リバースエニアグラム

T7考察第2回「大いなるモノとの〇〇な関係_タイプ7の根源」

エニアグラムの案内人、篠田工治です。
 

今回は前置きなしです。
 

前置きを書いていると、
それで記事一本の長さになって、全然前に進めないので(苦笑)。
 

前回は、タイプ7が求めているモノ、
そして彼らの動き方についてお話しました。
 

 

今回は、タイプ7が

  • なぜ心の弾む反応をしつづけたいのか
  • なぜ外の世界に刺激を求めようとするのか  

その理由について考えてみたいと思います。
 

それではシンプルにいきましょう。

タイプ7の防衛戦略

タイプ7は常に外からの刺激を受け続けて、
自分の心を弾ませ続けようとします。
 

で、今回はその理由に入っていくワケですが、
その前に思い出して欲しいことがあります。
 

それは、そもそも性格とは
人が幼少の頃に自ら選び取った、
防衛戦略
だということです。
 

「刺激を受ける」
「反応し続ける」
「外の世界に出て行こうとする」
 

まぁ、普通に考えれば、
タイプ7のこれらの行為が身を守ることだと言われても
ピン!とこないですよね。
 

でもタイプ7にとって、
これらの欲求は全て身を守ることにつながるんです。
 

では一体何故なのか?
 

実はタイプ1考察の最後に少しだけ前フリをしておきました。
 

それは「大いなるモノ」の存在に関係があります。
 

タイプ4とタイプ1のおさらい

「え、また大いなるモノが出てくんの?」
 

はい。そうなんです。
 

実はですね。
 

タイプ4、1、7というのは
「大いなるモノ≒神とか父親像」
をとても強く意識する所に共通点があるのです。

 

タイプ7と「大いなるモノ」との関係を理解する為にも、
先にタイプ4とタイプ1を簡単におさらいしておきましょう。
 

まずはタイプ4から。
 

タイプ4は「大いなるモノ」から意図せず引き離されてしまった、
という「喪失感」を抱えているんでしたね?
 

だからこそタイプ4の彼らは
「大いなるモノ」と再び深く繋がる為に、
興味を引くこと、つまり「違い」を表現していくのでした。
 

そしてその「違い」により、
「大いなるモノ」からの庇護を得ようとする。
 

これがタイプ4の防衛戦略でしたね。
 

でも、念願叶って
彼らが「大いなるモノ」と見立てたモノと繋がっても、
それは束の間。
 

タイプ4が持つ「高すぎる理想」ゆえ、
「大いなるモノとして見立てたモノ」から自ら離れるような、
「押し引き」という特徴が現れます。
 

タイプ4と「大いなるモノ」の関係をまとめると、
次のようになります。
 

関係羨望と失望
距離感
好感度
恐怖度

 

次にタイプ1のおさらいです。
 

タイプ1はタイプ4を反面教師として、
新たな戦略を編み出しました。
 

それはタイプ4が求めてやまなかった、
「大いなるモノ」を自らの内側に宿す方法です。
 

そうすれば「大いなるモノ」から
二度と引き離されることも、
自ら距離を取るようなことがなくなります。
 

全能で絶対的な唯一神を自らに取り込んだのですから、
そりゃ、タイプ1の彼らは安心ですよね。
 

その教えやルール、型を守ってさえいれば、
問題や身の危険はそもそも起こらないのですから。
 

でもその反面、
タイプ1は「厳しい神の眼差し」に
常に晒されるようになりました。
 

これは良く言えば「神のご加護」ですが、
悪く言えばタイプ1は
「四六時中、監視されている囚人」
と同じ状態なんですね。
 

で、この状態が続けば、
いくらタイプ1と言えども疲れてしまうんです。
 

監視を受け続けることは緊張以外の何ものでもないですから。
 

そしてタイプ1考察でもお伝えしたように、
タイプ1が掲げるルールブックに100%合わせて生きることは
現実的には難しいですよね。
 

この世は機械じかけではないし、
人の価値観は驚くほどに多様だからです。
 

でも、神の眼差しは、
そんな不測性や多様性に苦しむタイプ1のことなぞお構い無しに
あいも変わらず絶対的なルールに従うよう強迫するのです。
 

だからタイプ1は「大いなるモノ」に対して
「畏怖」という想いを抱くようになりました。
 

「畏怖」とは「尊敬」と「恐怖」が
ないまぜになった気持ちのことです。
 

ここで、タイプ1とタイプ4の「大いなるモノ」との関係を
比較してみましょう。
 

タイプ4タイプ1
関係羨望と失望付き従う
距離感
好感度
恐怖度

 
こんな感じですね。
 

タイプ1とタイプ4の共通性は、
「大いなるモノ」への高い好感度

とも言えるんです。

大いなるモノとの〇〇な関係

それではタイプ7と「大いなるモノ」との関係は
どうなのでしょうか?
 

