リバースエニアグラム

T1考察第4回「怒れる人、タイプ1」

エニアグラムの案内人、篠田工治です。
 

お盆を挟んで、間が空いてしまいました。
 

ホント、夏は行事が多すぎて
時間確保が難しいです。
 

さて、シンプルエニアグラム。
 

前回はタイプ1が何故厳しい教えばかりを取り込むのか、
その理由についてのお話でした。
 

今回はタイプ1を代表する感情、「怒り」についてのお話です。
 

それではシンプルにいきましょう。
 

完全なる世界に必要な努力とは?

前回のお話では、タイプ1には
「正しく在りたい」
「ケチをつけられたくない」
「自立したい」
という欲求があることをお伝えしました。
 

そしてその欲求の裏側には
「タイプ1が幼少の頃に、
 実の父親像に対して頼ることができなかった」
という背景があるんでしたね。
 

その結果、タイプ1は自らの内面に
「100%守らなくてはならない絶対的に正しいルール」と
「ルールを厳守しているかどうかを常に監視する神の厳しいまなざし」を
取り込むことになりました。
 

「絶対的に正しいルール」を遵守できるのであれば、
それはタイプ1にとって「傷一つ無い完全なる世界」。
 

そこは誰からもケチがつかず、
問題や身の危険が一切起こらない空間です。
 

タイプ9の「癒しの湯」と同じように、
タイプ1にとって「完全なる世界」は
安心できる領域(縄張り)
なのです。
 

では、タイプ1が「完全なる世界」に留まる為に、
必要なことは何でしょうか?
 

言葉を換えると、タイプ1が
「正しく在りたい」
「ケチをつけられたくない」
「自立したい」
という欲求を満たすために
努力しなくてはならないことは何でしょうか?
 

それは「自律」「制御」「抑制」という
3つの言葉が鍵になります。
 

久し振りに三省堂大辞林さんにご登場願いましょう。
 

じりつ【自律】
(1)他からの支配や助力を受けず、自分の行動を自分の立てた規律に従って正しく規制すること。
(2)〔哲〕〔(ドイツ) Autonomie〕カント倫理学の中心概念。自己の欲望や他者の命令に依存せず、自らの意志で客観的な道徳法則を立ててこれに従うこと。

 

おお、まさしくタイプ1のためにあるような言葉(笑)。
 

「他からの支配や助力を受けず」の部分は
タイプ1の「自立したい」という欲求に対応します。
 

ここでいう「他」とは、
前回お伝えした実の父親像をイメージしてもらえば
分かりやすいでしょう。
 

そして「自分の立てた規律に従って」というのも、
タイプ1が「教え・ルール」を取り込むことに対応します。
 

「自分の行動を~正しく規制する」についても
「正しく在りたい」
「ケチをつけられたくない」というタイプ1の欲求に対応します。
 

「規制」の「規」とはルールとか型を意味します。
 

なので「自分の行動を~正しく規制する」というのは
「絶対的に正しいルールに自分の行動を合わせよう」という、
タイプ1の価値観そのままなワケです。
 

自律が「自分の行動を正しいルールに合わせること」であるならば。
 

その為に必要な努力が「制御」「抑制」になります。
 

せいぎょ【制御】
(1)おさえつけて自分の意のままにすること。
 
よくせい【抑制】
(1)たかぶろうとする感情、激しい欲望、衝動的な行動などをおさえてとめること。
(2)急激に進もうとするものをおさえとめること。

 

結局、この二つは同じことを言っています。
 

「絶対的に正しいルールに自分の行動を合わせる」為には、
自分の感情や欲望、衝動などをおさえつける努力が必要なんですね。
 

そういったものをおさえつけることに成功すれば、
「自分の意のまま」つまり自分自身をコントロールして
正しいルールに自分を合わせることができるからです。
 

自分で決めたルールを守る為に
 感情や欲望、衝動などをおさえつけてコントロールする

 

これが「完全な世界」に留まる為のタイプ1の努力なのです。
 

怒れる人、タイプ1

「自分の感情や欲望、衝動などをおさえること」が
タイプ1の努力目標であるとして。
 

実際に、おさえ続けることに問題は無いのでしょうか?
 

