リバースエニアグラム

T1考察第1回「失楽園を反面教師に_タイプ1が抱える根源」

エニアグラムの案内人、篠田工治です。
 

予想以上に難産だったタイプ4考察も終わり、
ようやくホっとしているところです。
 

タイプ4の記事に幾つかコメントいただきまして、
有難うございます。
 

そしてお返事できなくてスミマセン。
 

ちゃんと読んでいるのですが、
せっかくタイプ4の方からのコメントなので、
下手に私がコメントつけないほうが
いいような気がして・・・。
 

実際、タイプ4の方の文章って、とても特徴的だと思います。
 

文章の中でも自問自答してたり、
もがいていたりして、
やっぱり悲劇の人なのだなと。
 

思うに、
タイプ4が表現したたモノは全て「作品」なんです。
 

絵画観賞会の追伸でお伝えしたとおり、
「作品」にアレコレ言葉を使って
いちいち評価をするのは野暮ってものですしね。
 

というわけで「苦しい言い訳」を終わります(爆)。
 

さて、シンプルエニアグラム。
 

今回からタイプ1考察が始まります。
 

「3・6・9・4・1・7・5・8・2」
 

おお、ようやく折り返し地点か(苦笑)。
 

タイプ4とタイプ1は共通する部分もあるのですが、
基本的には正反対な関係にあります。
 

性格の成り立ちもタイプ4と比べて、いたってシンプル。
 

「一体どうやって解釈したらいいんだろう?」って
ずーっと悩んでた箇所も
タイプ4をしっかり考察した甲斐あって(?)
アッサリお伝えできそうです。
 

それではシンプルにいきましょう。

失楽園を反面教師にする

いきなり「?」なタイトルですね(笑)。
 

この失楽園とは、 10年以上前に大ヒットした小説、ドラマの「失楽園」ではなく、
本来の意味の「失楽園」です。
 

では失楽園とはどういう意味か?
 

字ヅラ的には「楽園を失うこと」ですが、
ざっくり言うと
アダムとイブが神から「食べたらアカン!」と
注意された果物を食べちゃったんで
エデンの園」という楽園から追い出されちゃった
旧約聖書のお話です。
 

この場合の楽園とは
「理想郷」とか「天国に最も近い場所」
なんて言われますが、
話を単純化するために、ズバリ「天国」としましょう。
 

つまり旧約聖書において
人間の祖先とされるアダムとイブは
もともとは「大いなる神」と同じ天国に住んでいたんですね。
 

ところがある日、理由はどうであれ、
その天国から追放された。
 

その結果、
「大いなる神」から引き離されてしまったと。
 

あれれ、どこかで聞いた話ですねぇ(笑)。
 

もうお分かりだと思いますが、
この「アダムとイブの追放劇=失楽園」は、
まさしくタイプ4的な
「大いなるモノとの繋がりを喪失する悲劇」なんです。
 

さて、ここからは例え話です。
 

・・・
 

タイプ1は楽園に居合わせていて、
タイプ4の追放劇を一部始終見ていたんです。
 

そして大いなるモノを喪失したタイプ4が
その後に辿っていった苦難の道のりも。

タイプ1: 「喪失感があんなに激しい感情を生むのか、ありゃあ大変だ」
 
「ええ~っ、なんでなんで?
 やっとの想いで大いなるモノに近づけたのに
 自分から離れていったよ」
 
「あれじゃあ、いつまでたっても
 大いなるモノに繋がれないじゃん」
 
「と思ったら、また探してるよ。
 これがタイプ4の『押し引き』って奴か・・・。
 ぶっちゃけ難儀やなぁ」

 

タイプ1は流石にタイプ4と全く同じように振る舞うのは
マズイと思ったんですね。
 

そこでタイプ1はこう考えました。
 

タイプ1:
「うんうん。やっぱり大いなるモノを
 失っちゃいけないんだな」
 
「失わないようにするにはどうしたらいいんだろう?」
 
「どれどれ他のタイプも見てみよう。
 
 ・・・。
 
 へー、このタイプ9って共感力を駆使して
 他者の原動力を取り込んでるのね。
 
 むっちゃ器用やなー。」
 
「そうか!私も『大いなるモノ』を
 自分の中に取り込んじゃえばいいんだ!
 
 そうしたら2度と失わなくても済むよね」

 

言葉遣いが軽すぎるのはさておき(笑)。
 

話の流れ的には分かりますよね?
 

