リバースエニアグラム

T1考察第5回「型の人、タイプ1」

エニアグラムの案内人、篠田工治です。
 

つい先ほど、仮面ライダーオーズ終わっちゃいました。
 

このライダーのテーマは「欲望」。
 

欲望とは生身の肉体から発せられる、
生きたいという純粋な力そのもの。
 
そして進化を生み出した張本人。
 

この欲望の大切さ、暴走と抑制をしっかり描写するストーリーは
とても深いものでした。
 

エニアグラムも、つまるところ
全く同じテーマだったりします。
 

ところどころで「我欲を満たせ!」と主張する私は
番組に出てきた「コウガミ会長」的なキャラなのでしょう(笑)。
 

下手なセミナーやワークショップより学べることは多いので、
いつか時間が取れたら第1話から見直してみたいです。
 

さて、シンプルエニアグラム。
 

前回は、
タイプ1が持つ特徴は怒りを溜めやすく、
それゆえタイプ1は「怒れる人」であることをお伝えしました。
 

 

今回はタイプ1考察の5回目、最終回。
 

これまでお伝えしてきたことのまとめとして、
タイプ1が収まりやすい「ポジション」についてのお話です。
 

それではシンプルにいきましょう。
 

型の人

つまりは、そういうことです。
 

前4回分の内容を振り返り、
タイプ1を一言で表すなら
「型の人」
だと言えるでしょう。
 

タイプ1は自分の中に、
作り上げた「教え=型」を持ってる。
 

そして自他問わず、
身近な生活空間に属するモノならなんでも、
その「型」にピッタリ合わせることを
常に意識しているのです。
 

前回は、
タイプ1が持つ、その「型」が、
例えどんなに正しくても「自分基準」でしかないこと。
 

そして自他を100%「型」に合わせることは難しく、
その不満は「怒り」の感情となって
タイプ1の心に湧き上がることをお伝えしました。
 

湧き上がった「怒り」を自分の内に溜め込む「憤り」は
心身を蝕みやすいんでしたね。
 

こうやって書くと、タイプ1の努力は
少々割りに合わない気がするかもしれませんが
そうではありません。
 

例えば彼らが持つ、
「自立しなくてはならない」という気概は、
タイプ1が「地に足着いた生活」を営むのに
役に立ってくれます。
 

「地に足着いた生活」という表現が硬いなら、
食いっぱぐれが無い生活」と言い換えてもいいでしょう(笑)。
 

実際にタイプ1を見ていると、
自分に適したポジションに上手く収まり、
それなりの生活を送っている人が多いと感じます。
 

これは私の身近にいるタイプ1だけに限ったことでは
ないでしょう。
 

なぜなら「自立しなくてはならない」という義務感に加え、
「周囲からケチをつけられたくない、
 うしろ指を指されたくない」
という欲求もタイプ1は抱えているからです。
 

このあたり、
「実力者への強い依存」という戦略を選んだタイプ2の私にとって、
「タイプ1の自立心」というのは、とても羨ましく感じます。
 

確かに「怒りによって心身を蝕みやすい」
というリスクを抱えてはいても、
まずは食えるようにならなくては
なんともならないからです。
 

というわけで、
次の章からは「型に合わせる」という特徴を使って、
タイプ1がどのようなポジション(立場)に収まっているのかを
見ていきましょう。
 

  • 質の人
  • 貫徹の人
  • 管理の人
  • 誤りを正す人
  • 教え導く人

の順で説明します。
 

質の人

ようするに「職人さん」ですね。
 

「型」を頑な(かたくな)に守るその姿は、
まさしくタイプ1を代表するポジョションと言えるでしょう。
 

「職人さん」が材料や製法、
その他、細かいことにもこだわりをみせるのは、
「高い質」を求めるからです。
 

では「高い質」とはなにか?