結論からいうと
タイプ7と「大いなるモノ」は絶望的な関係にあります。
 

なぜならタイプ7にとって「大いなるモノ」とは、
ただ純粋に恐ろしいモノであり、
大抵は回避、ときには反発してでも
遠ざかりたいシロモノだからです。
 

つまりタイプ7における防衛戦略とは
この恐ろしい「大いなるモノ」からどうやって身を守るか?
という問題
になるんです。
 

表でまとめると、こんな感じになります。
 

タイプ4タイプ1タイプ7
関係羨望と失望付き従う逃避と反発
距離感
好感度
恐怖度

 

タイプ4や1と違い、
「大いなるモノ」への好感度は低く、
恐怖度が高くなっています。
 

ここで疑問に思うのは、
なぜタイプ7は「大いなるモノ」を恐ろしいモノとして
捉えるようになったか?
ということです。
 

先ほどもお伝えしたとおり、
タイプ4やタイプ1における「大いなるモノ」とは
脅威から身を守ってくれる「庇護者」としての存在でした。
 

ところが、タイプ7にとっては、
その庇護者が一変して恐怖の対象になってしまうのです。
 

きっとそうなるからには、
タイプ7に相当ショッキングなコトがあったに違いありません。
 

ではそれは何か?
 

それは
「悲惨なタイプ1の姿を間近で見てしまった」
ことなのです。

タイプ1を反面教師に

このあたりを説明するには、
タイプ1の負の側面にもう一歩踏み込む必要があります。
 

(いつもどおり、あまり気は進みませんが)
 

タイプ1考察第4回「怒れる人、タイプ1」において、
タイプ1は怒りを溜め込みやすいので、
心身を病みやすいとお伝えしました。
 

人間が持つ感情の中で一番パワフルなのは「怒り」であり、
その怒りを表面化させない為には、
かなり精神力を使わないといけないのでした。
 

そして精神力の枯渇はウツを引き起こす原因になります。
 

だからタイプ1は、彼らがもつその特徴ゆえに、
ウツになりやすいと言えるのです。
 

で、ウツになりやすいということは・・・。
 

隠してもしょうがないので言ってしまいますが、
エニアグラム書籍のいくつかには
「ウツによる自殺者にタイプ1が多い」
との記述があります。
 

そもそもウツが悪化すれば、
性格タイプに関係なく
自傷や自殺の危険性は高まるものじゃないの?
という気はするんですけどね。
 

でも書籍にわざわざタイプ1に自殺が多いと
記述するくらいですから、
なんらかの根拠はあるのでしょう。
 

そしてもう一つ。
 

「大いなるモノ」への忠実さも度を過ぎれば、
不寛容な原理主義や狂信的行為に陥る危険性があります。
 

そうなると、大抵は周囲の人達との人間関係が
破壊されます。
 

それで済んでいる内はいいのですが、
最悪、自分の肉体だけでなく、
他者をも傷つける結果になりかねないんですね。
 

もちろんこれらは極端な話なので、
滅多に起らないことなのでしょう。
 

幸い、私の周囲でそういう状況に陥った人は
誰もいません。
 

でも、ウツになったり、
人間関係を破壊してしまったタイプ1は
稀に見受けられるんですよね。
 

で、このような破滅的なタイプ1を間近で見たことが、
「大いなるモノ=恐怖」というイメージを
タイプ7に植えつけることになりました。
 

そしてタイプ7は
「これはマズイ、なんとかしなければ」
と思ったんですね。
 

つまりこれは、
タイプ1がタイプ4を反面教師にしたように、
タイプ7もタイプ1を反面教師にした
ということです。

タイプ7の物語

では、タイプ7はどのように身の振り方を
考えたのでしょうか?
 

タイプ1のときと同じように、
物語としてイメージしてみましょう。
 




 

舞台は大いなるモノが作りし楽園、エデンの園。
 

タイプ1とタイプ7は、
共に絶対的な大いなるモノから
エデンの園の管理を任されている天使でした。
 

ある時、タイプ1の担当において問題が発生しました。
 

タイプ1はアダムとイブという人間の管理を
任されていたのですが、
この人間達は、その高すぎる理想ゆえ、
大いなるモノに対して批判的な態度を
取り始めるようになったのです。
 

