リバースエニアグラム

T4考察第3回「もっと光を!_絵画にみるタイプ4のイメージ」

エニアグラムの案内人、篠田工治です。
 

前回の記事もいろいろコメントいただきまして
ありがとうございます。
 

でもそのコメント内容は
「次の記事で書こうかな」とか
「今回のシリーズでは伏せておこうかな」
という内容ばかりで少し焦りました(笑)。
 

さて、シンプルエニアグラム。
 

前回はタイプ4の抱える「喪失感」のお話をしました。
 

今回はこの「喪失感」が生みだす、
タイプ4のイメージについてのお話です。
 

それではシンプルにいきましょう。
 

喪失感をイメージで表すと?

あっさり結論から。
 

喪失感を抱えるタイプ4のイメージを表すキーワード。
 

それは「メランコリー」です。
 

皆さん、一度や二度は聞いたことがあると思うのですが、
その意味をご存知でしょうか?
 

早速三省堂大辞林さんで調べてみましょう。

メランコリー [melancholy]
躁鬱(そううつ)病の鬱の状態。憂鬱(ゆううつ)症。
また、憂鬱。メランコリア。

・・・そうなんです。
 

メランコリーとは憂鬱のことなんです。
 

「え、ということは
タイプ4のイメージは『憂鬱』ってことなの?」
 

はい。そうです。
 

その理由は以下のとおり。
 

「オスカーイチャーゾ氏によるタイプの呼び名」
タイプ1:resent=resentment 憤慨、憤り
タイプ2:flat=flattery お世辞、媚び、迎合
タイプ3:van=vanity 虚栄心、うぬぼれ
タイプ4:melan=melancholy 憂鬱、物悲しい
タイプ5:stinge=stinginess けち、物惜しみ
タイプ6:cow=cowardice 臆病、物怖じ
タイプ7:plan=planner (無節操な)計画、立案
タイプ8:venge=vengeance 復讐、敵討ち
タイプ9:in=indolence 怠惰、怠け者

なんかもう「ネガティブワード」ばかりでウンザリします(笑)。
 

このオスカーイチャーゾさんというのは、今から約40年前に
「性格類型としてのエニアグラム」を最初に提唱した人です。
 

当初は数字でタイプを表さず、タイプ4のことを
「メランコリー」略して「メラン」と読んでいました。
 

なのでタイプ4が「憂鬱(ゆううつ)」であるのは当たり前、
ということになるんですね。
 

「なるほど。タイプ4は憂鬱ね。
 

でもさ、憂鬱ってよく使うけど、
結構、曖昧というか漠然としたイメージ。
 

実はちゃんとした意味ってよく分からないんだよね~」
 




 

そういうあなたは正直者です(笑)。
 

「憂鬱」は確かによく耳にする言葉ですし、
歌や芸術、文学作品などにおいては
もはや頻出ワードだと言っても過言ではありません。
 

なので、この際ですから、
タイプ4が抱える「憂鬱」という感覚を、
イメージと言葉の両面で捉えてみましょう。
 

絵画にみるメランコリー

まずはメランコリーのイメージから。
 

というわけで予告通り、絵画鑑賞会です(笑)。
 

3つのリンク先を紹介しますので、順に見ていってくださいね。
 

まず、最初のリンク先。
 

それぞれの絵の構図を気にしながら見てください。
 

Casper David Friedrich(カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ)のGoogle画像検索
 




 
10枚くらい見ればOKです。
本人と関係ない絵も混じっていますが、
画風が違いますので、分かりますよね?
 




 

さて、皆さんこれらの絵を見てどう感じたでしょうか?
 

これらの絵はカスパー・ダーヴィト・フリードリヒさんという
1800年頃に活躍されたドイツ人画家の作品です。
 

画風を一言で言うなら「壮大な風景画」とでも言いましょうか。
 

実はこのフリードリヒさんの絵は、
題材は違えど殆ど同じ構図で成り立っています。
 

そしてその構図が「メランコリー=憂鬱」を表しているのです。
 

どんな構図か分かりますか?
 