言い方を変えれば、この問いは
「人間にとって感情や欲望、衝動は不要なものなのか?」
と同じ意味になります。
 

もちろんどちらの問いも答えは「NO」です。
 

人間にとって感情や欲望、衝動は必要なものであり、
タイプ1といえど例外ではありません。

 

何故必要かといえば、
感情とか欲望、衝動は
動物的な本能や肉体に根付いた「機能」であり、
人が生き延びる為に身に付けた「パワー」そのもの
だからです。
 

でもタイプ1の選んだ「正しい教えに従う」という防衛戦略は、
人間が本来備えている「機能」や「パワー」をセーブすることで
成り立つ「キワドイシロモノ」なのです。
(これは他のタイプにも言えることですけどね)
 

本来生き延びる為に必要な、
「感情、欲望、衝動」をおさえこむというのは、
脳にとっては「生命の危機」以外の何者でもありません。
 

だからそれらを意思の力でおさえ続けるならば。
 

脳は最もパワフルな感情を呼び起こし、
「生命の危機」に対して
全力で対処しようとするんです。
 

それがタイプ1を代表する感情、「怒り」です。
 

なぜ「怒り」がタイプ1を代表する感情なのかというと、
タイプ1はその特徴ゆえ、知らず知らずのうちに
「怒り」を大きくしがちだからです。
 

次の章では
なぜタイプ1が「怒り」を大きくしがちなのか、
その理由について考えてみましょう。

タイプ1の怒りが大きくなる5つの理由

最初に結論ですが
タイプ1の怒りが大きくなる理由は次の5つです。
 

1.怒る自分は正しくない
2.厳しい神のまなざしのせいで理想が高くなる
3.他者の言動に対しても連帯責任を負う
4.完全な世界なんてない
5.他者との比較において不公平を感じる

 

ボリュームが多くなってしまうのですが、
全て大事な論点なので、 以下一つずつ説明していきますね。

1.怒る自分は正しくない

そもそもタイプ1の抱えるルールブックには
「怒ってはいけない」
と定められている
んですね。
 

確かに、しょっちゅう「怒り」を表している人というのは、
タイプ1がそうありたいと願う、
「真面目、勤勉、正直、公正、、理性的」
というイメージとはかけ離れています(苦笑)。
 

だからタイプ1にとって「怒ること」は正しくないのです。
 

でも感情をおさえることで生まれた「怒り」もまた、感情です。
 

それゆえタイプ1は「怒り」の感情もおさえようとします。
 

で、「怒り」をおさえたらどうなるのか?
 

おさえつけられた「怒り」はますます膨れ上がるのです。
 

2012.5.21追記
出典元は忘れましたが、もともと怒りという感情は
捕食者に咥えられて逃げ出そうともがく時に生まれた、
という説があります。
この説が正しければ怒りを抑えるのは、
今まさに食われようとしているのにもがくのを止めるのと
同じ意味になります。
だから「おさえつけられた怒りは膨れ上がる」という解釈は
外れてはいないと考えます。

2.厳しい神のまなざしのせいで理想が高くなる

タイプ1が取り込んだ「大いなる御方」は
タイプ1の努力を中々認めてくれません。
 

それどころか、
「もっと正しく」「もっと厳しく」
とタイプ1を急かし続けるのです。
 

その結果、タイプ1は放っておくと、
物凄く高いハードルを自分に課す
ようになるんです。
 

これがタイプ1の「高すぎる理想」という特徴です。
 

タイプ4考察で登場した「高すぎる理想」は
実はタイプ1と共通する特徴でもあります。
 

タイプ4の「高すぎる理想」は、
大いなるモノとの距離感、つまり「押し引き」と
手に届かないものを探し求める「探究心」を生み出しました。
 

それではタイプ1における「高すぎる理想」は
何を生み出すのでしょうか?

それは次の3つです。

a.間違いに対する過敏さ
b.自己批判
c.重圧感(プレッシャー・強い強迫感)