これまでタイプ1考察を読んできた方には
ピンとくると思いますが、
「高い質=完全なる世界」です。
 

職人が職人たるゆえんは
「同じ型を忠実に間違いなく何度も繰り返す」
こともさることながら、
「同じ結果に満足せず、常に高みを目指す」
ことにあります。
 

その点、タイプ1は
「教え=型を忠実に守る」
「厳しい神のまなざしのおかげで高い理想を求める」
という二つの特性を持つので
職人さんにピッタリなわけです。
 

「もっと正しく」「もっと厳しく」

普段からタイプ1の頭の中で鳴り響くこれらの言葉は、
飽くなき質の向上を目指す「職人的ポジション」
においてまさしく金言なのです。
 

「質を上げるためには
 まずは型を忠実に守るべき」
 

よくよく考えてみれば、
これって日本人には馴染みのある教えです。
 

およそ、殆どの芸事、武道においては
「型を守ること」は何よりも大事とされてきたハズです。
 

なので「芸事」「〇〇道」を極めるというポジションも、
「職人的ポジョション」の派生形として捉えてよいでしょう。
 

貫徹の人

質を向上させるにしろ、
道を極めるにしろ、
一旦着手したコトは最後まで完成させなければ
その高い理想は叶いません。
 

「完成」とは「あるべき姿への到達」ですから、
これもタイプ1にとっては守るべき「完全なる世界」なんですね。
 

なので、タイプ1は次のような特徴を使って、
一度着手したことは貫徹、つまり最後までやり抜こうとします。
 

1.忍耐、辛抱
2.堅実さ、ストイックさ、真面目さ
3.フォーカスする
4.自己確信

 

1と2については、タイプ1考察の第3回
「タイプ1が取り込む教えとは?」の章でお伝えした、
「まじめ・完成・道徳・理性ルール」を思い出してください。
 

それらは
「正しくありたい」
「ケチをつけられたくない」
「自立したい」
というタイプ1の欲求が姿を変えたものでしたね。
 

興味深いのは3.と4.です。
 

3.の「フォーカスする」というのは、
常に、一つの物事に取り組んでいるという意味です。
 

平たく言えば「他ごとをやらない」「掛け持ちしない」ということ。
 

「あれもこれも」といろんなことに手を伸ばしたところで、
中途半端で残念な結果になることって多いですよね。
 

質の向上を目的とするなら、
何事も一点に集中して取り組むべきなんです。
 

次に4.の「自己確信」については、
「自分の取り込んだ教えや型、
進むべき方向は間違っていない」
という強い信念です。
 

これも大事な考え方です。
 

結局信念のないことって続かないし、
途中でブレちゃうんですよね(苦笑)。
 

自分の中に構築した「基準」が
「唯一」で「絶対的」だからこそ、
タイプ1は100%それを守ろうとするのです。
 

というわけで、

1.忍耐、辛抱
2.堅実さ、ストイックさ、真面目さ
3.フォーカスする
4.自己確信

 

という特徴のおかげで、
タイプ1は「貫徹する人」としてのポジョションに
収まることが可能となります。
 

そして、このポジションに収まる事ができれば、
タイプ1は周囲からとても信頼されるようになります。
 

「あの人はきちんと仕事してくれるから
 次もあの人に頼もう」

 

このような職人冥利につきる言葉を
周囲からいただけたりするんですね。
 

タイプ3の完成とタイプ1の完成の違い

以前タイプ3考察を読んでくれた人には
ここで疑問が湧くと思います。
 

「あれれ、タイプ3も仕事を完成させる人じゃなかったけ?」
 

確かにそうなのですが、
タイプ3が目指す完成とタイプ1が目指す完成は、
その意味合いが全く違うのです。
 

細かい部分ですが、勘違いしやすい部分でもあるので、
その違いを以下表にしてお伝えします。
 

タイプ1の完成タイプ3の完成
動機正しくありたい・ケチをつけられたくない有能さを証明したい・周囲の賞賛を得たい
優先するのは細部までこだわりぬいた高い質量・スピード・見た目のよさ
犠牲にするのはスピード・量
必要な特徴忍耐・フォーカス・自己確信柔軟性・やる気・効率性

 