もう一度見直してみてください。
 

Casper David Friedrich(カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ)のGoogle画像検索
 




 

それでは答え合わせです(笑)。
 

  • 1.遠近法の近く側(手前)、キャンバスでいうなら下側が暗く、影が強調されている
  • 2.遠近法の遠く側(向こう側)、キャンバスでいうなら上側が明るく、光が強調されている光は空・雲・太陽・月として描かれている
  • 3.「個」を感じさせる物(人、木、廃墟、船)はほとんど影として描かれており、1.の近く側である暗い風景に溶け込んでいる
  • 4.光と影の差が明確に描かれているので、両者の間には物凄い隔たりや距離感が感じられる

 

いかがでしょうか?
 

1.と3.については
もうおわかりだと思いますが、
タイプ4から見た自分自身だと解釈してください。
 

自分を中心にした視点であればこそ、
手前側や中央に影が描かれているんですね。
 

で、暗く描かれたのが自分なら、
2.の明るく描かれた光、空、雲、太陽、月は
何を意味するのでしょうか?
 

こちらも、もうお分かりだと思いますが、
これらの明るく描かれたモノこそが、
タイプ4から見た「実力者や親の愛情」なんですね。
 

そして4.の光と影を明確に描き分ける技法により、
一枚の絵でありながら、
光と影の間には、ものすごく隔たりや距離感を感じるような
構図になっています。
 

前回、タイプ4の抱える喪失感を次のように説明しました。
 

「喪失感とは?」
1.元々は持っていた大切な人や物事が
2.一方的に奪われた、
3.深い悲しみや痛みの感覚

フリードリヒさんの絵における
「隔たり」や「距離感」の表現は、
「元々持っていた大切な人や物事」を
「一方的に奪われた」ことを意味しているんですね。
 

そして暗く描かれた手前側=自分自身は
「深い悲しみや痛みの感覚」を意味しています。
 

まぁ、普通に考えれば、暗く影で描かれたモノが、
楽しさや嬉しさを意味することはないわけでして(笑)。
 

というわけで、「メランコリー=憂鬱」を表現した絵は
タイプ4の喪失感をイメージしたもの
と言えるんです。
 

「いやぁ、そもそも人物が描かれていない絵を
憂鬱と言われてもねぇ・・・」
 

「さっきの絵がメランコリーって誰が決めたの?」
 




 

おっしゃることはごもっとも。
 

もちろん私が勝手に決めたワケではありません。
 

(絵の解釈は数日前に降ってきた
 私のインスピレーションですが_汗)
 

それでは次のリンク先を見てください。
 

取り急ぎ本文は読まずに11枚ある絵だけを見てくださいね。
 

ブログ「ベルリン中央駅」さんの、とある記事
 




 

これら、11枚の絵は
ドイツの新ナショナルギャラリーという美術館で
2006年に開かれた、「メランコリー」展の絵です。
 

よくみると11枚中2枚は上記フリードリヒさんの絵が
入っていますねぇ。(6枚目と7枚目)
 

最初の写真を見ると、
ポスター(看板)の絵になっているくらいです(笑)。
 

もう一つの証拠として、
お馴染みウィキペディアさんの「メランコリー」ページを見てみましょう。
 




 

あらま、初っ端から、フリードリヒさん(笑)。
 

画像のキャプションに「心のメタファー」なんて
難しい言葉が使われていますが、
ようするにフリードリヒさんの絵は
メランコリーを表しているんですね。
 

これで

フリードリヒさんの絵=メランコリー=タイプ4的喪失感のイメージ

ということが納得していただけたかと思います。

憂鬱を表す言葉

ブログ「ベルリン中央駅」さんの、とある記事の絵を
もう一度よく見てください。
 




 

フリードリヒさん以外の絵の構図はどうでしたか?
 