a.の間違いに対する過敏さとは、
間違いを察知するアンテナが大きくなって、
間違いに気づきやすくなることを指します。
 

すなわちそれは、
タイプ1が取り込んだルールブックへの照会件数が
増加することを意味するんですね。
 

照会件数が増えれば増えるほど、
教えを守れなくなる確率も増えることになります。
 

そうなると、いずれ完全なる世界を守りきれなくなって、
それがタイプ1の怒りを大きくします。
 

そうなれば、タイプ1はそんな自分が許せなくなるので、
b.の自己批判をするようになります。
 

批判とは本質的には「攻撃」ですから、自己批判とは
まさしく自分を攻撃することでもあります。
 

攻撃を受けると、脳は「生命の危機」と捉えるので
やはり怒りが大きくなるんですね。
 

そしてc.の重圧(プレッシャー)は
厳しい神のまなざしの存在が
タイプ1の中でドンドン大きくなることを意味します。
 

プレッシャーとは本質的には脅しであり、
やっぱりこれも「攻撃」の部類に入ります。
 

というわけで、「高すぎる理想」が生み出す

a.間違いに対する過敏さ
b.自己批判
c.重圧感(プレッシャー・強い強迫感)

はタイプ1の怒りを増幅させることになるんですね。

3.他者の言動に対しても連帯責任を負う

さきほど
「a.間違いに対する過敏さ」の話をしました。
 

タイプ1はその「正しくあらねばならない」という高い理想ゆえ、
「間違いに対するアンテナ」を大きく広げ、
「間違いに気づきやすくなる」のです。
 

ではそのアンテナは、
タイプ1本人にずっと向けられたままなのでしょうか?
 

もうお分かりだと思いますが、
「間違いに対するアンテナ」は
次第に他者へと向けられる
ようになります。
 

なぜならタイプ1が望む「完全な世界」とは、
タイプ1が安心できる領域、つまり空間であり縄張りだからです。
 

引きこもりでもない限り、
普段の生活空間に他者はいるものです。
 

つまり「同じ空間を共有する他者」は
タイプ1にとって「完全な世界」そのもの。

 

だから他者が犯す間違いは、
自分の犯した間違いでもあるのです。
 

自分の管理する領域内で
他者が犯す間違いについても
自分が責めを負う。
 

これは他者に対して「連帯責任」を負うということです。
 

例えるならタイプ1は
エデンの園の管理人や番人の役割を担う、
さしづめ「天使」とか「使徒」だと言えます。
 

だからアダムとイブのように、
絶対神の言いつけを背く輩がいれば、
それは管理人であるタイプ1の責任になるのです。
 

エデンの園がイメージしにくいなら、
ズバリ「中間管理職」と考えればよいでしょう。
 

部下が失態を犯した場合、
監督責任を問われる立場です。
 

役職なら係長あたりを想像すると
イメージしやすいと思います。
 

では、なぜ他者に対して「連帯責任」を負うようになると
怒りが大きくなるのでしょうか?
 

それは、タイプ1が内面に抱えているルールブックと
他者が抱えているルールブックの内容は
まったく別物
だからです。
 

はっきり言えば、
タイプ1の抱えている教えやルールは
正しさにこだわるあまり、
他のどのタイプと比べても厳しすぎるんです。
 

だからタイプ1が自分基準で物事を進めようとすると、
他者の言動は間違いだらけに見えてしまうんですね。

 

そしてその過ちは連帯責任によって
タイプ1自身の過ちにもなってしまう。
 

そしてこれを書くのはとても心苦しいのですが、
タイプ1が感じる「連帯責任」は、
タイプ1が言わば勝手に背負い込むことも多いのです。
 

「天使」にしろ「中間管理職」にしろ、
その責任を負う根拠があればまだいいのですが、
タイプ1にその根拠がない場合もある。
 

その場合、他者からすれば、
 

「なぜタイプ1から、ここまで厳しく言われなきゃならんの?」
 

という気分になるので、
中々素直に聞くことは難しく、
その結果タイプ1にとっては間違いだらけの行為が
続くことになりがちです。
 

この状態は連帯責任を負うタイプ1としては
恐怖以外の何者でもありません。
 

これもタイプ1の怒りが大きくなる理由の一つです。
 

4.完全な世界なんてない

身も蓋もない言い方ではありますが、
つまりはそういうことです。
 

(私にとっても)残念なことにこの世は
「不確定なこと」
「突発的なこと」
「あいまいなこと」
で満ち溢れているからです。
 

だからいくらタイプ1が「完全さ」を求めて
多大な努力を払ったとしても、
自分の取り込んだルールを100%守ることは
現実的にはとても難しい。
(もちろん可能な場合もあります)
 

