リバースエニアグラム

T7考察第8回「駄々っ子なアナーキスト_タイプ7の負の側面_その2」

破壊者の母、篠田工治です。

前回はタイプ7が抱える負の側面を説明しました。

刺激や快楽への欲求が強くなりすぎるとタイプ7は自己中心的で苦痛を避ける言動が多くなる。
その結果、人や物事に対して深く関わることが難しくなるんでしたね。

今回は第3回でお伝えした「ひとつはこわい」という特性が生み出す
タイプ7の負の側面にスポットを当ててみたいと思います。

大いなるモノ=厳格な父親像=父性

以前知り合った、とあるタイプ7さんはこう言いました。

「・・・いや、なんかさ。警察って見てるだけでハラ立ってくるよね」

police

そして数カ月前。

某SNS上で別のタイプ7さんとケンカしてしまったのですが、
その時、一番グサッときた彼女の台詞。それは

「結局さ、篠田さんの物言いって教師なのよ!
  (だから見ていてハラが立つ)」

でした(汗)。

blackboad

そのSNSのグループには
「エニアグラム講師としての意見を聞きたい」ということで呼ばれたのですが、
私の「上から目線」な物言いに相当イラッとしたご様子でした。

おさらいになりますが、これまでお伝えしてきたとおり、
タイプ147のグループは「大いなるモノ」に対して何らかの執着を抱えています。

タイプ7考察第3回「ひとつはこわい?_タイプ7の技」で書きましたが、タイプ7は「大いなるモノ=怖い」という感情を内面に抱えているんでしたね。

「大いなるモノ」とは宗教的な見方をするなら「唯一神」的な存在です。

実際には「規範、権力、権威、規則、教え、法、慣習」などが挙げられ、
その本質は「ひとつに縛る、収束させる」ことにあります。

沢山の刺激や興奮を味わい、多くの計画や可能性を確保することで恐怖を紛らわせているのがタイプ7の生存戦略です。

なので「大いなるモノ」を連想するような存在から自分の言動を「束縛」されることは、タイプ7にとって生命の危機を意味します。(多少おおげさですが)

これまでのタイプ考察において、「大いなるモノ」を説明するのに 「唯一神・絶対神」をさんざん引き合いに出してきました。

出してきましたが、実は多くの日本人にとって、唯一神、絶対神という存在は身近じゃないと思うんです。

なんせ基本的には「捨てる神あれば拾う神あり」の国ですから(笑)。

そこで「大いなるモノ」という概念を理解しやすくする為には、
もっと身近で分かりやすいイメージが必要です。

それが章のタイトルにもあるとおり「厳格な父親像」なんですね。

実際に、これまで接してきたタイプ7さんの多くは「厳しすぎる父親が嫌いだった」ということを言ったりします。

例えば、私の父方の祖父はかなり厳しい性格だったらしく、タイプ7の父は相当祖父を怖がっていたようです。

又、義理の兄も近々親と同居することになったのですが、ここ数カ月のストレスの溜りようを見ていると、やっぱり父親との同居は嫌みたいです(苦笑)。

もちろんすべてのタイプ7さんが父親を恐れているワケではありません。

ただ通常、多くの文化において、生きていく為に必要な厳しさや規範や規則を子供に教えるのは父親の役目とされます。

漫画「巨人の星」に出てくる「星一徹さん」ほどの過激さはなくとも厳しさをもって一つの価値観に従わせる。これが父親の本質であり、父性の意味するところです。

なので「一つがこわい」タイプ7さんは父性というものに対して根源的な恐れを抱くことが多いのです。

baseball

父性=お上(かみ)