頬杖多いなぁ
 

そのとおりです(笑)。
 

フリードリヒさんは
「自分」や「手前の風景」を暗く影のように描くことで、
悲しさや痛みを「間接的に」表していました。
 

でも他の画家の絵は、
「頬杖」というポーズをとることで
自分の悲しみや嘆き苦しむ姿を「直接的」に表しています。
 

確かに描かれた登場人物を見ていると、
彼らのいろんな心情が思い浮かんできます。
 

ただ、この憂鬱な心情を言葉で表そうとすると、
多分、キリがない(笑)。
 

というわけでいつもの三省堂大辞林さんで確認してみましょう。
 

ゆううつ 【憂鬱/幽鬱】
(1)気持ちが晴れ晴れとしないこと。気のふさぐこと。また、そのさま。
(2)草木が生い茂っているさま。

あちゃー、結構あっさりしてますね(汗)。
 

もともとこの「鬱」という漢字の意味は
(2)の「草木が生い茂っているさま」で、
訓読みだと「しげる」なんだそうです。
 

確かにフリードリヒさんの絵の中にも、
手前側に「暗い木々」があります。
 

草木が生い茂れば当然暗い影ができるわけです。
 

なのでその様子を「気持ちが晴れない」とか
「気がふさぐ」心境に見立てるのは、
ある意味納得ですね。
 

ただ、この説明だけだと少々物足りない気がします。
 

なので「頬杖」の彼らにふさわしい表現を
あと4つほどチョイスしてみました。
 

「憂鬱とは?」
・気持ちが晴れずふさぎこむ
・落ち込む
・悲しみに暮れる
・苦痛に喘ぐ
・嘆き苦しむ

これらの言葉を先ほどの絵画とセットで覚えれば、
タイプ4が抱える喪失感、憂鬱が
理解しやすくなるのではないでしょうか?

光の正体

まだ終わりません(笑)。
 

前回の記事で頂戴したコメントを拝読していたら、
「タイプ4が選ばれたいと願う実力者=失われた親の愛情」
という説明だけでは足りない気がしてきました。
 

なので以下補足します。
 



これまではタイプ4が関心を引こうとする「実力者」のことを
「親」として話を進めてきました。
 

そのほうがシンプルで理解しやすいからです。
 

でも現実的には、そうじゃない場合もあります。
 

タイプ4の方からお話を聞いたり、
書籍を読むと、

「ちゃんと血の繋がった親がいるのに、
『きっと本当の親は他にいるんだ』
と思いながら生きてきた」

という話が結構出てきます。
 

これはどういうことかというと
タイプ4が本当に関心を引きたい人は
「とても大きな存在」であり、タイプ4が望む
「高い理想」に応えるだけの器を備えている人
なのです。
 

平たく言えば、
タイプ4が求める「実力者」に成り得るには
「資質」が問われるということ。
 

なのでそれは「人を超えた存在」であることも多いんです。
 

例えば・・・

引き離されてしまった親
まだ見ぬ理想化された親(実の親はちゃんといる)
優れた実力者、権威者(並の権威者には反抗する)
指導者、師、先生
グル、カリスマ
宇宙、大自然(太陽、月、山、海、川などなど)
生命
真理

教え、教義

高い霊性
現実を超えた次元
見えない世界
神秘

故郷(郷愁)