他者の連帯責任を負ってしまえば、
更にその願いは絶望的になります。
 

その絶望は、やっぱり怒りを増幅するのです。
 

5.他者との比較において不公平を感じる

上記1.~4.は、
実はタイプ1が怒りを増幅させる順番になっています。
 

なのでこの「不公平感」が
最後にタイプ1の怒りを増幅させるモノ、
ということになります。
 

常に自分の言動を、
ルールブックに照らし合わせているタイプ1にとって、
自分を何かと見比べたり比較することは
とても自然なことです。
 

だからタイプ1は自分と他者を見比べて、
「やっぱり不公平だ」って思うんですね。
 

お伝えしてきたとおり、タイプ1としては
一生懸命自分を抑えてコントロールしているワケですよ。
 

そして常に正しいルールを守ろうと努力しているのに、
悲しいかな他者にはそこまでの意識がない。
 

それどころかタイプ1が絶対とするルールを捻じ曲げて
他者は勝手気ままに振舞っているようにしか見えないのです。
 

まぁ、ぶっちゃけて言ってしまえば、
タイプ1にも
「感情、欲望、衝動を解き放ちたい」
「勝手気ままに楽しみたい」
という隠れた願望があります。

 

だからこそその願望ゆえ
タイプ1の「不公平感」って 結構大きいものなんです。
 

そして「不公平感」ってようするに「不満」です。
 

大きな「不満」が何を生むかといえば、
やっぱりそれは「怒り」になるんですね。

怒りと憤りの違い

「タイプ1の怒りが大きくなる5つの理由」の説明が
思ったより長くなってしまいました(汗)。
 

1.怒る自分は正しくない
2.厳しい神のまなざしのせいで理想が高くなる
3.他者の言動に対しても連帯責任を負う
4.完全な世界なんてない
5.他者との比較において不公平を感じる

もう、お腹一杯な感じですが、
これでタイプ1が「怒れる人」だというのは
理解できたと思います。
 

ただ、上でお伝えしたとおり、
タイプ1は「怒り」をあらわにすることを避けるし、
おさえ込もうとします。
 

それは無意識レベルで、そう思っているので
実際のところタイプ1は、
自身が「怒っている」ことに気づいていないことがよくあります。
 

でも、それはタイプ1自身が気づいていないだけで、
その言動は「イライラ」したものになりますから、
周囲の人にその「怒り」はバレバレだったりします(苦笑)。
 

さて。
 

これまで散々「怒り」と書いてきましたが、
厳密にはタイプ1が抱くのは「怒り」ではなく
憤り(いきどおり)」です。
 

タイプ4考察では、
性格分類としてのエニアグラムを最初に提唱した
オスカーイチャーゾ氏が、
もともとタイプ4を「メランコリー(の人)」
と呼び表していたことをお伝えしました。
 

そして同氏は同じようにタイプ1のことを、
もともと「リゼントメント(resentmen)」、
つまり「憤り(の人)」と呼び表していたのです。
 

では「怒り」と「憤り」は、どう違うのか?
 

実はこのあたり、Web辞典では
明確な使い分けを説明しているものはありませんでした。
 

なので感覚的な違いになってしまうのですが、

・「怒り」=外に出す怒り
・「憤り」=外に出さず、内に溜まる怒り

このように捉えてください。
 

どちらも結局は「怒り」の感情を表しているので、
どちらの言葉を使ってもいいような気がします。
 

でもね。
 

タイプ1に限っては、
この違いをハッキリ認識すべきなんです。
 

なぜならタイプ1にとって、
「怒り」を外に出す場合と
外に出さず、おさえる場合とでは
その結果が正反対になるからです。
 

結論を言うと、
タイプ1が抱える「怒り」は外に出すべきです。
 

なぜなら「怒り」の感情は先ほどもお伝えしたとおり、
脳が「生命の危機」を感じたときに発揮する、
とてつもないパワーのカタマリだからです。
 

なので意思の力でおさえつけることなんて、
本来、できはしないのです。
 

とは言うものの、
通常タイプ1は「怒り」を内におさえこみ、
「憤り」の状態を続けることになります。
 

そうするとどうなるか。
 

一番パワフルな感情をおさえ込むには
それ以上にパワフルな精神力を消費します。

 