ようするにタイプ1はタイプ4の特徴を
反省するところから始まったのです。
 

これが「失楽園を反面教師にする」の正体です。
 

耳にタコができるくらい言いますが、
性格とは防衛戦略です。
 

なので「性格の違い」とは防衛戦略の違い
つまり
生き残る為に、別の方法を模索した結果、生まれたモノ
なんですね。
 

ここでタイプ4の方は
「反省」とか「反面教師」と言われてご立腹かもしれません。
 

でもね。
 

全てのタイプが少なからず、
他のタイプを反面教師としているんです。
 

ボリュームの関係でお伝えしませんでしたが、
タイプ4だって、タイプ2の戦略を反面教師として、
あのような「フクザツ」な生き残り戦略を
見出したワケです。
 

タイプ9の戦略もそうでしたよね。
 

タイプ3の強すぎる行動力と
タイプ6の強すぎる思考力(恐怖心ね)を反面教師として、
ある意味「ノーガード戦法」とも言える戦略を
編みだしたのでした。
 

というわけでタイプ1も同じように、
タイプ4の戦略を見直し、問題点を分析した結果、
大いなるモノを自分の体の中に宿す(やどす)という
アラワザを生み出したのです。

大いなるモノの宿し方

ここでもう一度「大いなるモノ」とは何だったのか、
おさらいしてみましょう。
 

タイプ4考察第3回『もっと光を!_絵画にみるタイプ4のイメージ

・タイプ4における大いなるモノとは一言でいうなら「光」である
・具体的には次のものがあげられる
 引き離されてしまった親
 まだ見ぬ理想化された親(実の親はちゃんといる)
 優れた実力者、権威者(並の権威者には反抗する)
 指導者、師、先生
 グル、カリスマ
 宇宙、大自然(太陽、月、山、海、川などなど)
 生命
 真理
 美
 教え、教義
 
 高い霊性
 現実を超えた次元
 見えない世界
 神秘
 夢
 故郷(郷愁)

 

あらためて見直すと
タイプ4が繋がりたいと望んでいるモノの
範囲って広いですね。
 

でもタイプ1については
もう少し範囲が狭いのです。
 

上のリストで太字にしておきましたが、
タイプ1が取り込もうとする大いなるモノとは
「神」的なイメージが強いんですね。
 

実際、何かの宗教に入信していて、
具体的な神を取り込んでいるタイプ1も
少なくはないのでしょう。
 

でも私がお伝えしたいのは
そういう個別具体的な「神」ではなく、
唯一」で「絶対的」で「厳しい権威者」のイメージです。
 

まぁ、旧約聖書から生まれた
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの「砂漠の神」は、
まさしくそんなイメージではあります。
 

さて。
 

一言で「神を自らに取り込む、宿す」といっても
あくまでこれは象徴的、イメージ的な言葉でしかありません。
 

なのでタイプ1が具体的にはどのようして、
神を取り込んでいるのかがとても気になります。
 

自然崇拝的な多神教であれば
 

「神が宿るとされている食べ物を口にする」
 

という発想はあるのでしょうけどね。
 

でも多くの場合、
「神」とは物質という形に制限されるものではないでしょう。
 

だからこそ「光」とか「霊魂」として
表されることが多いわけでして。
 

じゃあ、「光」や「霊魂」を取り込むといっても
やっぱりそれは象徴的というか
観念的なお話になってしまう。
 

炎とか電球を飲み込んだところで、
それはマジックショーにしかならないし、
「入魂!」と棒で殴られても痛いだけです(笑)。
 

では、タイプ1は一体どういう方法を使って
「神」を自らに宿すのでしょうか?
 




 

それは「神の教え」です。
 

いろんな解釈はあるのでしょうが、結局のところ
言葉としての神の教えを頭の中に叩きこむことしか、
神を自らに宿す方法はない
のです。

教えとは守るべきもの

古今東西。
 

宗教と呼ばれるものには
必ず「教え」というものがあります。
 

そしてどんな宗教であっても
「教え」は一つだけではなく、
複数揃っているものです。
 

そうやって複数のまとまった教えのことを
通常「教義」と言ったりします。
 

ではタイプ1はこの「教義」を
単純に頭の中に詰め込んでいけばいいのでしょうか?
 