などなど。
 

例によって、こんなに覚えるのはメンドクサイですし、
人によってバラバラな部分なんで、
ここは単純に考えましょう。
 

これらのモノに共通するイメージは
 

「なんとなーく上のほうにある」
「期待度が高い」
「明るく光っている」
 

です。
 

なので、もうここはざっくり

大いなるモノ=光

で覚えちゃいましょう(笑)。
 

上で紹介した絵画も
実際そのように描かれているんで
イメージ的にも覚えやすいハズです。
 

大いなるモノと実親の関係も

「大いなるモノ≧実親」

と捉えればOKです。
 

まとめると、

「タイプ4が求めるもの」
・タイプ4は違いの分かる「実力者(後援者、支援者)」から選ばれ、
 彼らと深く繋がることを求める

・幼少の頃、
 「一方的に親からの愛情を奪われた」ような感覚を持っており、
 オトナになったタイプ4は
 実力者に親のイメージを重ね合わせることがある

・但し、実の親がいても、タイプ4の高い理想に合わなければ
 他に親がいると思うことがある

・つまり実力者はタイプ4の高い理想に応えるだけの
 資質が無ければならず、必ずしも人である必要はない

・よってタイプ4が求めるものは
「失われた大いなるモノ=光に包まれること」である
・大いなるモノと実親の関係は「大いなるモノ≧実親」である

 

こんな感じですね。
 

「タイプ4が求めるもの=失われた光」

と捉えるのは、あながち外れてはいません。
 

だって、かの天才ゲーテも
死ぬ前にこう言ってるではないですか。
 

「もっと光を!」ってね。
 

光とのフクザツな距離感

話の流れ的には
前章で終わるとカッコいいと思うんですよね(爆)。
 

でも、この「光との距離感」の話を次回にまわすと、
タイプ4考察が5回で収まりきらなくなります。
(既に手遅れという気もしますが)
 

次回も同じ絵を見たくないっしょ?(笑)
 

なのでもう少しだけお付き合い下さい。
 

最初に結論ですが、
「光とのフクザツな距離感」とは、

1.他者が押したらタイプ4は引く
2.他者が引いたらタイプ4が押し寄せる

というタイプ4が抱える「押し引き」の特徴のことです。
 

気力の残っている方は
光と登場人物の向いている方向を気にしながら
メランコリー展」の絵を見直してください。
 

気力が残っていない方は見なくてもいいです(笑)。
 

というわけでさっさと説明。
 

人物が描かれている上記絵のうち、
「光と人物の向きの組み合わせ」は次の3パターンあります。
 

a.光の方向に顔を向けている
 

b.光の方向から顔を背けている
 

c.光が二つ有って、光の方向に顔を背けながら
 別の光に顔を向けている

 