「質のタイプ1、量のタイプ3」と覚えてください。
 

で、こういうことをいうと日本的な文化においては
 

「やっぱりタイプ3よりタイプ1の方が優れているんだ!」
 

などと思う人がいるかもしれませんが、
それは誤った解釈ですからあしからず。
 

両者の間に「優劣」はありません。
 

これは「どのタイプにも得手不得手がある」、
ただそれだけのことだからです。
 

タイプ3考察の最後に、
「タイプ3=生まれついてのマーケッター」だとお伝えしました。
 

タイプ1が職人≒製造や技術部門だとすれば、
タイプ3はマーケッター≒営業や販促部門です。
 

営業の「質」を高めるという言い方も
無理くり出来なくはないのでしょうが、
つまるところセールスの基本は沢山売ってナンボという
「数の世界」なんですよね。
 

ポジョションが違えば、
そこで必要とされ、求められる「完成」の意味も
違うということです。
 

管理の人

上記「質の人」と「貫徹の人」はタイプ1から見て、
自分自身を律する意味合いが強いポジションでした。
 

でも、この「管理の人」からは、
「生活空間や他者」を律する意味合いが強くなります。
 

その理由については前回お伝えしたとおり、

「厳しい神のまなざしが高すぎる理想を生む」
     ↓
「高すぎる理想が間違いに対する過敏さを生む」
    ↓
「間違いに対する責任の範囲が生活空間(テリトリー)にも広がる」
    ↓
「同じ生活空間を共有する他者に対しても連帯責任を負い始める」

 

という流れを押さえておけばいいでしょう。
 

「管理の人」とは
同じく前回の「中間管理職」的なポジションを指します。
 

個人的には
「エデンの園の管理人=唯一神に絶対的に従う天使」
という表現が気に入っているのですが、
まぁそれは想像の世界ですから(笑)。
 

実際は「係長」とか「主任」などの役職を
イメージすることになります。
 

「正しくありたい」
「ケチをつけられたくない」
という欲求のおかげで、タイプ1は努力を惜しみませんから、
中間管理職のポストを手に入れるのは
通常はそんなに難しくないでしょう。

誤りを正す人

上記「間違いに対する過敏さ」と「連帯責任」が強まると
「管理する人」は一歩進んで「誤りを正す人」という
ポジションになります。
 

生活空間や他者に対する責任の度合いが増せば、
タイプ1が事細かな誤りに反応し始めるのは自明の理。
 

取り込んだ「神のまなざし」がより厳しく、
連帯責任者のタイプ1を監視するようになるからです。
 

なので「誤りを正す」ポジションにいるタイプ1は
「神のまなざし」から受ける強迫感の強さゆえ、
「改善・改革・革新」といった
強い修正力を発揮することが可能になります。
 

具体的には
 

「初めて入る部屋の壁掛け時計の傾きが気になる」
 

「書類に目を通すと誤字脱字が気になってしょうがない」
 

などの小さな誤りから、
 

「堕落した宗教を立て直す」
 

「腐敗した政治を変える」
 

などの大きな誤りまで。
 

世の中は何かと正すことが多く、
このポジションに対する需要が尽きることはないでしょう。
 

だからこそタイプ1は「食いっぱぐれる」ことが少ないワケでして。
 

事務仕事なら、校正や経理業務が得意でしょうし、
製造、技術、管理などの仕事であれば、
「改善運動」の中心的ポジションに収まることでしょう。
 

「それが誤りかどうか?」という、
「ジャッジ・判定」に対する敏感さにフォーカスすれば
法曹界で活躍するタイプ1も多そうです。
 

正す規模が大きくなれば
「宗教・社会・政治」などに対する
「市民運動・改革のリーダー」を担うこともあるでしょう。

教え導く人

上記「管理の人」「誤りを正す人」と比べて
他者に対するコミット(関係性)が強くなると、
それは「教え導く人」というポジションに変化します。
 

ようするに先生と生徒の関係です。
 

エニアグラムの書籍ではタイプ1のことを、
「生まれ付いての教師」と説明するものが多いのですが、
実際のところ「教え導く人」というポジションに
収まるタイプ1は多いですね。
 

