活動の場はオフラインではなくオンライン、インターネット上ってことになります。

具体的には

  • Eメール
  • 専用Webサイト
  • 音声ダウンロード
  • 動画ダウンロード
  • 音声チャット(補助的に電話)
  • ビデオチャット

などを使用します。

これらシステムの活用により、ユーザーさんは会場に行き来する時間と交通費を大幅に節約することができます。

今はノートPCやスマホ・タブレットなどのモバイル端末も普及しているので、それらを使えば好きな場所でサービスを受けることもできますしね。

これなら地方在住で忙しい方も参加しやすいのではないでしょうか。

昨今は上記オンラインシステムは殆ど無料か安価に利用できますし、私としても会場費と交通費がかからないワケですから、サービス料金もある程度抑えることができると思います。

あと会場に出向くことが不要なオンラインサービスのメリットとしては、

  1. サービスの利用が他者に知られにくい
  2. 遅い時間にやりとりができる(今のところ21時ー23時を予定)
  3. 直接篠田に会わなくてもいいという安心感(?)がある
  4. 外を出歩かずに済むので無理に身なりを整える必要がない

なども挙げられます。

1は特に男性が、3・4は特に女性にとってメリットではないでしょうか。

もちろん本当は実際に会って話をした方がいいとは思うんです。

文章だけは言うに及ばず、音声だけとかモニター越しのやりとりでは伝え切れないこと、感じ取れないことなんていっぱいありますから。

ただ実際に会うとなると、私もユーザーさんも一気にハードルが高くなるので、やっぱりオンライン主体でやっていこうと思います。

試行錯誤してやっていけば、オンラインのデメリットをカバーする運用もそのうち見つかるハズです。

NOビジネスライク YES親身

Care

リバエニ6つ目の方針ですが、どんなサービス形態であれ、親身な接し方になるよってことです。

ぶっちゃけこれは方針というよりは性格の問題でして

多分世話焼きオカンのような人間臭い距離感ゼロの接し方しかできないからよろしくね。それが嫌なら参加しない方がいいよ。

という注意書きだったりします(汗)。

「他者をとある目的に導く」という意味においては、私が考えるサービスはコンサルティングとかコーチングという職種に属するのかもしれません。

でも、そういうカタカナ職種って硬いというか、権威性やステータス性、距離を置くといったビジネスライクなイメージがあるんですよね。

まぁ実際そういう人はビジネスでやっているのでそれが当たり前ですし、顧客との関係は友達や身内ではありません。

目的達成の為にも「先生」と「弟子」という明確な立場の線引きは致し方ないのでしょう。

しかし、自分の半生を振り返ってみて、こういう関係性はどうにも苦手でして、やろうとしても上手くいかないし長続きもしないんです。

どんな業種や環境であれ、隙あらばパートナーとかアシスタントとかナンバー2とか裏に回った支援者的な役割に収まろうとしてしまうのです。

そうでなくても1回私と話せば分かると思いますが、権威性とかステータス性、カリスマ性なんかは殆ど無い(苦笑)。

精神修養の先生・研究者・指導者という肩書であれば、そういった特性が必要だと思いますが、自己確立や精神力回復のサポーター・ヘルパーという肩書ならば、フレンドリーさや親身さが活かせると思うのです。

これこそ餅は餅屋な生き方ですよね。

NO受容 YES叱咤激励

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さて7つ目、いよいよリバエニ最後の方針ですが、慰めや癒しといったテイストではなく、叱咤激励でいくよってことです。

叱咤激励には「大きな声で励ます」という意味で使われることが多いですが、ここでは文字通り「叱るように励ます・励ます為に叱る」という意味で捉えてください。

これも方針というよりは私の癖でして、相手のことを大事に想えば想うほど、段々熱くなってきて、叱るような物言いになることがあります。

イメージとしてはやっぱり金八先生とか仮面ライダーのおやっさん的と申しましょうか。(スミマセン他に思いつきません)

1970年代や80年代のドラマには、決まってこういう面倒見が良くて熱いキャラがいたものですが、今はウケないんでしょうね。

稀に出てきても半ばパロディとして扱われるのがせいぜいってところでしょう。(妖怪ウォッチのニャン八先生とかね)

ウケない理由は簡単で、励ましの為とはいえ、叱られて嬉しい人なんて基本的にはいないからです。

だから叱咤された人は、その場で激しく反発したり、以後距離を置くなどの拒否反応を示すことが多いです。

実際エニアがらみでも4,5回こういうことがありました。

で、こう見えてナイーブ(?)な私としては、その度に落ち込んだり、涙で枕を濡らすことになります(苦笑)。

だったら止めればいいのにと自分でも思うことがありますが、今後も大事な人やユーザーさんに対し、気後れすること無く叱咤激励を続けていこうと思っています。

叱咤がなければ気付きと行動から遠ざかる

Awareness

その理由ですが、時として人は叱咤されなければ自らの間違いに気付きにくいし、ケツを叩かれなくては中々行動に移りにくいからです。

多くの人は自身の何が問題であるかが本当の意味では理解していないし、実のところそんな話は聞きたくもないし、変化することは面倒臭いと思っています。

叱咤という行為は一般的には良くないこと避けるべきこととされますが、実はこの「大きい声で叱る」ことには、「あえて嫌がることをして他者の意識を強制的にこちらに向けさせ、何か問題が起こっていることを認知させる」という効能があります。