世の中には、父親以外にも父性を伴う存在があります。

例えば先程出てきた「(学校)教師」や「警察」。これらはいわゆる「お上(かみ)」と呼ばれる存在です。

「お上」の本質は「下々(しもじも)」の行動や発言を一つの型にハメようと制限を加えたり矯正することにあります。

まさしく父性的な存在なワケです。

なのでタイプ7は「お上」的な存在に対しても恐れを感じているのです。

これが冒頭のタイプ7さんの台詞、「警察に腹が立つ」「教師に腹が立つ」の隠れた動機と考えられます。

もしタイプ7にとって父親だけが恐怖の対象であれば。

親元から離れて独り立ちさえしてしまえば恐怖の対象は無くなることになります。

でも残念ながらそうは問屋がおろさない。「お上」という存在と無縁な暮らしは現代人にとってかなり難しいことだからです。

南海の孤島に一人ぼっちで過ごすなら話は別でしょうが、結局それはそれで刺激や興奮の少ない生活。多分タイプ7さんには耐えられない(笑)。

alone

photo:Liz Grace

というわけで、タイプ7さんは本能的に恐れている「父性」「お上」とどう付き合っていくかが重要な課題であり、問題の種ともなりうるのです。

父性に対する3つの向き合い方

では恐ろしい父性に対してタイプ7さんはどのように向き合うのでしょうか?
それが次の3つです。

  • 1.機を逃さず素早く逃避する
  • 2.稚拙な反発
  • 3.魅了と話の上手さで懐柔する

どれを選ぶのかは状況次第というか、タイプ7の息子を観察していると殆ど無意識に使い分けている感じです。
(ウィングの強さがある程度影響していると思いますが、今回は踏み込みません)

機を逃さず素早く逃避する

これまでお伝えしてきたとおり、アタマの回転が速く、素早さを信条とするタイプ7さんは逃げ足が速いです。

タイプ7にとって父性とは言わば苦痛を連想する存在ですから、強い父性に接した場合、機を見てスルリと逃げ出すことはある意味当たり前だと言えます。

これが父性に対する1つ目の向き合い方です。

run away

地域差はあると思うのですが、
なんだかんだ言って親元を離れるタイプ7さんが身近には多く、
これも逃避に含まれると言っていいでしょう。

この逃避の問題は、前回お伝えしたとおり、
周囲からの信頼を失い、大事なことを身に付けられないことにあるんでしたね。

稚拙な反発

タイプ7は父性的な存在に対して恐怖や苦痛を感じるだけではありません。

父性に対して逃避という選択をしない場合、タイプ7は嫌悪や反発心をストレートに表すことがあります。

これが父性に対する2つ目の向き合い方、稚拙な反発です。

この特性を考える時、なぜか私のアタマの中で懐かしのパンクバンド、「ブルーハーツ」の曲が鳴り響きます。

wikipediaさんから引用します。

「パンク・ロック」
パンク・ロック (Punk Rock) は、1970年代中頃に生まれたロックのスタイルの一つ。(略)はじめは反体制的、または左翼的なメッセージを歌うバンドが多かったが、次第に政治的な色彩は弱まっていった。(略)パンクは、1980年代のハードコア・パンク以降、「反権力・自主性」というアナキズムな政治主張が押しだされるようになった。

パンクとは「反体制」「反権力」であり「アナキズム」な音楽なんですね。

では「アナキズム」とは一体何か?

「アナキズム」
アナキズムまたはアナーキズム(英語: Anarchism)とは、政治思想の1つであり、国家や権威の存在を望ましくない、必要でない、有害であると考え、その代わりに国家のない社会またはアナーキーな社会を推進する思想のことである。(略)日本語では通常は無政府主義と訳される

国家、体制、権力とはまさしく「お上」であり父性的な存在です。

だからタイプ7はそういう存在を不要なものと考え、反発する。

言わばパンクロックとはタイプ7の心情を代弁する音楽であり、タイプ7は生まれついてのアナーキストだということです。

では「父性に対する反発心」のデメリットは何でしょうか?

それはその反発の仕方が稚拙で少々短絡的なものであり、
それゆえ父性的な存在から手厳しいお仕置きを受けかねないことです。

三省堂大辞林さんから。

ちせつ 【稚拙】
幼稚で未熟な・こと(さま)。へた。

たんらく 【短絡】
(1)「ショート」に同じ。
「回路が―する」
(2)途中の論理や筋道を無視して、本来関係のない原因と結果あるいは前提と結論を性急に結び付けてしまうこと。

つまりはこういうことです。

タイプ7の父性に対する反発心は、父性に対する恐怖心が表面上、姿を変えたものに過ぎません。

あくまでタイプ7にとって父性とは恐ろしいものであり、
父性に反発する際、顔は笑っていたとしても実は切羽詰まっていて、
無意識に怯えていたりするのです。

だから先を見据えた理性的な反発の仕方ではなく、子供の反抗期のような、駄々っ子のような反発になりがちなのです。

変にムキになってしまって、普段のアタマの良さが発揮しにくいのかもしれません。
その分、反発の際の駄々っ子ぶりが際立つと言えばいいでしょうか。

例えば、その道では世界的にも評価の高い、とある学者さんと以前知り合ったのですが、その方のライフワークはまさしく無政府運動でして、そういうグループの中心的存在だったりします。(流石にグループ名は勘弁してください_汗)