一見、本職の「先生」ではなくても、
趣味で「講師」や「インストラクター」をしている場合があります。
 

そもそも先生の本質とは
ルール、規範、規則、型、基準といったものに
生徒を沿わせること
なので、
タイプ1に向いているに決まっているのです。
 

タイプ1考察第3回目でお伝えしたように、
なんせ幼少のころから妹や弟の親代わりを
務めるくらいですし(笑)。
 

「型に沿わせる」という特性以外で
先生ポジションに役立つ特性は
まじめ、道徳、理性的
自分に厳しい、自己批判的
があります。
 

なぜならば、そういった特性は
生徒に対する説得力が増すからです。
 

やっぱり先生が「まじめ、道徳、理性的」でなければ
生徒をルールに沿わせることは難しいでしょう。
 

タイプ1が常に自分に厳しく、自己批判をしていればこそ、
生徒に対しても堂々と批判をすることができますしね。
 

そして先生に向いているもう一つの特性。
 

それは
「未熟なりに必死に努力して型に合わせようとする者」
への共感力
です。
 

これまで共感力といえば、
タイプ9やタイプ4考察で出てきましたが、
タイプ1にも共感力はあるのです。
 

まぁぶっちゃけたところ、
「褒める」「慰める」などの感情面や心のケアについては
不得手なことが多いでしょう。
 

でも「努力する未熟者」に対してタイプ1は
物凄い忍耐力を発揮して、彼らを支えようとします。
 

常に厳しい神のまなざしに責め立てられて
どれだけやってもOKを出してもらえない・・・。
 

そんな世界で生きてきたタイプ1にとって、
「努力する未熟者」は他人事だとは思えないのでしょうね。
 

この記事を書いていて気づいたのですが、
この「努力する未熟者」に対する忍耐力と執着心は
タイプ1の大いなる愛情だと思うのです。
 

確かに彼らが発する言葉は「甘さ」とは無縁で、
耳に心地よい柔らかな響きはありません。
 

でも、
「努力する者が型に合わせられるまで、
 自立できるようになるまで見捨てない」
という覚悟としての愛なんじゃないかって思うのです。
 

先生と呼ばれるポジションに一番大事なのは、
実はこの気概ではないでしょうか。
 

以上が、

  • 質の人
  • 貫徹の人
  • 管理の人
  • 誤りを正す人
  • 教え導く人

 

というタイプ1のポジションの説明になります。
 

こうやってみてみると、 タイプ1って本当に「実務家」なんだなぁと感じます。
 

解放的な人

以上でタイプ1考察は終わりです。
 

これまでタイプ3・6・9・4・1と
5つのタイプ考察をしてきましたが、
まとめていて感極まって涙が出てきたのは
実はこのタイプ1だけだったりします。
(自分の書いた文章に泣けるとはヘンな話ですが)
 

最初は、タイプ1と父親像の関係性。
 

そして2回目は直前の、
「努力する未熟者」に対する忍耐力と執着心。
 

このあたりを感情的に捉えることで、
私自身、タイプ1に対する認識が、
今まで以上にポジティブになったことを白状します(汗)。
 

さて、そのお礼(?)と言ってはなんですが、
「心を楽にする」アドバイスを少しだけお伝えします。
 

心を楽にする為には、

1.性格から沸き起こる「小欲」を満たす
2.行き過ぎた性格から生じるネガティブさを上手く逃がす
3.行き過ぎた性格を少し鎮める

 

ことが有効です。
 

で、タイプ1の場合、小欲を満たすためには、
「小さな完全を味わえばいい」ってことになります。
 

例えば私の身近にいるタイプ1は次の趣味をもっています。

・お菓子づくり
・パン作り
・ダンス
・バレェ
・新体操
・武道
・アーチェリー

 

これらに共通するのは 「型」を重視し、その「型に」ピッタリ合わせることです。
 

私は料理をするので(主夫だから当たり前か)
よくわかるのですが、
通常の料理とお菓子・パン作りは別物です。
 

通常の家庭料理は、材料にしろ調味料の分量にしても、
結構いい加減というか、ある程度ごまかしがききます。
 

毎日の食事の用意って常に不測(不足)の事態ですからね。
 

アテにしていた食材、調味料、そして時間も無い(笑)。
 
冷蔵庫にあるのは、
「え、これは・・・何を組み合わせたらおかずになるんだろう」
って食材ばかり(苦笑)。
 

そんな中で家族の胃袋を満たすには、
音楽や舞台でいうアドリブの強さが必要なんですね。
 

でもお菓子やパンはその逆で、
ちゃんとレシピという「型」通りに作らないと
出来上がりが残念な結果になることが多いのです。
 

だから決められた材料を揃え、分量や時間を守れば、
ほぼレシピどおりの美味しさを再現できるのです。
 

その意味で「小さな完全性」とは、
「100%に近い再現性」と言い換えることもできるでしょう。
 

「ダンス、バレェ、新体操、武道」も基本的には
どれだけ完璧に再現できるかが肝です。
 

アーチェリーも一つの的(マト)に向かって
どれだけ正確に射ることができるか、
という意味では「小さな完全性」を
味わうことだと言えます。
 

あとミニチュアな完全世界を作るという意味では
盆栽とかいいかもしれません。。
(アラフォー世代でやってたら渋すぎますが_汗)
 