a.の場合は、光と自分の距離が遠い状態。
 

b.の場合は、壁などで自分が隔たれていたり、
光が自分に当たっているのに、その光を見向きもしません。
 

c.はa.とb.が融合した構図ですね。
 

実はこの構図って

「大いなるモノに対するタイプ4の距離感」

を如実に表していると思うのです。
 

1.大いなるモノからの愛情が遠くにあれば、求め、待ち望む
2.大いなるモノからの愛情が身近にあれば受け入れられない

まぁ、矛盾しているワケです(苦笑)。
 

そして上の絵には表現されていないのですが、

3.大いなるモノがタイプ4から去ろうとすると引き止める
4.大いなるモノがタイプ4から去ってしまうと、再び求め、待ち望む

という展開にもなりがちなんですね。
 

これが先ほどお伝えした「押し引き」という特徴です。
 

「繋がりたいのに繋がれない(繋がりたくない)」
というタイプ4の距離感を知ることは、
彼らを理解し、付き合っていく際のポイントになります。
 

・・・
 

今回はここまで。
 

リンク先のサイトと行ったり来たりで大変だったと思います。
 

本当にお疲れさまでした。
 

長かったので、まとめは無しです。
 
まとめます。
 

■タイプ4の喪失感をイメージで表すと?
・喪失感=メランコリー(憂鬱)
・なぜなら当初はタイプ4のことを
 メランコリー略して「メラン」と呼んでいたから
■絵画にみるメランコリー
・メランコリーを題材にした絵画は同じような構図になっている
 1.「深い悲しみや痛みに苦しむ自分」
   手前側や人物を表すモノは暗く、
   影として表現されている
 2.「実力者・親の愛情」
   遠く側や上の方にある空や太陽、月などは
   明るく、光として表現されている
 3.「一方的に実力者・親の愛を奪われたこと」
   光と影の明暗がハッキリと描かれ、
   両者の隔たりや遠距離感が表現されている
・これらの構図は喪失感の3つの条件に
 それぞれ対応している
 1.=「深い悲しみや痛みに苦しむ自分」
 2.=「実力者・親の愛情」
 3.=「一方的に実力者・親の愛を奪われたこと」
・よって喪失感=メランコリー(憂鬱)という解釈が成り立つ
■憂鬱を表す言葉
・「鬱」とは、もともと草木が生い茂るさまを表す言葉
・なので一番の意味は
「気持ちが暗くて晴れ晴れとせず、ふさぎこむ」こと
・絵画では頬杖をついたり頭を抱え込む姿が描かれるが
 次のような表現もある
  ・落ち込む
  ・悲しみに暮れる
  ・苦痛に喘ぐ
  ・嘆き苦しむ
■光の正体
・タイプ4が本当に関心を引きたい実力者は
 とても大きな存在であり、タイプ4が望む
 高い理想に応えるだけの器を備えている人である
・高い資質を問われるので、それは人ではなく、
 人を超えた存在の場合もある
・それは言わば「大いなるモノ=光」である
・タイプ4の欲求は
「失われた大いなるモノ=光に包まれること」である
・タイプ4にとって「大いなるモノ≧実親」の場合もある
■光とのフクザツな距離感
・タイプ4には
  1.他者が押したらタイプ4は引く
  2.他者が引いたらタイプ4が押し寄せる
 という「押し引き」の特徴がある
・それはメランコリーを題材にした人物画において
 次のように表現されている
  a.光の方向に顔を向けている
  b.光の方向から顔を背けている
  c.光が二つ有って、光の方向に顔を背けながら
   別の光に顔を向けている
・「光=大いなるモノに対するタイプ4の距離感」は
  1.大いなるモノからの愛情が遠くにあれば、求め、待ち望む
  2.大いなるモノからの愛情が身近にあれば受け入れられない
  3.大いなるモノがタイプ4から去ろうとすると引き止める
  4.大いなるモノがタイプ4から去ってしまうと
   再び求め、待ち望む

でした。
 

次回はタイプ4のフクザツな距離感の原因について
探っていこうと思います。
 

それではまた。
 

【追伸】
 

今回は成り行き(?)で
絵画を解説することになりました。
 

でも本当はこういうことって好きじゃないんです。
 

せっかくの非言語メッセージを言語化するのは、
メッセージの価値が下がっちゃう気がして。
 

絵を見る人それぞれが、
それぞれのフィルターを通して感じた「何か」が
真実なのかと。
 

それがエニアグラムの根底に流れる
「多様な価値観を認める」ことに繋がると思うんですよね。
 

 

コメント
 

1 ■無題
タイプ4を理解するために絵画鑑賞会なんて、感情や感覚を理解してほしいタイプ4に相応しい独特のアプローチですね(^^)面白いです。

前回載せていただいたコメントですが、ただ自分の特徴を語らせていただいてたつもりでしたが、すみませんでしたm(_ _)m
ブログの構成など考えなしに送ってしまったようですね。語りすぎたのかな。
差し支えるようでしたら、削除していただけると嬉しいです。

それと、タイプ4の悲観的なところは、タイプ2の楽観性にはきつくうざったく感じるんですね(^_^;)

また色々盛り上げるつもりでコメントしたくなったりするかも知れませんが、控えた方がよろしいでしょうか。 表現の線引きがわからず、悩むところです(^_^;)
神楽大王 2011-07-14 12:01:01
 

2 ■追記いたします(何度もすみません)
一つ前のコメントも「うざったく」の部分が不適切な表現でした。すみません。

【まとめ】と【追伸】の部分も参考になりました(^^)