でも、人の精神力は有限ですから、
そんな状態が続くとそのうち精神力は枯渇してしまう
のです。
 

これが「ウツ(神経症としての鬱)」を招きます。
 

実際、タイプ1の人はウツになりやすく、
本にもそう書いてありますし、
私も見ているとそう感じます。
 

タイプ4の「憂鬱」は性格であり、特徴ですが、
ここでいうウツとは心の病です。
 

だからその状態に陥りやすいというのは
決して喜ばしいことではないのです。
 

よしんばウツにならなかったとしましょう。
 

でもよく言われることですが、
心と体って切り離せないので、
心は大丈夫でも
そのうち体に支障が出てくる
んです。
 

よく見られるのは「憤り」をおさえつける為に、
どこかの筋肉に常に力が入ってしまう状態です。
 

「強張る(こわばる)」とか「緊張」と言ってもいいでしょう。
 

あんまり実例を出すのはよくない気もしますが、
その多くは「」の筋肉に見受けられます。
 

「顎、口元、頬、コメカミ、眉間」などが
常に引きつっていたりします。
 

引きつっているだけならいいのですが、
これが恒常的に続くと「筋肉の緊張」は「痛み」に変わるのです。
 

顔の筋肉であれば、頭痛になったり、顎が痛んだりします。
 

その他「胸、腹、腰、足」などに力が入れば、そこが痛みだすのです。
 

肩こりもその一つに数えてもいいでしょう。
 

こうやって書くと「結局全身じゃん」という気がしますが
力の入る部位は人それぞれってことです。
 

このように「外に出せない怒り=憤り」は
タイプ1の心身を蝕む
ことが多いのです。
 

だからこそ、先ほどもお伝えしたとおり、
タイプ1においては「怒り」を外に出すべきなのです。
 

結局、「怒り」はおさえるとドンドン溜まっていくものだから、
その都度、外に吐き出してやる必要があるんですね。
 

確かに「表面化された怒り」には
物質や人間関係を破壊する側面があります。
 

でも、次のようなメリットもあるのです。
 

・物事を推し進めたり、改革する原動力になる
本当の自分の欲求に気づくことができる
・自分自身を縛るものに気づき、解放の手助けとなる
・心の淀みを洗い流し、柔らかな気持ちを取り戻せる(浄化作用)

 