2.の「行き過ぎた性格から生じるネガティブさを上手く逃がす」
については、前回お伝えした「憤りを義憤に変えること」が
該当します。
 

怒りを正当化できるポジションにいれば、
内に溜まりやすい怒りを上手く逃がすことができます。
 

お伝えしたように市民運動が代表的ですが、
トンガリやすいというか急進的になりやすいので、
もう少し穏便な地域活動なんかが
いいんじゃないでしょうか。
 

3.の「行き過ぎた性格を少し鎮める」について、
手っ取り早いのは「旅行」です。
 

「完全なる世界=普段の生活空間」ですから、
普段の生活から抜け出せば、
それだけでタイプ1は「もっと正しく」「守らねば」という
義務感や責任感が和らぐのです。
 

恐らくは、
タイプ1が取り込んだ「厳しい神のまなざし」が
置いてけぼりになるのでしょう(笑)。
 

普段は堅物で生真面目な上司が、
年に一回の慰安旅行で思いの他、羽目をはずす
というのは以前はよくあった話です。
 

「旅の恥は掻き捨て」なんて言葉もありますしね(笑)。
 

「羽目をはずす」の「羽目(ハメ)」とは、
馬にくわえさせる馬具の「ハミ」が語源なんだそうです。
 

だから「羽目をはずす」というのは
馬具を外した馬のように解放的になるという意味です。
 

普段は飼い主に忠実に従う良馬でも、
たまには自らを束縛する物全てを外して、
主人そっちのけで野山を駆け巡りたいハズ。
 

本人達には中々気付きにくいでしょうが、
タイプ1の心の奥底には
この良馬と同じような欲求が眠っているのです。
 

だからこそタイプ1には、
「正しさ」や「厳しさ」から逃れて
自由に「感情・欲望・衝動」を解放する
「口実」が必要なのです。
 

それが「旅行」とか「バカンス」なんですね。
 

実際、解放されたタイプ1と居合わせると、
とても明るく楽しい一時を過ごすことができます。
 

そんな時、私は
「ああ、この人は、なんて素敵な笑顔をするんだろう!」
って思わず嬉しくなるのです(笑)。
 

・・・
 

というわけで、これでホントにタイプ1考察を終わります。
 

まとめもなしです。
 

いや~終わった、終わった。
 

タイプ1は、もっと簡単にいけると思ったのですが、
ある意味タイプ6、タイプ4以上の難産でした。
(つか、毎度言ってるなコレ)
 