いつも濃密なたっぷり楽しませていただける記事をありがとうございます♪
神楽大王 2011-07-14 12:47:16
 

3 ■神楽大王さまへ
コメント有難うございます。

絵を使おうと思ったのはホンの思いつきです(笑)。

おちゃらけて書いているように見えて、
使う言葉があやふやだと、ちゃんと調べるようにしています。

仰るとおり、タイプ2は楽観的なので、
メランコリーの意味がよく分からない(汗)。

で、ウィキペディアでメランコリーを調べようと思ったら、
例の絵が目に飛び込んできた。
「あ、これね!」というわけで記事のネタにしたというわけです。

タイプ4の「違っていたい」「特別でありたい」と言う欲求は、
素直に「作品」として表現されているんじゃないのかと
思うのです。

タイプ4の普段の言動でさえ
「作品」に見える事がありますし(笑)。

なのでタイプ4を理解しようと思ったら、
それらの「作品」にちゃんと向かい合う必要がある、
そんな気がします。

前回の記事へのコメント、
とても深くて勉強になりました。

お返事つけようと思ったのですが、
記事の方を優先してしまい、スミマセン。

悲観的とか楽観的とか、お気になさらず、
今後もご助言いただけると助かります。
篠田工治 2011-07-14 13:48:12
 

4 ■ありがとうございました!
>篠田工治さん

コメント返しありがとうございました。

場を和ませ楽しい雰囲気をつくりながら、読む方々に受け入れられやすいようにされてること、
使う言葉にかなりお心配りをされていること。
しっかり受け取らせていただいてます^^
おかげさまで楽しく読ませていただいてます。

なるほど、タイプ2からはタイプ4のメランコリーが感覚的にわからないものなんですね。

タイプ4から見てタイプ2の楽観性も同様にわからないのかもしれません^^

直観で絵を使用されたという経緯、面白いですね^^

>タイプ4の「違っていたい」「特別でありたい」と言う欲求は、
素直に「作品」として表現されているんじゃないのかと
思うのです。

タイプ4の普段の言動でさえ
「作品」に見える事がありますし(笑)。
あ、そうなんですか~。そこまで作品にしたいのですね、タイプ4 は。

>なのでタイプ4を理解しようと思ったら、
それらの「作品」にちゃんと向かい合う必要がある、
そんな気がします。
なるほど~。

>前回の記事へのコメント、
とても深くて勉強になりました。
思いもかけないありがたいお言葉、嬉しいです!(^^)

>お返事つけようと思ったのですが、
記事の方を優先してしまい、スミマセン。
いえ、もちろん記事の方を優先していただいてありがたいです。

>悲観的とか楽観的とか、お気になさらず、
今後もご助言いただけると助かります。
本当にありがとうございます!m(_ _)m

それではまた勇気を出して(笑)、感想や、自分の傾向などもありましたらまた書き込ませていただきたいと思います。

その際、うざったくお感じになられるもしれませんが(つい長文になりがちですし)、
お付き合いいただけたり、
ほんの少しでも篠田さんの一助になりましたら、本当に幸いです(^O^)
神楽大王 2011-07-15 19:58:50
 

5 ■篠田工治さま
僕個人の感覚として、また長文失礼ながら書かせていただきますね。

ほんの少しでもご参考になりましたら幸いです。
 

どうせ何をやってもわかってもらえない、自分と人とは違うんだ、自分はどちらにしても特別なんだ、という分離感や被害者意識、諦めと絶望がある。

叶わない手に入らないと思いつつ、それでも必死に自分を演じ、ユニークだとし、もがき、救いを求める。

根底には、絶望と諦めと歎きと、必死でしがみつかざるを得ない、でも受け入れられるために取り繕い演じる。

白鳥が水面下で足を必死にかくイメージ。醜いアヒルの子。雲の糸。シンデレラを夢見る。太宰治。悲哀のイメージ。

だからありのままの自分とかにもこだわる。

でもありのままの自分では何かが根本的に欠けていて、
求めるものは決してありのままでは手に入らないと思うから、
何かの価値を作らないと、特別素晴らしいものをと、演出もしてしまう。