それは受け手にとって、良くも悪くも自分が抱えている問題を自覚するキッカケにはなるんですね。

もし本当に自分を変化させたいと思うなら、最初にすべきはこの「問題の自覚」であって、それが無い以上どれだけ口で変化したいと唱えたところでそれは叶わないのです。

問題があることを認めなければ変わろうという決心ができないし、当然変化の為の行動もできないからです。

問題の自覚の為には、時間をかけて優しく諭(さと)していく手もありますが、そもそも切羽詰まった人にはそんな時間はないし、それこそ毎日顔を見るような関係性でもなければそういう対応は難しいのです。

もっと言えば人間不遇であることにも慣れてしまうし、自己憐憫は蜜の味だったりします。

問題に対処しなければどんどん事態は悪くなるのに、不遇という「ぬるま湯」に浸かって変化に伴う苦痛を避け続けていれば、いずれ爆発、破綻、首が回らなくなる、といった危険性があります。

昨今は「傾聴」といって積極的に相手を理解しようとするスキルやカウンセリング手法にとどまらず、慰めや苦痛を癒やしてくれるサービスは世にゴマンとあります。

そういうサービスを利用すれば実際気持ちがいいし、状況改善の第一段階として必要なことでもあります。

でもそういった「受容」を打ち出したサービスでは人は中々変化できないんですね。

多くの場合、受容とは平和で平穏な波風を立てないことを良しとする価値感だからです。

本当の意味で自分らしい生き方を目指すのであれば、歯を食いしばって正面から問題に立ち向かい、変化のための行動を起こす必要があるのです。

そして変化の為の行動は、周囲との争いやトラブルが付き物ですから、なんらかの方法で一旦受容サービスから距離を置くことが望ましいのです。

前々回、他者を強制的に変えることはできないとお伝えしましたが、叱咤激励は他者が変化しようと意識したり、受容サービスから距離を置くキッカケづくりに大いに役立ってくれるのです。

まぁ実際のところ、受容と叱咤激励は表裏の関係というか順番の問題であって、どちらも同じくらい大事なことなんです。

ですがその内容は真逆になるので、1人の人間が両方のサービスを同時にやることは難しいのです。

で、結局これも選択の問題ですが、アレコレ悩んだ結果、私は叱咤激励を採ることにしました。

自分らしい生き方を取り戻すとは他者との軋轢や葛藤が伴う戦いであり、私はそういう人を応援したいのですから。

こういったことが私が叱咤激励という接し方を排除しない理由になります。

泥をかぶることも愛情の一つ

でも正直に言えば、これって素直には喜べないんです。

先ほども書きましたが叱咤を受けた相手は反発するか、避けるようになるか、必要以上に落ち込むかのいずれかの行動をとることが多いですから。

叱咤した側からすれば、親身であればあるほどそういった反応は辛く、悲しく、寂しい思いをするんですね。

さらに悪いことに他者を叱咤したことによって周囲の非難にさらされたり、仕返し・制裁・懲罰を受けることも実は少なくないのです。

だから叱咤激励とは泥をかぶる損な役回りなんです。

ただ、これはもう、殆ど無意識でやってしまうことなので仕方ないし、「どんな特性であれ欠点ではなく利点として活用できる場所・文脈を探そう」ってのが餅は餅屋の生き方です。

ユーザーさんに模範を示す為にも、その特性は抑えてはイカンのです(苦笑)。

逆に、これは体を張った親身な愛情表現であり、賢い人や「事なかれ主義」の人には決してできないことなんだ、と肯定的に捉えることにしました。

ごくごく稀ですが、第三者からお褒めいただいたり、感謝されることもありますし。

精神医療やカウンセリングの手法として叱咤というのはNGなのでしょうが、幸い私は医者でもなければカウンセラーでもありません。

そして私としても年がら年中叱っているわけでもなく、どちらかと言えば楽しく笑って人と接することが大半です。

この方針はあくまで「そういう時が来たら叱咤することに躊躇はしないよ」という意味ですから問題はないと思っています。

もちろんその後のフォローはしっかりやるつもりですし。


以上がリバエニが抱える価値感であり、今後のサービス方針になります。

  1. 精神力回復(欲役充足)
  2. 自分指向
  3. 他者依存
  4. 個別支援サービス
  5. オンライン主体
  6. 親身
  7. 叱咤激励

こうやって見ると私自身、何がやりたかったのか結構分かってきました。

恐らく既存のエニア会派が掲げる方針と真逆ですが、そもそも私はフリーな立場ですし、矢印考察の終盤でお伝えしたとおり目指す所が逆なのでこれでいいのです。

ただこれらは絶対的な価値感ではないので、今後活動していくなかで変わっていくことは当然あると思います。

そこは柔軟に修正していきますが、5.のオンライン主体以外の基本的な部分についてはそんなに変わらない気もしています。

嫌な言い方になってしまいますが、これら価値感がフィットしないと感じる方は、リバエニとは関わらないのが吉だと思います。

というワケで今回はここまで。

次回はようやく「餅は餅屋な生き方の個別支援サービス」のモニター募集記事です。

それではまた。

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