こうやってみると、
ホント、どのタイプも一筋縄ではいきませんねー。
 

根源的なことさえ理解してしまえば、
あとは「どういう順番で特徴を繋げていくか」なので
簡単っちゃあ、簡単なんですが・・・。
 

論理的思考力に乏しい私は
その繋げ方を考えるのに血を吐き、
白髪が増えるような苦労が必要だったりもします(汗)。
 

3・6・9・4・1・7・5・8・2

本シリーズもこれでようやく折り返し地点を
過ぎました。
 

当初のスケジュールでは
もう全タイプ終わってるハズなんですけどね(苦笑)。
 

次回からはタイプ7考察が始まります。
 

勘の良い方は
「また大いなるモノの話から始まるんじゃないの?」
と思うかもしれませんが、多分そのとおりです(笑)。
 

それではまた。
 

2012.5.21追記
読み返して思うのは、
やっぱりタイプ1は日本的だということですね。
日本文化はタイプ6とタイプ1の混合だと
エニアグラム界ではよく言われるのですが、
本当にそう思います。
芸事、武道、盆栽などの伝統文化は
小さな完全世界や様式美という型が大事なワケです。
ものづくりや職人文化もそうですよね。
でも一つ疑問に思うことがあって、
それはタイプ1的な文化を重んじてきた日本において
何故かキリスト教などの「一神教」が
ほとんど広まらなかった事実です。
タイプ1考察ではくどいくらいに出てきた、
「大いなるモノ=唯一神の教えを取り込む」という概念は、
他の国ならもっとストレートに敬虔な信徒や預言者を
数多く生み出すと思うのです。
でも日本はそうならなかった。
その理由を古来より食料や水に恵まれた風土や
様式美や職人文化の尊重に求めるのは
少々物足りなくて。
タイプ6的な要素の影響な気もするんですが、
考え出すと大変なことになるので、
当分はやめときます(笑)。
もう一点、タイプ1は9と8と同じくガッツ(ハラ)センター
というグループに分類されるんですが、
このグループの共通点は空間や場所をとても意識することです。
空間を守るというのはこのグループの防衛戦略ですが、
自分の空間からたまには距離を置くことが解放の秘訣なんですね。

 
 

コメント
 

1 ■はじめて、優しい光A&Sです。
神楽大王サンからタイプ4の詳細が書いてあるので興味があったら拝読をと勧められて拝読しました。

その前に数回のぺたありがとう(^^)

ホントの自分探しのツールとして大変興味深く読み入りました。
(初見はかなりのボリューミーさに圧倒され(笑)
後日集中力のある時に拝読しました(^^))

そこで自分のタイプが気になり診断しようとしましたがうまくダウンロードが出来ませんでした。

どうしたら診断出来るでしょう?
優しい光A&S 2011-08-31 21:40:24
 

2 ■優しい光A&Sさまへ
コメント有難うございます。

記事のボリュームについては・・・すいません(笑)。
どうしても長くなっちゃうんですよね。

診断ですが「うまくダウンロードできない」というのは、
どういう状態でしょうか?

携帯からダウンロードできるかどうかは
分からないので、PCから以下URLにてダウンロードしてみてください。

解説PDF
http://commu-labo.info/typetest/fftp_test_ver_b04_doc.pdf
回答用紙PDF
http://commu-labo.info/typetest/fftp_test_ver_b04_check.pdf

 

FFTP性格タイプ診断
http://commu-labo.info/contents/fftp.html
 

まだまだベータ版なので設問内容がこなれていません。

なので解説を読み物としてご覧いただくといいと思います。

もし上記URLからダウンロードできなければ、
ブログの右上にメールフォームがあります。

そこからお問い合わせいただければ、
PDFをメールにて添付します。

いちどお試しください。
篠田工治 2011-09-01 00:11:05
 

3 ■返信をありがとうございます(^^)
>篠田工治さん

シンプルエニアグラムのアドレスをありがとうございます。
早速開いてみましたが、このファイルを見るにはPDFのソフトがま必要みたいですね。

未だに拝読できてないです^^;
優しい光A&S 2011-09-05 10:23:36
 

4 ■感謝
misuzuさんがTLでこちらを教えて下さったので読んでみました(遅くて済みません)
最近、自分(T1)は、人を育てる(引き上げる)のに向いているのではないか?(ということは教育者に向いてるかも?)というようなことを考えるようになりまして、こちらを見て「やっぱりw」な感じになりました。
やる気がある人限定だろうというのも当っていて、娘二人が4と7であり(そのTになったのも私が原因ですが)そのお陰で自分が救われてきたこと、夫6をなぜ引き上げることが出来ないのか?の謎も裏付けが取れました。
篠田さんの深い洞察力に感動しています。有難うございました。
なっつ 2012-02-19 21:07:40
 

5 ■なっつさまへ
ども篠田です。

そうですね。
タイプ1の方ってやっぱり教師だと思うんです。

そういうポジションに居ると光輝くというか。

ウィングの関係で、
そのあたりの感覚はとても理解しやすいです。

特に「引き上げる」という感覚は。

でも、その感覚で接すると上手くいかないことが
多いんですよね。

実は私が開催していた勉強会や講座が頓挫した原因が、
それだったりします(苦笑)。

結局教師(タイプ1)や母親(タイプ2)が
口うるさく言ったところで、
本人が「変わろう」とか「成長しよう」と
思わなければ何も変わらないワケで。
(タイプ関係なく)

ならば、いっそのこと本人の階数まで
こちらから降りていくか、
適度な距離を設けて自覚を促すしか方法はないのかな、
と思う今日この頃です。
篠田工治@破壊者の母 2012-02-21 10:55:12
 
 

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