それを人からポジティブで上塗りされると、
否定されたという歎きを表現することでSOSの救いを求める、その救いの求める自分の在り方さえ否定された、つまり自分の存在価値そのものを否定された、と感じる。

また、自分の欠乏感や欠落が根底にあって、
それをユニークにスマートに華麗に優雅に振る舞おうとする、といった見え方に気を配ったりすると、
それは自分で編み出したものでありながら自分を認められないところから、自分の中の理想を演じるということをしているため、
どこまでがありのままの自分かよくわからなくなることも。

自分の気持ちもわからなくなり、より歎き、失ったように感じるありのままの自分の、理想の特別な自分にさらに執着する。

自分は周りの皆と違って根本的に何かが欠けている、というところから始まっているので、理想の特別な自分になって周囲から一目おかれるという形でその欠落を埋め合わせる。
それを恥で美しくないと感じる。
だから周りの目を非常に気にする。そこを見抜かれると屈辱。

周りと一緒になりたいので理解されたいのに欠落感を埋め合わせようとするので、そんな美しくしくないもがきを見抜かれたくない。

こんな感じなのかも知れません。
神楽大王 2011-07-18 00:34:31
 

6 ■神楽大王さまへ
おお~、凄いコメント有難うございます。

実は、このコメントもタイプ4の4回目記事をアップしてから
拝見しています(汗)。

やっぱりネイティブ(?)の御言葉は一味違います。

「美しくないもがき」は周囲の人にはちゃんと伝わっているので、その辺りの折り合いのつけ方が
難しいのかもしれません。

エニアグラムの教え(?)的には
そういった感情の起伏や押し引きをなだめる、
「平静さ(バランス)」がタイプ4には必要ということになっています。

ただ、私としては
「平静なタイプ4」だと見てて面白くないなー、
というのが本心だったりして(笑)。

やっぱりタイプ4は感動させてくれなくちゃ、
という想いがあります(爆)。

もちろん、これは私の悪癖ですが(苦笑)。
篠田工治 2011-07-20 15:17:28
 

7 ■篠田工治さまへ
温かいお返事、ありがとうございます(^o^)♪
また長文にて失礼します。

>実は、このコメントもタイプ4の4回目記事をアップしてから 拝見しています(汗)。
↑そうでしたか^^教えてくださり感謝です♪
勘が鈍いもので気づきませんでしたf^_^;

>ネイティブ(?)の御言葉は一味違います。
↑嬉しいです、喜んでしまいますね^^自分はネイティブでいいんだなあ♪と。

>「美しくないもがき」は周囲の人にはちゃんと伝わっているので、 その辺りの折り合いのつけ方が
難しいのかもしれません。
↑ここ、ポイントですね。伝わっていると思うとますます恥ずかしくてそのままではいられなくなる。でもそれで取り繕うのも伝わっている。恥ずかしすぎます(^_^;)

その被害者的な自意識の強さ故に、
一人芝居に没頭し続けて、
周りをその「ブルースな一人芝居のアリ地獄的なマイワールド」に引きずりこんでしまうので、諦めてどうすればいい?ってところですが、

>エニアグラムの教え(?)的には
そういった感情の起伏や押し引きをなだめる、
「平静さ(バランス)」がタイプ4には必要ということになっています。
↑これを取り入れなさい、ということなんでしょうね。

人と接している時には感情的には乱れまくっていても務めて平静さを装い保つことで、落ち着いたバランスの取れた人とさえ思われ、社会性があると思っていただけたりするようになりました。

まだ、タイプ4の囚われは相当なものですが、今の自分に至るだけでも、かなりの努力を要したように思いますf^_^;