これらのメリットは
何もタイプ1に限ったことではありません。
 

でも怒りを一番おさえこんでいるタイプ1にとっては
「怒りの発散」による恩恵を一番多く受け取ることができるのです。
 

じゃあ、どうしたら怒りが外に出せるのか?
ということになるのですが、
もう既に記事が長すぎるので、
一つだけその方法をお伝えします。
 

それは「憤り」を「義憤」に変えることです。
 

つまりですね。
 

タイプ1にとって怒ることが正しくないのであれば、
怒ることが正しい状況や文脈を作り出せばよい
ってことになります。
 

「正しいことを行う為にむしろ表すべき怒り=義憤」です。
 

そうすればタイプ1の「憤り」をうまく発散できるんですね。
 

具体的には市民運動、改革活動などがあります。
 

実際、こういうことに参加すれば
タイプ1にとって憤りを表面化してもよいという、
大儀名分に成り得るのです。
 

実際、私の知ってるタイプ1には
市民運動に関わっていた人がいますし、
地域活動などで憤りを程よく発散している人もいます。
 

タイプ1の人は、
こういった怒りの逃がし方を知っておくと良いでしょう。
 

・・・
 

今回はここまで。
 

まとめます。
 

■完全なる世界に必要な努力とは?
・タイプ1にとって「完全なる世界」は安心できる領域(縄張り)
・「完全なる世界」を守る為には
 「自律」「制御」「抑制」という努力が必要である
・それは「自分で決めたルールを守る為に
 感情や欲望、衝動などをおさえつけてコントロールする」
 という努力である
■怒れる人、タイプ1
・自分の感情や欲望、衝動などをおさえ続けることは
 タイプ1と言えど、不可能である
・その理由は、
 感情や欲望、衝動は本能や肉体に根付いた機能であり、
 生き延びる為の「パワー」そのものだから
・だから「感情や欲望、衝動」をおさえつけることは
 脳にとっては「生命の危機」であり、
 それが「怒り」という感情を生む
■タイプ1の怒りが大きくなる5つの理由
 1.怒る自分は正しくない
  ・そもそもタイプ1の抱えるルールブックには
   「怒ってはいけない」と定められている
 2.厳しい神のまなざしのせいで理想が高くなる
  ・「厳しい神のまなざし」が
   「もっと正しく」「もっと厳しく」
   とタイプ1を急かし続けることが「高すぎる理想」の原因
  ・「高すぎる理想」はタイプ1に次の影響を及ぼす
   a.間違いに対する過敏さ
   b.自己批判
   c.重圧感(プレッシャー・強い強迫感)
  ・これらの影響がタイプ1の怒りを増幅させる
 3.他者の言動に対しても連帯責任を負う
  ・上記「a.間違いに対する過敏さ」は
   次第に他者へと向けられる
  ・その理由は、
   タイプ1が望む「完全な世界」とは生活空間=縄張りであり、
   そこで接する他者もその範囲に含まれるから
  ・他者が犯す間違いは、自分の犯した間違いと感じる、
   「連帯責任」をタイプ1は負う様になる
  ・しかし、タイプ1の抱える「正しいルール」は
   他のタイプにとっては厳しすぎて遵守できない
  ・その為、タイプ1は常に自分が過ちを犯し続けているような
   感覚を抱くようになり、それが怒りを増幅させる
 4.完全な世界なんてない
  ・この世は
   「不確定なこと」
   「突発的なこと」
   「あいまいなこと」
   で満ち溢れている
  ・なのでタイプ1が抱える正しいルールを
   100%守りきるのは不可能
 5.他者との比較において不公平を感じる
  ・実はタイプ1には
   「感情、欲望、衝動を解き放ちたい」
   「勝手気ままに楽しみたい」
   という隠れた願望がある
  ・でもタイプ1はそういう願望をおさえて
   自分を厳しくコントロールしている
  ・なので自分と他者を比較した場合、
   不公平さを感じ、それが怒りを増幅させる
■怒りと憤りの違い
・厳密にはタイプ1が抱くのは「怒り」ではなく
 「憤り(いきどおり)」である
・両者の違いは次のとおり
「怒り」=外に出す怒り
「憤り」=外に出さず、内に溜まる怒り
・そもそも怒りの感情はパワフルなので
 ずっとおさえこんでいると心身を蝕むことになる
・なのでタイプ1が内に抱える「怒り」は外に出すべき
・「怒り」を外に出すメリットは次のとおり
  ・物事を推し進めたり、改革する原動力になる
  ・本当の自分の欲求に気づくことができる
  ・自分自身を縛るものに気づき、解放の手助けとなる
  ・心の淀みを洗い流し、柔らかな気持ちを取り戻せる(浄化作用)
  ・「正しい憤り=義憤」の形であれば大義名分になるので
   外に発散しやすい

 

でした。
 

今回は流石に話が細かくなりすぎた気がします。
 

ただ単純に「タイプ1の怒りは大きいんだよ」ってことを
伝えたかっただけなんですけどね(苦笑)。
 

次回はタイプ1考察の5回目、最終回です。
 

前回、今回ともに、ネガティブな話が多かったので、
最終回はタイプ1を「褒め殺す」つもりで書いてみます(笑)。
 

それではまた。
 
 

コメント
 

1 ■いつも更新ありがとうございます♪
タイプ1が怒りを発散した方がいい理由がよくわかりました。

怒りは義憤に変えるタイプ1、わかります。知人にいました。

周りからみても正しいという合意や支持が得られやすい活動の場に身をおき主張したりすることは、

タイプ1にとって安心して怒りを発散できるガス抜きの処方箋だったんですね。

これでまた繋がりました。

タイプ4もタイプ1も大いなるものとの関係を確立し実感するために必死なんですね。

両タイプ共に、エデンの園で神や世界に護られ幸せに暮らしていられるような安心感や喜びをすごく求めてるはずなのに、ちっともそれを感じてられてない感じがしました。余裕がないというか、決死ですね。

ブログへのコメント、ありがとうございました♪(^^)

あの記事から続けて僕の自己探求と合わせる形で、昨日アップした記事にてエニアグラムとこちらのブログをご紹介させていただきました(^^)

なんだか半ば感想文みたいな紹介になりました。
神楽大王 2011-08-24 07:49:33
 
 

次のページ第5回「型の人、タイプ1」に進む
前のページ第3回「タイプ1が取り込んだ教えの正体」に戻る
章のトップ「タイプ1考察」に戻る
シンプルエニアグラムトップに戻る

Return Top