タイプ1は基本的には「真実はいつも一つ」という
某探偵漫画の主人公のようなポリシーをもっています。
 

ですがやっかいなことに、
世の中は全てがそうだとは限らなかったのです。
 

それは大いなるモノが作りし楽園の中でも同じこと。
 

アダムとイブは大いなるモノが作った者達。
 

そんな彼らが生みの親に対して批判的になるなど、
タイプ1にとっては予想もできないことでした。
 

そこでアダムとイブの管理を任されていた タイプ1は困ってしまいました。
 

タイプ1は自らの内に大いなるモノを宿しており、
それは大いなるモノからの厳しい眼差しを
常に浴びているのと同じことだからです。
 

なのでタイプ1は自分の監督不行き届きを挽回しようと
懸命にアダムとイブを大いなるモノのルールブックに
従わせようとしました。
 

でも事態は一向に良くならず、
アダムとイブは大いなるモノから半ば追放されるような形で
楽園から去っていってしまったのです。
 

その結果、タイプ1はどうなったのでしょうか?
 

管理者としての責任を果たせなかったタイプ1にとって、
大いなるモノの厳しい視線が自らの内にあることは、
まさに針のムシロ。
 

大いなるモノからの強迫感と罪悪感に堪えられず、
タイプ1はその身を自ら滅ぼしてしまいました・・・。
 

ここでタイプ7の登場です。
 

彼は同僚(?)のタイプ1が悲惨な末路を辿るのを、
間近で見ていたんですね。
 

「なるほど。
 

大いなるモノの教えに対して
従順に、絶対的に従った結果がこれなのか。
 

なんとも恐ろしい。(つか、割に合わない)

それが天使としての宿命だとしても
私はそんなの嫌だ!耐えられない!」
 

そこでタイプ7は天使という身でありながら、
エデンの園から外の世界へ一人で逃げ出したのです。
 

でもタイプ7は、
その羽を使ってどれだけ飛んでみても、
エデンの園から逃げおおせたと感じることは
ありませんでした。
 

それはなぜか?
 

タイプ1と同じく天使であるタイプ7の心の中にも、
大いなるモノが常に宿っていたから
です。
 

自分の内面に大いなるモノを抱えている以上、
どれだけ遠くへ逃げ出したところで意味はありません。
 

必死になって逃げている最中はいいのですが、
一旦立ち止まって自分の心の中を覗いてみると・・・。
 

やっぱりそこには大いなるモノの厳しい視線が
待ち構えているからです。
 

つまり天使であるタイプ7は
エデンの園からは逃げられないということです。
 

(このあたり、『西遊記』の孫悟空が
 お釈迦さまの掌から逃げられない話を
 思い出してもらってもいいですね)

あ、そうか!

そこでタイプ7はあれこれ考えます。
 

「なんてこった。
 

まさかとは思ったけど、
オイラの心の中にも
『大いなるモノ』が潜んでいたとは・・・。
 

これじゃあ、いくら逃げても意味が無いよね。
 

でもこのままでは恐怖に押しつぶされそうだ。
 

よし、ここは一つ別の方法を考えよう。
 

自分の心の中、つまり内面に
『大いなるモノ』がいるのだから、
まずはそこを見ないようにしよう。
 

そのためには・・・
内面の反対、つまり外の世界に対して
ずっと意識を向けていればいいよね。
 

でもそれってさ、結構難しいんだよね。
 

何もしていないと、
直ぐに「大いなるモノ」がオイラを支配しようとするし、
今もこっちを見てて、とっても怖いんだ。
 

あ、そういえば、
逃げている最中に気づいたんだけど、
外の世界には面白そうなモノが一杯あったなぁ。
 

堅苦しいエデンの園には、
そういうモノが一切無かったしね。
 

外の世界は楽しいコトで満ち溢れているんだって、
初めて知ったよ。
 

ここだけの話、逃げている最中に
面白そうなことをちょっとだけやってみたんだけど、
もうホント、ドキドキワクワクした。
 

だから、あんなコトやこんなコト、
もっともっとできたら楽しいだろうなぁ。
 

・・・あれ?
 

さっきまで感じていた「大いなるモノ」の恐怖は
今は全く感じないぞ。
 

そうか、これだ!
 

せっかく外の世界は、
こんなに楽しくて面白いコトだらけなんだから、
そういう刺激をどんどん味わい続ければいいんだ。
 

そうすれば、こうやって心が弾んで
大いなるモノへの恐怖心なんかどこかへ吹き飛んじゃうよね。
 

うん、やっぱり外へ出かけよう!」
 




 

分かりますか?
 