>ただ、私としては
「平静なタイプ4」だと見てて面白くないなー、
というのが本心だったりして(笑)。
やっぱりタイプ4は感動させてくれなくちゃ、
という想いがあります(爆)。
↑こちらの想い、嬉しかったです♪^^

実際、抑えつづける破壊的衝動やカオスを表現したい、という気持ちは燻っていて、それが原動力になりますからね。

きっと、そのエネルギーの表現のはけ口が、芸術の分野やクリエイティブな分野などへと転化されていくんでしょうね。

本当に、タイプ固有のエネルギーは表裏一体、抑えつけ否定するだけでは活かされないんですね。
神楽大王 2011-07-20 17:06:05
 

8 ■神楽大王さまへ
いろいろコメント有難うございます。

>本当に、タイプ固有のエネルギーは表裏一体、
>抑えつけ否定するだけでは活かされないんですね。

まさしくおっしゃるとおり!

「囚われ」=タイプ固有のエネルギーです。

だからむやみに抑えつけたり、否定してしまってはいけないのです。

もちろん行き過ぎるのはNGなんですが、
人生には行き過ぎることが必要な時も多いんです。

時には欲を満たすことも必要ですし(笑)。

なので結局は「程度」の問題ってことです。
篠田工治 2011-07-20 18:09:00
 

9 ■遅くなりました。
絵画鑑賞♪
細かなニュアンスの違いが気になり
そうじゃない!違うような気がする!
と考えてしまうけれど
絵画と共に説明されると
そうかもしれない、そうだねぇ
と感じるので、とても良いですね。
大抵の場合「こんな感じ」で生きてますから。

それにしてもフリードリヒ氏の絵は陰鬱ですね。
私には見たくないもの見ていられないもので
どこかに展示されてても素通りします!

小学校終わるころまでは、キッチリ
「この親(特に母)は本当の親じゃない!」
と思ってました(笑)

「光」は良いもの全ての象徴であり
外に探し求めていたような気がしますが
先日のマヤ暦セミナーで
自分自身から光を生み出すことができるはず
と感じましたよぅ。←ちょっと悟った?

「影」または「闇」というのが悪いもの全ての象徴。
「光」なくして「影」は存在しないし
「光」を感じなかったら「闇」も感じない。

「光」に照らされながら「影」を作るのが人間ですから
...というか全ての存在がそうですが...
「光」を浴びながら「影」が気になる。
いるか33 2011-07-28 08:35:04
 

10 ■続き。
コメントが長すぎて一度に投稿できなかった...

あんまり人には関心を持たなくなって
...るわけでもないな。
浜田省吾アリーナツアーおっかけだし。

浜田省吾もT4と言われているので
歌のタイトル、ズバリ「光と影の季節」あります。
歌詞の中にも
「光と影なんだね、ふれあうぬくもりと痛みは」
とかね。

浜田省吾って
両親の期待に副えなかった自分が許せない
お姉さんが二人いるためか女性に強気になれない
ルックスにコンプレックスがある
...なんて「影」をバネに
自分の好きな音楽、自分の作った音楽を
自分の目の前で聞いてくれる聴衆を「光」に
生きてるような気がするのよね。

そういうとこに突っ込まなくてもいい!とか
それじゃーだめだぁ!とか
思いながら聞いてるんだけど(笑)

他者や光との距離感に関しては
ホント一瞬一瞬変わるような気がしてて
その一瞬にうまく相手が反応してくれるかどうか
「さっきはそう思ってたんだけど今は違う」 ということが多くて、他者から見たら
ズバリ「偏屈」なんだと思う。

T4の平静って、他者が寄ってきたときに
素直に受け入れることかもしれない。
きちんと受け入れてないから
自分が乱れるのかもしれない。

嫌だなと感じる人を許すのではなくて
嫌だなと感じてしまう自分を
昇華させる?解放する?ことが必要なのかも。

(ーー;) 好き嫌いをなくす?

無理ぃ~~!!
いるか33 2011-07-28 08:37:06
 
 

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