傲慢以外の何物でもありませんが
「こんなにアタマが良くて面白くて素晴らしい人が、なぜこんな運動に携わっているの??」
というのが私の率直な感想でした。

冒頭のタイプ7さんの台詞もそうですよね。

「警察は見ているだけでハラが立つ」
「教師っぽく振る舞う篠田を見ているとハラが立つ」

実際に見ているだけで反発心を感じるのであれば、
それは好き嫌いという衝動や感情の問題でしかありません。

で、その感情を大の大人がストレートに発するのは
場合によっては稚拙と解釈されてもしょうがないと思うんです。
(元来、感情派な私が言うのもアレですが)

先ほどのブルーハーツの曲のメッセージも「大人になんかなるのはイヤ」という、稚拙さを多分に含むものだったりします。

ではなぜ稚拙で短絡的な反発が父性からの手厳しいお仕置きを招くのでしょうか?

それは父性とは言わば役割であり、それを担う者がその役割を全うできない場合、強い怒りを感じることが多いからです。

結局父性とは、社会や家族を維持する役目を担っているんですね。

維持に必要なのは秩序です。

そして稚拙で短絡的な父性への反発は、父性を発揮しなければならない側にとっては「秩序を乱す存在」として映ります。

私は家族や社会にそういうタイプ7的な反発心を許容するだけの器の大きさが必要だと思っています。

何事も不要なものは存在し得ず、タイプ7的な反発心にも意味や意義があるからです。

でも父性の側がそうは考えない場合、秩序への反発に対して「力」で従わせようとする発想が生まれます。

とても傲慢でイヤな言い方なのですが、これは子供の駄々をどこまで父性が許容出来るかという問題です。

なのでその駄々が父性側の許容ラインを超えた場合、タイプ7は父性から「厳しい実力行使」を受ける可能性が高くなるんですね。

punch

photo:World Series Boxing

そして父性だけでなく父性を良しとする、言わば「取り巻き」も「実力行使」を行う場合があります。

先ほどのwikipediaさんの引用を続けるとこうなります。

(略)日本語では通常は無政府主義と訳されるが、必ずしも「無秩序な無政府状態にすべき」という思想ではない

今回の考察では解説できませんが、
これは「強い自主性」が備わっているタイプ7さんであればこそ、
無政府状態でも無秩序にならないと思うのかもしれませんね。

確かにそれは自由で可能性に満ちた理想郷といってもいいでしょう。

でも私は残念ながらそれは殆ど不可能だと思っています。

なぜなら現実問題として無政府状態はタイプ7の理想とは正反対な、
無秩序で暴力が支配する世界を生み出すからです。

歴史を紐解くまでもなく、
今現在でも警察や政府が機能していない国が一体どんな状態になるのか。

アフリカとか中国とか少し調べれば分かると思います。

もちろん行き過ぎる支配や統制は数多くの問題を生みます。

かといって全くの無秩序な世界では、人は安全で豊かな生活を送ることができないのも事実なんです。

そういう秩序ある暮らしをしたい人からすれば無政府主義者は攻撃すべき対象であり、タイプ7はお上からの攻撃と合わせてダブルパンチを食らう可能性が高いのです。


長くなったので今回はここまでにします。

次回は父性に対する3つ目の向き合い方、「魅了と話の上手さで懐柔する」について解説します。

タイプ7考察だけやたらと回数が増えてしまいましたが、ご容赦を。

それではまた。

追伸

私の高校生くらいの頃ってバンドブームというか、パンクロックとか流行ってた時期なんですよね。

そういう音楽は当時年齢的に「どストライク」だったので、よく聞いていました。

ただ歌詞については共感は覚えるものの、
「ちょっと子供っぽいかなぁ」と感じてもいました。

そういえば数年前、保育園のPTAで共に活動したタイプ7お父さんは、
「いやぁ、篠田さん、元ブルーハーツの甲本ヒロトはいいっすよ!僕未だにライブに行って跳ねてますもん!」
なんて言ってたっけ。

で、この記事を書いている最中に、偶然そのタイプ7さんと出くわしてビックリしたのですが、
相変わらず愛くるしい笑顔を振り撒いていました。

なんだかんだ言ってタイプ7さんは人気者なのです。

あと今回から、少し多めに写真を貼ることにしました。
やっぱり文章ばっかりだと見難いし飽きてくるので(笑)。

スマホから見ていて、ページが重たいと感じた人は教えてください。次回から写真減らしますんで。

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