もちろんそんなことはありません。
 

なにしろアダムとイブは
神の教えに、たった一度背いただけで
楽園を追放されたのです。
 

そんな厳しい神を自分の中に宿すのですから、
タイプ1は取り込んだ「教義」を
唯一絶対のモノとして忠実に守り続ける必要があります。

 

これが理想的な楽園に留まり続ける為の条件であり、
タイプ1の防衛戦略なのです。
 

そこから導きだされるタイプ1の根源は
 
準じなければ宿せない
 

です。
 

「準じる」というのは決まりを守るという意味ですね。
 

念のため、三省堂大辞林さんで調べます。

じゅん・ずる【準ずる/准ずる】
(1)ある根拠に従う。のっとる。
(2)正規なものにならう。なぞらえる。

はい、OK。合ってました。
 

「教義」とは、タイプ1の行動の指針であり、
まさしく「根拠」なワケです。
 

そして「正規なもの」という表現も
お固いイメージの「教義」にピッタリですね(笑)。
 

「準じなければ宿せない」の
「宿せない」というのは
「神を自分に中に宿せない」ということです。
 

それはすなわち「自分も楽園にいられない」のと
同じことなんですね。
 

ならばこそ、タイプ1にとって、
自分の中に取り込んだ「教義」とは守るべきもの
なのです。
 

それでは何故、タイプ1はそこまでして
自分の中に神を宿し、
理想的な楽園に居たがるのでしょうか?
 

それは・・・長くなったので次回のお楽しみ(笑)。
 

まとめます。

■失楽園を反面教師にする
・「失楽園」とは「アダムとイブの追放劇」
・それはまさしくタイプ4的な
 大いなるモノとの繋がりを喪失する悲劇
・タイプ1はそんなタイプ4の激しすぎる感情や
 「押し引き」の問題を「大いなるモノとの繋がり喪失」
 にあると判断した ・その結果、タイプ1は大いなるモノを自分の中に宿し、
 理想的な楽園に留まる方法を考えついた
■大いなるモノの宿し方
・タイプ1が考える大いなるモノとは「神」的なイメージ
・それは「唯一」で「絶対的」で「厳しい権威者」
・「言葉としての神の教え」を頭の中に入れることが
 神を自らに宿すことになる
■教えとは守るべきもの
・厳しい神を自分の中に宿す以上、
 タイプ1は取り込んだ「教義」を
 唯一絶対のモノとして忠実に守り続ける必要がある
・タイプ1の根源
「準じなければ宿せない」
・タイプ1にとって、自分の中に取り込んだ
 「教義」とは守るべきもの

 

でした。
 

それではまた。
 

【追伸】
 

実は小説、ドラマの「失楽園」って
なぜか興味が湧かなくて、今回の記事書くまで
ストーリー全く知らなかったんです。
 
で、しらべてみたところいわゆる心中物なのでした。  

やっぱり救いのない悲劇は苦手です・・・。
 

 

 

コメント
 

1 ■篠田工治さま
タイプ4のコメントについてのお話、的を射ていて面白かったです。

話してるというより気がつけば自分の世界(作品)を創りあげてますからね。たしかに。
お返事いただくとまた作品創りあげてますし(笑)

それでもまた語ります^^

またふと思ったんですが、ある意味では闇と形容できるタイプ4自身とタイプ4が求める大いなるもの(光)の関係って、恋愛に似てるような気がしました。

自分にはないと思う高嶺の花を求める。ロミオとジュリエット。叶わない、相応しくないと思ってるけど焦がれずにはいられない悲恋。

そんなイメージです。

タイプ4を見てタイプ1が考えた流れのお話も面白かったです。傍目から見てたらそれはそう思いますよね。

続き、楽しみにしております^^
神楽大王 2011-08-04 02:18:03
 

2 ■神楽大王さまへ
いつもコメント有難うございます。

>相応しくないと思ってるけど焦がれずにはいられない悲恋。

いいですね~。あ、その「表現」がですよ(汗)。

タイプ1のまとめをしていると、
大いなるモノを手に入れてしまったことの功罪につきるんですよね。

タイプ4の焦がれる気持ちが「神」を生み、
タイプ1が「神」を取り込み「預言者」として振舞う。

そんな関係性で捉えると
タイプ4とタイプ1は近くて遠い存在だと思えたり。

いずれにしても「大いなるモノ」の存在はタイプ14、それと7にとって大きなファクターなんです。

篠田工治 2011-08-04 15:45:28
 
 

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