ようするにタイプ7は
『大いなるモノ』への恐怖を紛らわす為に、
自分の外側にある刺激を求めるようになった
のです。
 

前回お伝えした、

1.楽しくなる
2.明るくなる
3.前向きになる
4.興奮する(高ぶる)
5.夢中になる(集中する)

 

これらの心の弾む反応は、
タイプ7が抱える大いなるモノへの恐怖心を
掻き消すために必要なモノだったんですね。
 

そして、恐怖心を掻き消すのに必要な刺激、
つまりタイプ7を反応させるのに必要な燃料は
やっぱり外の世界にしかない
んです。
 

自分の内側に少しでも意識を向ければ、
そこはタイプ7にとって恐怖に満ちた世界だからです。
 

というわけで長くなりましたが、
 

「刺激を受ける」
「反応し続ける」
「外の世界に出て行こうとする」
 

これら3つの特性がタイプ7にとっては
「大いなるモノに対する恐怖心を掻き消す」
という防衛戦略であることが
分かっていただけたかと思います。
 

これまで何度かお伝えしてきましたが、
人間には
「不快を避ける」
「快(楽)を得る」
という根源的な二つの欲求があります。
 

この欲求を照らし合わせてみると、
タイプ7は片方の「快を得る」ことだけに専念することで、
「不快を避ける」ことができる、
ある意味「突き抜けた」タイプ
だと言えるんですね。

もし反応が止まったら?

今回最後の章になりました。
 

さて、ここで質問です。
 

タイプ7が、
「内面の恐怖心を掻き消す為に、
外からの刺激によって反応し続ける」
として。
 

その状態をキープし続けることは可能なのでしょうか?
 

これはどういうことかというと、
再びスーパーボールを思い出してください。
 
$シンプルエニアグラム-スーパーボール  

一旦投げたスーパーボールは、
勢いよく壁や床を飛び跳ね続けますが、
この動きは永久に続くものではありません。
 

次第に弾むの止め、
いずれは動かなくなってしまいますよね?
 

タイプ7はこのスーパーボールと違って、
いつまでも弾み続けることができるのでしょうか?
 

その答えはもちろんNOです。
 

なぜなら人は程度の差こそあれ、
周囲の環境に左右されながら生きていくもの
だからです。
 

だからタイプ7が望むような、
面白くて楽しそうな刺激が常に見つかるとは限らないんですね。
 

これはタイプ1が周囲の環境を100%自分のルールブックに
合わせることができないのと同じことです。
 

そして「心が弾む」とは、
心身に負荷のかかる言わば興奮状態ですから、
いくらタイプ7と言えど永久に興奮し続けることはできないわけです。
 

そもそもスーパーボールを例えに使ったのも、
いずれは勢いがなくなってしまう様が
タイプ7に似ているからだったりします。
(実は後付)
 

では、心の弾む反応が止まってしまったらどうなるのか?
 

もうお分かりだと思いますが、
内面に潜む大いなるモノが再び顔を出し、
タイプ7は恐怖に捉えられてしまいます。
 

タイプ1が辿った末路を思い出してしまうんですね。
 

そうなるとタイプ7は
強い恐怖に取り憑かれた状態、
言わば恐慌状態に陥る
ことになります。
 

実際、この状態に陥ったタイプ7からは、
普段の陽気な明るさとか余裕といったものは一切消え去ります。
 

普段の見た目と落差があるぶん、
タイプ6が抱える恐怖心に勝るとも劣らない、
小さく怯えた姿を見せるのです。
 

私の息子の場合、1年に数回はそういう姿を見せ、
私をオロオロさせるのです。
 

もちろんこの状態はタイプ7にとって、
そして周囲にとっても喜ばしくない状態です。
 

だからこそタイプ7は、
スーパーボールの勢いをなるべく止めないような、
いくつかの手法、技を持っているんです。
 

その技とは・・・次回のお楽しみ。
 

今回はここまで。
 

それではまた。
 
 

コメント
 

1 ■たまに読ませていただいてます!
何回か読み返しているうちに、だんだんタイプ7の内面のイメージがふくらんで来ました!ありがとうございます。
最近タイプ7の彼氏が出来たので、実例とともに、7を勉強中です! 私の妹も7、居候しているご家庭の7歳の息子ちゃんも7なので、
何人か違った育ちの7さんと接することで、
より共通点が見えてきましたが、
私は2なので、7の方の持つ感覚全てが遠くて新鮮です。
もっと知りたいです。続き、楽しみにしています♪
muse 2012-02-29 08:34:18
 

2 ■museさまへ
コメント有難うございます。

性別は逆パターンになりますが、
私もかつてはタイプ7の女性を好きになることが
多かったです(爆)。

「自分の基本タイプ+ダイナミクスタイプ」
以外のタイプはなかなか理解が難しいのですが、
それも魅かれる理由の一つですよね。

「足りない部分を補い合う関係」という文脈にもなりますし。

タイプ7さんの「翼」を奪わないことを心がけておくと
よりhappyかもです。

続きはなんとか近日中に投稿します。

篠田工治@破壊者の母 2012-03-01 13:16:02
 
 

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